覚醒編10話 父の懇願



「いいかい? おまえ達は馬乳酒と乾燥チーズをありがたがっているが、フラムのワインとナチュラルチーズに比べれば、名馬とロバほどの差がある。さあ、飲んで食べてみろ。田舎臭い馬乳酒なんかもう飲めなく…」


熱弁を振るう従兄弟の差し出すワイングラスを背後から引ったくったジャダラン少将はワインを口にし、吐き捨てた。


「口に合わんな。カルル、このワインは安物なのか?」


「あ、従兄上あにうえ、これは最高級品ですよ。それに僕の事はバルビエと呼んでくださいと…」


「そうだったな。今後は間違えずに"バルビエ"と呼ぶ。とりあえず来い!おまえに聞きたい事がある!」


そう言いながらシルクのビラビラシャツの襟首を掴んだ少将だったが、立たせようにもすぐに破けてしまった。舌打ちしながら今度はその細首を掴んで無理矢理立たせる。


「乱暴はヤメてください!自分で立てます、歩けます!」


「馬にも乗れん半人前が吠えるじゃないか。いいだろう、自分の足で歩け。」


「……すぐそれだ。僕が馬に乗れないのが、そんなにおかしいんですか。乗馬なんて下賎な…」


「乗馬は貴族の嗜みですよ。フラム貴族も例外じゃなかったはずですが?」


オレがそう言ってやると、バルビエは初めてこちらに目を向けた。


「……誰だ、キミは?……どこかで見た顔だけど……」


「バルビエ、剣狼を知らないとは、おまえは同盟機関誌も読んでいないのか? 睨み殺されても知らんぞ。」


少将、どうせコイツはファッション誌ぐらいしか読んでませんよ。


「け、剣狼!このチビが……」


「チビ? おい、バルビエ。我が街の客人、いや、俺の友人に無礼な口を叩くな。背丈だけは立派に伸びたが中身はガキの頃からまるで成長してない半人前め。なぜおまえが馬に乗れんか教えてやっただろう。そうやって、馬でも人でもすぐ見下すからだ。」


馬は敏感で賢いからな。そりゃ振り落とされもするだろう。


─────────────────


軍司令部の取り調べ室ではアトル中佐が待っていた。


「カルル様、向かいの椅子にお掛け下さい。」


「ここは取り調べ室じゃないか!それにこの僕にパイプ椅子に座れというのか!アトル!僕が誰だか…」


「黙って座れ!」


ジャダラン少将にどやしつけられ、のっぽの従兄弟は渋々、パイプ椅子に座った。向かいの椅子に座ったジャダラン少将は、卓上のデスクライトの光をバルビエの顔にあてる。


「さてバルビエ、おまえはビロン中尉に安全な撤退ルートを教えると嘘を言い、敵のど真ん中に飛び込ませたな?」


「……な、なんの事でしょう。僕はなにも…」


「そうか。じゃあ本人を前に申し開きしてみろ。ビロン中尉、入れ。」


ポキポキと指を鳴らしながら、のっぽのバルビエよりも背の高いピエールが入室してきた。窮地を脱して生還した金髪巻き毛は、背丈はバルビエよりやや上程度だが、体の厚みと腕の太さは倍ほど違う。殴り合いにでもなれば万に一つ、いや、億に一つの勝ち目もないバルビエはすくみ上がった。


「おいバルビエ、やってくれたなぁ。おかげで俺の部下は全滅したぞ。この落とし前はどうつけてくれるんだ?」


「バ、バルビエ少佐だ!じょ、上官に向かって言い掛かりをつけるなんて許されないぞ!」


「噛むなよ、みっともねえ。おめえ言ったよなぁ? "ビロン家の跡取りを死なせる訳にはいかない。僕が安全な撤退ルートを指示するから"ってよぉ? 知らねえとは言わせねえぞ!!」


