覚醒編7話 中原の狼



旗艦に戻ったオレ達は作戦室に幹部を集め、脳筋救出作戦の相談を始める。


「ギャバン少尉、心配そうな顔すんなって。ピエールはバカだがタフなんだ。そう簡単に殺られたりしねえよ。」


「だよ。リックと同じなの。」


「おいナツメ!俺はもう脳筋バカは卒業したんだよ!」


じゃれ合う二人に弱々しい笑顔で頷くギャバン少尉。ピエールが生きていたとしても、完全に敵中に孤立している。頭がいいだけに作戦の困難さ、いや、作戦が実行可能かどうかを迷っている。


「ギャバンの旦那、一つ聞きたいんだが、なんでそこまで弟に肩入れするんだ? 言いにくい事を言わせてもらうが、ピエール・ド・ビロンが救う価値のある人間だとは思えねえし、もっと言いにくい事を言えば、ピエールの死は旦那の復権を意味するんだぜ?」


そう言ったロブにギャバン少尉は首を振った。


「もう僕はビロン家の家督に興味はない。ピエールは犠牲者なんだ。」


「犠牲者? なんのだい?」


「義母の偏った教育のだ。そして義母は、彼女に冷飯を食わせてきた父の身勝手さの犠牲者とも言える。外に女を作り、子供まで産ませたんだ。いくら母が怖くても、男として責任を取り、家に迎え入れるべきだった。権力亡者に成り果てた義母はもう手遅れかもしれないけど、せめて弟だけは助けてやりたい。ピエールは昔の僕を見ているようで、いたたまれないんだよ。弟には、カナタ君のように領民に愛される領主になって欲しいんだ。」


「だとさ、大将。救出する手はありそうか?」


「今考えてる。」


クソッ、なんだってこんな敵のど真ん中で孤立してやがんだ。ピエールは間違っても捨て石を志願するような性格じゃない。なのになんでオトリみたいな真似をしてやがる!


「艦長、ジャダラン少将とアトル中佐がお見えになりました。通してよろしいですか?」


来客を告げるAIアルマの声。ジャダラン少将がなんでソードフィッシュに来たんだろう?


「お通ししてくれ。リムセに連絡してここまで案内させろ。」


しばらくすると狩猟民の末裔に案内された遊牧民の末裔二人が、作戦室に入ってきた。


「前線の戦況を見ていたようだな、都合がいい。剣狼、相談なんだが、籠城する前に一撃食わせてやれんものかな?」


ジャダラン少将から思いもよらぬ提案をされる。ははぁん、たぶん……


「野戦に自信のある部下達から突き上げられましたか?」


「そんなところだ。だが、戦略的にも意味があるように思う。敗残兵を収容して亀みたいに閉じ籠もっているより、一撃食らわせたのちに来援を待つ方が戦意を保てる。逆襲に成功すれば、より多くの友軍の救出も可能だと、アトルも言うのでな。」


一理あるし、好都合でもある。ジャダラン師団の力を借りれるのなら話は違ってくるぞ。


「天掛少尉、通信部からの報告では、ビロン少将のご子息、ピエール・ド・ビロン中尉が敵中から救援信号を打電してきたそうだ。なぜ彼が前衛都市にいたのかは不明だが、テムル様とは不仲のビロン少将が慌てて来援に駆けつけて来るのはそういう事だろう。」


アトル中佐が冷笑しながら事情を説明してくれる。なるほど、それで遠方にいるはずのビロン師団が動いたのか。


「ビロン少将から何も連絡はないんですか?」


「自分がザインジャルガを防衛するから、テムル様は前衛都市を奪い返せば如何、と言ってきた。思えばあれは、テムル様に息子を救出させる腹積もりだったのだな。」


とことん気に食わない男だな。息子の命が危ないってのに、まだ自分の面子を気にしてんのか。ジャダラン少将に頭を下げて頼めばいいだろうが!


「ジャダラン少将、紹介しておきます。スケアクロウに所属するロベール・ギャバン少尉、ピエールの兄です。」


水を向けられたギャバン少尉は、少将に向かって敬礼した。


「ああ、そう言えば失脚した長男がいたっけな。おまえがそうか?」


うわー、どストレートなご発言がきたよ。ま、言葉を飾ってる場合じゃないな。


「はい。少将閣下、弟の救出にご協力ください。父にも貸しが出来るはずです。」


「息子の前で言うのもなんだが、おまえの親父は人に感謝するような男じゃない。だが、利害は一致してるようだ。剣狼、ここは狼同士で共闘といこうか。」


「狼同士?」


「ジャダラン族の祖は狼だったそうだ。中原の狼と龍の島の狼のコンビで、機構軍にひと泡吹かせてやろう。」


ここにも狼がいたか。群れは違っても狼同士、共闘は望むところだ。


「いっちょやりますか。ネヴィル元帥の思惑を噛み砕いてやらあ!」


さあ、戦略を練り直せ。ジャダラン師団が出撃してくれるなら手の打ちようはあるはずだ!


