覚醒編9話 裏切り者には天誅を


※末尾に新作のお知らせがあります。


ハンマーシャークの医療ポッドに脳筋をブチ込み、ソードフィッシュと合流したオレ達は、ジャダラン師団とレイブン隊の守る丘陵地帯までの撤退に成功した。傍受した無線の内容から考えて、シーグラムはきっかり一時間、オレの事を上に報告しなかったようだ。


「カナタ君、みんな、すまなかったね。僕の我が儘で苦労をかけた。」


艦橋で頭を下げたギャバン少尉の肩に手を着いて、巻き毛の真上で片手逆立ちしたナツメが囁く。


「まったくなの。モンブランを一ヶ月、奢ってもらうからね。」


ナツメさんはホントに栗が好きですね。その愛情の10%でいいからレーズンさんにも分けてあげて。


「剣狼、無事に戻ったようだな。……殺戮天使は逆立ちが趣味なのか?」


「みたいです。ジャダラン少将、敗残兵の収容はどんな感じです?」


「剣狼が最後に決まっているだろう。一番奥地から帰ってきたのだからな。態勢を立て直したネヴィル師団がやってくる前にザインジャルガに帰投するか。」


「そうしましょう。敵の出鼻を挫いて脳筋の身柄も確保、ダブルウルフ作戦は大成功でしたね。」


行き掛けの駄賃に仕掛けも施しておいた。うまくすれば大物を釣り上げられるかもしれない。


「そうだな。だが悪い知らせもある。」


「なんです、悪い知らせって?」


「敗残兵をまとめたアリングハム公サイラスが来援したようだ。剣狼に雪辱戦を挑むつもりだろう。」


悪い知らせどころか朗報だ。ハム公の趣味はカメラ、需要があってのコトだが知らんが写真集まで出してる。行き掛けの駄賃で本当に大魚を釣り上げられるかもしれないぞ。


「逃げた大魚が戻ってきたか。ロスパルナスじゃ魚籠びくに入れる直前で処刑人に邪魔されたけど、今度は逃がさねえぞ。」


「頼もしいな。ではここを引き払ってザインジャルガに帰投開始だ。アトル、すぐに軍をまとめろ。」


副官に命令を下したジャダラン少将の姿がスクリーンから消え、オレもスケアクロウ&スリーフットレイブンに軍をまとめる指示を始める。目的を達成した以上、長居は無用だ。


───────────────


ザインジャルガの軍港に入港したソードフィッシュ。その艦橋に、旧知のリックに連れられ、バツの悪そうな顔をしたピエールが現れた。超再生持ちだけあって、かなりダメージを回復させたようだ。


「おい、ピエール。おまえがいくら恩知らずのボンボンだってもよ、俺の仲間にゃ礼を言ってもらうぜ。」


頭を下げさせようと巻き毛の後頭部を掴んだリックだったが、ピエール坊ちゃんは首に力を入れて抵抗する。意地でも頭は下げたくないらしい。


パワーでリックと張り合えるあたり、素質はいいモン持ってんだがなぁ。オツムの中身がプロテインじゃあ、長生き出来そうにないぞ。


「やめとけ、リック。下げたくもない頭を下げさせても嬉しくない。おまえもギャバン少尉に頼まれたから動いただけで、コイツがどうなろうがどうでもいいって思ってるだろ。それより脳筋、おまえに一つだけ聞きたいコトがある。」


「俺は脳筋じゃねえ!ビロン家の跡取りで「強堅マイティガード」の異名を持つ、ピエール・ド・ビロン中尉だ!」


艦長シートから飛び降りたオレはピエールの前に立ち、ニッコリ笑ってから足払いをかけて、仰向けに蹴転がした。そして即座に喉に手をかけて締め上げてやる。


「もう一度だけ言うぞ、。おまえに一つ、聞きたいコトがある。」


「ピエール、カナタ君をこれ以上怒らせるな。黙って質問に答えるんだ。」


兄貴の言葉が届いたのか、ピエールは咳き込みながら頷いた。


喉輪を決めたまま立ち上がらせ、手近な椅子目がけて投げ捨てる。


「ゲホッゲホッ……なんだよ、聞きたい事ってのは?」


「おまえがバカなのは知ってるが、それにしたってなんであんな所にいた? あえて危険な場所で殿しんがりをやってました、なんて言わねえよな?」


「バルビエ少佐から"ビロン家の跡取りを死なせる訳にはいかない。僕が安全な撤退ルートを指示するから"って通信が入ったんだよ。その指示通りに動いてみたら、ああなってた。」


「バルビエだと? バルビエってのはカルル・バルビエ・ジャダランの事か?」


黙って話を聞いていたウォッカが、血相を変えてピエールに詰め寄った。


「あ、ああ。そのバルビエだ。彼の父親はジャダラン氏族だが、母親はフラム貴族だから、一時期、ビロン師団で指揮官の勉強をしていた。だから父上とは付き合いがあって、俺は彼が要職を務めるタルタイの街に遊び……ゴホン、訓練に行っていたんだ。それがどうかしたのか?」


あまりの剣幕に聞かれてもいない事まで喋るピエール。ウォッカの怒髪が天を衝く。


「あの野郎!!またやりやがったな!ゆ、許せねえ……」


「ウォッカ、事情を話せ。」


「……奴が嘘の情報を掴ませて味方を捨て駒に使うのは、今回が初めてじゃねえ。……俺もやられた。それで……部下を全員、失ったんだ……」


ウォッカは上官を半殺しにして軍刑務所に送られるところを、マリカさんに助けられた。半殺しにされた上官ってのはカルル・バルビエ・ジャダラン少佐だったって訳か。ウォッカの部隊を捨て駒にして窮地を脱したか、戦果を上げでもしたのだろう。