思い切り机に拳を叩きつけるピエール。もちろん机にはデカい手形が残った。


「言ってない!僕はそんな事は言ってない!従兄上、叔父上を呼んでください!」


「おまえを溺愛してる親父殿なら庇ってくれるとでも思ったか? 確かにそうだろう。だから、親父殿には知らせん。俺の独断でおまえの始末をつける!」


なるほど。コイツは叔父にあたるザインジャルガ総督のお気に入りなのか。


「そ、そんな……従兄上!ビロン中尉は自分の判断ミスの責任を僕に押し付けようとたくらんでいるだけです!」


さて、そろそろ追い込みをかけるか。やっぱり往生際の悪い悪党みたいだからな。


「それじゃあバルビエ少佐。アンタの艦の通信記録を開示してくれ。ブリッジからの通信だけじゃなく、艦長室からの通信記録もだ。」


「そ、それは……」


「出来ないよな? 記録は全て、消去されていた。おっかしいよなぁ? 確か同盟軍軍法では、作戦時の通信記録は最低でも二ヶ月間の保持が義務付けられているはずなんだが。」


「勝手に僕の艦を調べたのか!それこそ軍法違反…」


「俺が許可した、文句あるか? それより、全ての通信記録を消去した理由を言え!」


ジャダラン少将に詰め寄られ、必死に頭を巡らすバルビエ。言い抜けできなきゃマズいモンなぁ。


「従兄上、通信記録を消去せざるを得なかったのは、デリケートな軍事…」


はいはい、そうくると思ってたよ。


「機密に関わる通信が含まれていたからとか言わねえよな? じゃあそのデリケートな機密ってのはなんなのか答えろ!今すぐにだ!」


目を白黒させていたバルビエだったが、その目が座った。なにか、よからぬコトを思い付いたな?


「……いいんですか? 話してしまっても。」


「勿体つけてないで話せ!デリケートな機密とはなんだ!」


イラついたジャダラン少将が怒鳴りつける。不敵な顔のバルビエは落ち着きを取り戻したようだ。コイツ、一体なにを思い付いたんだ?


「僕が貴方の実弟だという事ですよ。ですから記録を消去せざるを得なかったんです。」


「な…んだと!? この期に及んでふざけた事を抜かすな!殺されたいのか!」


「事実です、テムル様。」


表情を押し殺したアトル中佐が、静かにそう言った。


「アトル!本当の事なのか!」


「はい。カルル・バルビエ・ジャダラン様は、ジャルル・カン・ジャダラン総督の実子。テムル様の異母弟に相違ありません。」


「……そうか、それで合点がいった。親父殿がなぜ、こんな軟弱を溺愛するのかと思っていたが、そういう訳だったのか!親父殿は自分の産ませた子を叔父貴に押し付けたという訳だ!」


「それは違います!テムル様の叔父、タイタール様がテムル様とカルル様の間で後継争いが起きてはならぬと憂慮され、カルル様を引き取られたのです。子宝に恵まれなかったタイタール様の為、ジャルル様も我が子を…」


「いらぬ気遣いだ!優れた方が家督を継げばいいだけの事だろう!」


「家督争いが起きれば無用な血が流れます。テムル様、父君と叔父上のお気持ちをわかってあげてください。」


「フフッ、そういう事です。赤の他人ではなく弟の言う事を信じてください、。」


「………」


「ビロン中尉は僕に部下を死なせた責任を押し付けようとしているだけです。軍法会議が開かれても言った、言わないの水掛け論になるだけですよ?」


エラい地雷が飛び出てきたな。こりゃ計算外なんてモンじゃねえ。とはいえ、若様だろうが神様だろうが、やったコトの落とし前だけはつけさせるぜ。


「おいおい、物証がないなんて言ってないぞ。ウォッカ、持ってこい!」


ドアをバンと開いて最後の役者が登場した。さあ、いよいよクライマックスだぜ?


