覚醒編8話 百舌鳥VS剣狼
「カレル、レイブン隊は丘陵地帯を守っていてくれ。ジャダラン少将と協力して敗残兵の収容を行いながらな。」
「ハッ!しかしスケアクロウだけでビロン中尉の救出が可能なのですか? 我々も…」
「いや、敵中を強行突破し、ビロンを収容して急速離脱を敢行する以上、最高の練度と艦性能が求められる。だったらスケアクロウのみで作戦を行う方が成功率が高い。あの脳筋は密林地帯にいるようだから、戦艦では目的地までいけそうにないしな。つまり戦艦の数は必要ない。」
「どうかご無事で。無理と判断されれば即座に作戦を中断し、お戻り下さい。侯爵の右腕はまだ完治していないのですから。」
「ああ。麗しき姫君の救出ならまだしも、あの脳筋を命に替えても救出する、とまでは思えん。じゃあ、行ってくる。」
丘陵地帯から発進したソードフィッシュとハンマーシャークは、脳筋の待つ密林地帯目指して行軍を開始した。
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丘陵地帯を放棄したロドニーは、こちらの目論見通り、後衛のネヴィル師団本隊との合流を考えているようだ。つまり、陸上戦艦が航行不可能な密林地帯を迂回して後退中、これならなんとかピエールのところまで行けるかもしれない。問題は、まだピエールが生きているかどうかだが……
樹木の密生度が上がり、図体のデカいソードフィッシュでは進めなくなる。オレはシオンに旗艦を任せ、幹部を率いてハンマーシャークに移乗する。
「ワイドソナー、出力全開。僅かな音も聞き漏らすな!偵察機も全部飛ばせ!」
「了解なの!」
オペレーター席に座ったのは、スケアクロウ一の聴力を誇るナツメだ。こういう作戦の時にホタルがいてくれりゃあ、ピエールを見つけるのは造作もないコトなんだが……
ないものねだりをしてもしゃあねえ。ナツメの耳を信じるしかないな。
「ギャバン少尉、弟を見つけたら即座に収容にかかる。敵がいたら叩いておくから、全力で支援してくれ。途中でガス欠になっても構わん。」
「了解した。任せてくれたまえ。」
頷いたギャバン少尉の口元が引き締まる。頼むぜ。この作戦に備えて丘陵地帯の戦闘ではギャバン中隊を温存したんだからな。
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「カナタ、3キロ先で銃声!その周辺に熱源反応があるの!」
予測していたピエールの現在位置よりかなりこちらよりだ。結構頑張って逃げてきていたと考えるべきか……
オレは偵察機から送られてきた地形図に目をやって、決断を下す。ここから先は密生度がさらに高く、軽巡でも立ち往生する可能性がある。徒歩で進んだ方がいいな。この地形じゃ兵士が走る方が速いし。
「ロブ隊とシズルはハンマーシャークに残れ。オレ達が戻るまでここを頼む。」
「オーケー、大将。」 「このシズルにお任せあれ。」
「残りはオレについてこい!」
残りの幹部とギャバン隊を率いて密林に降り立つ。ピエールのヤツ、生きてろよ。ここまで来て無駄足とか、やってらんねえからな。
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現れた敵兵は可能な限り狼眼で瞬殺し、残りをギャバン隊に任せる。ギデオンは樹木の上に潜んでいた敵兵の体を鎖で巻き取り、地面に叩き付けてから大鎌でトドメを刺した。
「ギデオン、ずいぶん腕を上げたじゃないか。」
「へへっ、サンピン師匠のご指導のお陰でさぁ。俺もあんなイケてる三下になりてえ。」
サンピンさんは三下口調なだけで、実力も立場も三下じゃない。泣く子も黙る羅候の幹部だっての。
樹木を盾に銃撃をかましてくる連中が残っているが、ギャバン隊の隊員は無造作に距離を詰めてゆく。ギャバン少尉の張った念真障壁に守られているからだ。短時間の戦闘なら、ギャバン隊はかなりの戦闘力を発揮出来る。
「先を急ごう、カナタ君!」
敵兵の沈黙を確認したギャバン少尉にせかされる。弟の身を案じて、気が気じゃないらしい。
「了解。オレがトップを張る。後に続け!」
そりゃ気も急くよな。オレだって弟分のリックが敵中で孤立してるってんなら、ギャバン少尉みたいになる。先を急ごう。
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「強堅ピエール!その首もらったぁ!」
長身の金髪巻き毛に迫る敵兵の群れ。血塗れの体で応戦するピエールだが、自慢の怪力にも翳りが見える。毎度のコトだが、ギリギリ間に合ったようだ。
「ハァハァ、クソがぁ!体さえ万全なら、テメエら如きに……」
敵兵の指揮官らしい小柄な男が、窮地の巨漢を部下に包囲させる。
「もう諦めるんだな。残ったのはおまえ一人だぞ?」
思ったより逃げてこれていたのは、"部下が全員死んでいたから"か。高い身体能力を持つピエール一人だから、撤退距離を稼げていたんだ。兄貴の想いは天に通じた、か。