「バルビエの奴、俺を騙しやがったのか!ぶっ殺してやる!」 


ウォッカの怒髪がピエールにも伝染し、巨漢二人は怒りでまなじりをつり上げる。


「二人とも落ち着け。少し時間をくれれば、合法的にヤツを葬ってやる。」


「大将、そんな事が出来るのか? 確かに奴は偽の撤退ルートをピエール坊ちゃんに指示したんだろうがよ、その記録が残ってる船は機構軍に拿捕された。物証はなく、あるのは坊ちゃんの証言だけだぜ? 言った言わないの水掛け論じゃあ、総督様の血縁者を有罪にゃ出来ねえだろ。ビロン少将とザインジャルガ総督の関係は悪化するだろうけどな。」


そう、ロブの言う通り、決定的な証拠がない限り有力者の子弟を有罪には出来ないのが同盟軍の現実。だが、クソ親父はかつてオレにこう言った。


"気に入らない現実に直面しても嘆くな。そんな現実は変えてみせろ"と。


「証拠がなければ作るまでさ。ウォッカ、ピエール、バルビエにはやらかしたコトの責任はとらせる。数時間だけ我慢しろ。」


「少尉、証拠がなければ作るって言うけど、それって"でっち上げ"よ?」


おやおや、悪魔の子なんて呼ばれてるリリスさんが、えらく良心的な台詞を吐くじゃないの。


「だが冤罪を産む訳じゃない。ヤツが黒なのは確かなんだからな。味方を捨て駒に逃げ出す卑劣漢に、手段を選べなんて言うつもりか?」


「まさか。悪~い納豆菌が捻り出す奸計を見物させてもらうわ。」


クックックッ。まあ見てな。ワルを相手にゃどんな手を使っても恥じ入るコトはない。とびきり汚い手を使ってやろうじゃないの。


──────────────────


準備を整えたオレはジャダラン少将に事情を話し、二人で士官クラブへ向かった。バルビエの野郎は呑気に士官クラブで飲んでいやがるらしい。ヤツはまだ、ピエールの生還を知らないのだ。


ザインジャルガの士官クラブは他所の街とは造りが違っていた。椅子やテーブルはなく、細かな刺繍が施された丸形の敷布が並べられていて、車座になってくつろぐ。壁には草原と馬の絵が描かれ、天井には天幕のように布が張り巡らされている。まるで大草原に張られたテントの中にいるような気分だな。今でこそ街に住んでいるが、ザインジャルガの住民のほとんどはかつて遊牧民だった。彼らの心は、今も大草原にあるのだろう。


「いいクラブですね。機構軍を追っ払った後、仲間とここで宴会をやりたいな。」


「そうしろ。このクラブには馬乳酒アイラグなども置いてある。他所では飲めない珍味だぞ。」


各地を転戦する余禄みたいなモンだな。世界旅行をしている気分だ。


「生き残った連中が、たくさん来てるみたいですね。バルビエはどこかな?」


「じきわかる。あそこで椅子に座ってワインを飲んでるのがそうだ。」


ジャダラン少将は顎でクラブの奥をしゃくった。なるほど、あの生っ白いのがそうか。皆が敷布に座ってるのに一人だけ肘掛け椅子を使っていれば、そりゃ目立つ。


「郷に入りては郷に従うって言葉がバルビエにはないんですかね? そもそも、ヤツも遊牧民の末裔でしょう。」


「俺達は中原の狼の末裔である事を誇りにしているが、従兄弟はそうじゃない。だから、なんて呼ばせているのだ。それだけでも気に食わんが、奴は署名する時にカルルではなく、シャルルなんて書いてやがるらしい!……フラム貴族の文化は洗練されていて素晴らしいのかもしれんが、俺達の文化だって負けてはいない。」


「文化に優劣なんてないですよ。誰だって自分のルーツである文化には誇りを持ち、大切にします。バルビエなんか遊牧民とフラム人の文化、その両方を享受出来る立場だってのに、片方に傾向する意味がわからない。そう言えば、少将の騎馬軍団はみんな手の込んだ刺繍の入った帽子を被ってましたね。オレも欲しいな。」


「俺の予備を手直しさせて贈ろう。中原の狼から、龍の島の狼への贈り物だ。剣狼の姉君、大龍君にも特別あつらえの帽子と敷布を献上させる。」


「ありがとうございます。ガーデンに帰ってからお返しの品として龍紋入りの櫛を贈りますよ。少将が奥方を娶られる際に、贈呈されては如何です?」


ジャダラン少将は勇猛で有望な次期総督だ。共闘を機会に交友を深めておきたい。政治的な思惑は別としても、この狼とは気が合うしな。


「それは楽しみだ。さて、蒼き狼の名を汚す不届き者に、天誅を加えてやるか。」


オレは大股で従兄弟に歩み寄る少将の後に続く。




カルル・バルビエ・ジャダラン、おまえは誇り高き狼の血族に相応しくない。選べる自由は、どっちの方式で埋葬されるかだけだ。


※新作のお知らせ※ ファンタジー小説「最強勇者、中級メンターに転職する」の連載を始めました。最強勇者だけど、とある事情で魔王だけは滅ぼせない。そんな主人公が冒険者ギルドの中級メンターとなって、勇者パーティーを育てる物語です。この作品同様、主人公はモテモテです(笑) 私は骨の髄までハーレムものが好きなんですねえ。

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