「毎度!物証をお届けに参上したぜ。おや? 誰かと思えばバルビエさんじゃないか。久しぶりだなあ、俺に折られた歯や骨はまだ痛むかい?」


「イ、イワン・ゴバルスキー准尉!どうしてここに!」


「アンタのお陰で今は曹長だよ。けど、あれから結構経つってのに、アンタも大して出世しちゃいないようだなぁ。ま、これが「ビロン中尉の艦の通信記録ボックス」だ。」


ウォッカは抱えていた小包を机の上に置き、包みを解いた。


「なにっ!!」


「俺の部下に気の利いた奴がいたんだよ。敵に囲まれ、艦を放棄する前にコイツを持ち出してくれてたのさ。遺体しか収容出来なかったが、おまえの無念は俺が晴らしてやるからな。」


通信記録ボックスを操作しながら、ピエールは笑った。


「さっそくメモリーを取り出して再生してみるぜ。確か通信を受けた時間は……よし、ここだな。さて、みんな聞いてくれ。バルビエが俺に何を言ったかをな。」


メモリースティックを差し込まれたハンディコムから音声が流れ出す。


「……ビロン家の跡取りを死なせる訳にはいかない。僕が安全な撤退ルートを指示…」


バルビエはメモリースティックを引き抜き、足で踏んで壊してしまった。


「ハハハッ!……物証? そんなモノがどこにあるんだ?」


オレは胸ポケットに差していたペンを机の上に置いて、話しかけた。


「ジャダラン総督、ご覧の通りです。バルビエはメモリースティックのを壊しました。」


「コピーだと!?」


「オレが容疑者の目の前に大事な物証を出す間抜けだとでも思ったのか? 本物のメモリースティックはここにはない。軍法会議に提出する証拠だからな。」


卓上のペンが小人サイズの老総督の姿を写し出した。深い皺が刻まれた顔が、苦悩でいっそう彫り深く見える。


「……天掛侯爵、なんとかカルルを助命してもらえぬか……もちろん、軍務からは退かせ、謹慎させる。ビロン家とゴバルスキー曹長には儂から償いをしよう。それで…」


絞り出すように言葉を並べ、息子を庇おうとする父。だけど、カルルの所業は"許せない罪"だ。


「出来ません。すでにご子息の裏切り行為によって、ゴバルスキー中隊、ビロン大隊の隊員達が戦死していますから。総督が何を仰ろうと、私はこの事実をシノノメ中将に報告し、軍法によって裁いて頂きます。決定的な証拠が存在し、シノノメ、ビロン、ミドウの三人の将官、それに御門グループが敵に回る。それでも無罪を勝ち取れる自信がお有りなら、ご随意に。」


「頼む!馬鹿な息子かもしれんが…」


「ゴバルスキー中隊やビロン大隊の隊員だって、誰かの息子であり娘でした。総督、中原の狼の名に恥じぬご決断を!」


「…………テムルよ。儂は老い、耄碌していたようだ。今日を以て総督を引退し、家督をおまえに譲る。我らの街、ザインジャルガの事を頼んだぞ。」


「わかった。親父殿、長きに渡って苦労をさせた。後事は俺に任せ、身を労ってくれ。」


「父上!助けてください、父上!私はまだ死にたくありません!!」


ホログラム映像にすがりついて懇願するカルル・バルビエ・ジャダランの姿は滑稽で、それだけにいっそう哀れに見えた。


「……カルル、この愚か者め。馬に乗れずとも、武芸に秀でずともよい。じゃが我らの祖、蒼き狼の名を汚す振る舞いだけはするなと、儂もタイタールも教えたじゃろう。……さらばじゃ。冥府に逝き、我が弟に詫びるがいい。」


それだけ言うと、疲れ切った様子の老総督の姿は消えた。


「父上!? 父上~!!答えてください……答えて……」




ペンを握りしめてボロボロ泣き崩れるカルルの姿を、オレ達は黙って見つめていた。



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