オレは足に力を溜め、力一杯飛ぶ。空中に形成した念真皿を蹴って加速し、
「け、剣狼!なんでここに!」
「食後に散歩してただけだ。失血死する前に下がってろ。」
「コイツらは部下の仇だ。俺が殺るから援護だけしろ!」
シュガーポットで会った時から、まるで成長しちゃいねえ。そんなだから部下を全員死なせちまうんだよ。
「半死人がいっちょ前の能書きを垂れるな。すっこんでろ、すっとこどっこいが!」
回し蹴りでピエールを蹴飛ばし、高く後方に飛んだピエールはウォッカがキャッチ。そのまま背後にトスして、自らは壁になる。
「……剣狼カナタ、おまえも死にに来たのか?」
ほう。指揮官さんは白人っぽいのに、得物は刀ときたか。……構えに隙がない、なかなか出来るようだな。
「その構えは心貫流と見た。名を名乗れ。」
「心貫流剣士、アルバート・シーグラム。人呼んで「
「アルバート・シーグラム……思い出した。非力で体格のない騎士見習いだったが、朧京に留学し、心貫流を修めて騎士となったとか。」
「俺の事を知っていたとは光栄の至りだよ。東洋剣術を極め、騎士剣術と融合させた俺にはわかるぞ? おまえが利き手を使えないって事はな。処刑人から受けた傷が、まだ治っていないのだ!」
「だとしたらどうする?」
「千載一遇の好機を逃すものか!おまえはこの俺が討ち取る!」
「無理だと思うが、頑張れ。」
姿勢を屈めてダッシュしてきた百舌鳥は抜刀し、矢継ぎ早の連擊を繰り出してくる。
「そりゃそりゃそりゃ、そりゃりゃりゃりゃあぁぁ!」
なるほど、心貫流の突き技とフェンシングの混成剣術か。左手一本で突きの連擊をいなし続けるが、ラッシュの終わりは見えない。一撃で仕留めるパワーが無いなら、連擊で仕留める。重さて潰す洋剣ではなく、鋭さで断ち切る刀に活路を見出したのは、パワー不足を克服する為らしい。
「息切れを待っても無駄だ!俺の連擊は相手を殺すまで止まらん!りゃりゃりゃりゃあぁぁぁ!」
非力で小柄なこの男に唯一あった才能が、瞬発力だったのだろう。その瞬発力を活かしたラッシュを継続させる為に、持久力を磨きに磨いた。自分をよく知っている男のようだ。片手とはいえ、本気で戦う必要があるな。
「我が夢幻一刀流にも百舌鳥の名を冠した技がある。どちらが真の百舌鳥か、勝負だ!」
いくぞ!夢幻一刀流、六の太刀・百舌神楽を喰らえ!
突きを突きで跳ね上げながら、双方の連擊が止まらない。
「体格、腕力、念真力、他の全てで負けても構わん!突き比べでだけは負けてたまるかぁ!」
いいねえ。そういう意地、嫌いじゃないぜ。……だが、意地だけではオレには勝てん。
速さと精度では互角、しかし繰り出す突きの
「ぐああぁぁぁっ!」
跳ね上がった腕をオレの突きが捉え、刀を握ったまま宙を舞ったシーグラムの右腕がボトリと地面に落ちた。
「勝負あったな。引け、百舌鳥。おまえの克己心に免じて、この場は見逃してやる。」
「礼は言わんぞ、剣狼。俺を生かしておいた事を、いずれおまえは後悔する!」
我ながら甘いと思うが、この手の苦労人タイプは出来れば殺したくない。
右腕をベルトで縛り、踵を返した百舌鳥の背中に声をかけた。甘さついでに土産も渡しておくか。
「待て!」
「なんだ? やっぱり殺しておく気にでもなったか?」
「右腕を拾ってゆけ。医者の腕次第では繋がるはずだ。その右腕はおまえの修練の結晶だろう。……大事にしろ。」
「……恩に切る。返礼におまえに会った事は一時間だけ、上には報告しないでおこう。」
「そりゃ助かる。じゃあな百舌鳥、いずれ戦場で会おう。」
「……俺はもう御免だ。格の差を思い知らされた。」
右腕を拾った百舌鳥は部下を引き連れ、足早に去っていった。
「剣狼!なぜシーグラムを逃がした!アイツは俺の部下を全滅させた仇…」
詰め寄ってきて喚くピエールの鳩尾に左ストレートをブチ込む。白目を剥きながら崩れ落ちる巻き毛を引っ掴んで、オレは怒鳴った。
「ここは戦場だぞ、この甘ったれが!おまえの部下が死んだのは、おまえが間抜けだったからだ!」
シュガーポットで会った時に言っただろうが!おまえはただ幸運だっただけ、これまで格上と出会わなかったに過ぎないとな!痛い目に遭ったのになにも学ばず、意のままに振る舞う、その結果がこの有り様だ。
だいたいだな、シーグラムが部下に経験を積まそうなんて考えず、自分でおまえの相手をしてたら、とうの昔に殺されていたんだ!それすらわからん脳筋が、いっちょ前の能書きをほざくな!
「急いでハンマーシャークに戻るぞ。こんなバカの為に部下を死なせたら一生後悔する!」
白目を剥いて気絶したうどの大木を、リックが丸太のような腕で抱え上げる。弟分はなにも言わなかったが、目が口ほどにモノを言っていた。"バカな奴だ"と。
まったく、こんなバカにギャバン少尉の兄心が通じるのかね?……はなはだ疑問だな。
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