─────────────────────


ジャダラン少将と練り上げた作戦、オペレーション「ダブルウルフ」を開始する。


中原の狼が率いる軍団は、青くカラーリングされた旗艦「ボルテ・チノ蒼き狼」を先頭に乾いた草原を疾駆、敵の先手部隊に砲撃を浴びせる。ネヴィル師団先鋒隊も砲火を開いて応戦、ジャダラン少将は自慢の騎兵部隊を繰り出して主導権を握りにかかる。馬といってもバイオメタル化された軍馬だ、並の馬とは速さも強さも違う。バイオメタル化された名馬を繁殖して編成された軍馬達、ジャダラン少将が野戦に強いのはこの騎馬軍団のお陰だ。


マグナムスチール製の馬鎧と蹄鉄をつけた軍馬は迎撃に出てきた敵兵の頭を踏み潰し、手綱を握る猛者達は、馬上から巧みに弓を放つ。世界を席巻したモンゴル騎馬軍団を彷彿させる戦いぶりだな。ジャダラン少将は親が総督でなくとも、将官になれていただろう。広い平原なら無類の強さを誇る。


敵将、ロードリック候ロドニーは平原の戦いは不利とみたらしく、すぐさま軍を引いて丘陵地帯に下がった。サイラスもなかなかの指揮官だったが、ロドニーも平均以上だ。ネヴィル元帥はいい将官を抱えている。伊達に機構軍一の武闘派を気取っているんじゃなさそうだな。


「ここまでは予定通りだな。」


平原を背景に、愛馬の頭を撫でるジャダラン少将の姿がメインスクリーンに映る。少将自ら陣頭指揮を執っていたのか。遊牧民族長の嫡男だけあって、臆病とは縁がないお人のようだ。


「はい、今度はオレ達が前に出ます。狭隘な地形なら個の強さがモノをいいますから。ソードフィッシュ、全速前進!」


丘陵地帯に引いて一息つくつもりだろうが、そうはさせない。紅茶大好きブリリアント軍団様に、アスラ部隊の恐ろしさを教えてやるぞ。


─────────────────────


騎士隊長らしき男は、剣を指し示して号令する。


「かかれかかれ!ロードリック騎士の強さを叛乱軍めに思い知らせてやるのだ!」


だったらおまえがかかってこい。後ろから部下をけしかけてないでな。立派なのは身に纏ってるサーコートだけか?


けしかけられた騎士達は、勇敢だった。既に狼眼の威力は見たはずなのに、オレに向かって突進してくる。


「次に死にたいのはおまえらか?」


狼眼に捉えられた平騎士達は、オレに近付くコトも出来ずに倒れてゆく。オレの前に築かれた死山血河はまた標高を上げ、水量を増した。


「ぬうう、なんたる化け物!我が精鋭が近付く事も出来ぬとは!」


「精鋭? おい、そこのサーコート。おまえら程度を精鋭とは言わない。ロンダル島には辞書がないのか? ないというなら龍の島から送ってやるぞ。無知とは罪だからな。」


「吾輩は無知でもサーコートでもない!吾輩はロードリック家に仕えし騎士、サー…」


テメエの名乗りなんて聞いてやる気はねえよ。


「総員突撃!このボンクラ騎士どもに精鋭のなんたるかを教えてやれ!」


「待ってましたっ!いくぜ、おりゃああぁぁ!」


斬り込み隊長であるリックを先頭に、案山子軍団は獲物に襲いかかった。個の強さと練度の差を見せつけながら、サーなんちゃらの陣取る高台へと迫る。


打ち上げの狙撃がサーなんちゃらの隣の騎士を捉え、その頭がトマトみたいにへし潰される。さらなる改良を施された狙撃銃「カラリエーヴァmkⅡ」の威力を確かめたシオンは、氷のような笑みを浮かべた。


「いかんっ!ここは……戦術的転進っ!」


背中を向けたサーなんちゃらのサーコートに縦筋が入り、一瞬遅れて鮮血が噴き出す。乱戦に紛れて見えない暗殺者が忍び寄っていたのだ。いけないなぁ、指揮官たる者、周囲にちゃんと目配りしないと。


「結局、コイツの名前ってわかんないままだったね。」


仕事を終えたナツメはビーチャムから軍用コートを受け取り、鏡面迷彩ミラーステルスを解除した。


「確か、サー・ウィンストンだったわよ。もう、故・ウィンストンだけどね。さて、私もちょっと汗をかこうかしら。」


悪魔の子リリス」は黒い羽を背中に生やし、大鎌を手に携えた。


「シオン、占領した陣地にジャダラン少将の部下を引き込んでくれ。この繰り返し作業で丘陵地帯を確保する。」


丘陵地帯を確保した後に、ピエール救出作戦を開始する。ロードリック候のさらなる後退と、撤退してくる敗残兵が交錯し、生じた混乱。その隙を突いて敵中深くに孤立したピエールを救い出すんだ。



難しい作戦だが、オレ達案山子軍団スケアクロウなら可能だ。脳筋バカの救出ってのが気乗りしないがな。


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