覚醒編6話 キミがそうしてくれたから



医療ポッドの中で目覚めたオレは、体内時計で時間を確認する。あれから5日も経っちまってるのか。こっぴどく痛めつけられたから当然か。


ポッドを出て軍医から話を聞き、負傷の回復具合を確認する。右肩以外は完治か。状況によってはもう少しポッドに入った方がよさそうだが、現在の戦況を確認してからの方がいいな。


ブリッジに戻ったオレは、シオンから報告を受ける。


オレが休んでいる間に、ウタシロ大佐は増援を率いてロスパルナスを包囲していた機構軍を撃破。包囲の解かれた街に駐屯した。ロスパルナス防衛戦に参加していたカレル達、スリーフットレイブンはスケアクロウと合流し、司令の待つ自由都市トライセルに向かって進軍中か。


「ノゾミ、トライセルに通信を入れてくれ。」


「はい。通信を開始します。」


しばらくしてからメインスクリーンに司令の姿が現れた。いつもの司令と違って、感慨深げに見えるのはオレの気のせいかな?


「報告は既に受けた。カナタ、負傷の回復具合はどうだ?」


「右肩以外は完治しました。超再生様々です。ま、大魚は逸しましたけどね。」


「アリングハム公に逃げられたのは残念だったが、あの処刑人を討ち取ったのだ。最高の戦果と言える。よくやってくれた、お陰でチッチが大忙しだ。」


「チッチ少尉が? そりゃまたなんで?」


広報部が忙しいなんて、イヤな予感しかしねえが……


「号外の作成で大わらわに決まっているだろう。見出しは"剣狼カナタ、処刑人を撃破!!"か、"アスラ部隊に4人目の完全適合者が誕生!!"だろうな。どっちに賭ける?」


やっぱりかよ。戦意高揚のネタにされちまうのは異名兵士の定めか。


「あれから5日も経ってるんです。司令は答えを知ってるんでしょ?」


「バレたか。正解は"両方"だよ。ああ、そうだ。この局地戦に区切りがついたらファンブックを出すからな。おまえは見た目もまあまあだし、結構売れるかもしれん。」


「それは全力で拒否します!勘弁して下さい、小っ恥ずかしい!」


「ダメだ。これは命令だぞ。どうしても阻止したいならトライセルまで来て私を殺すのだな。」


「司令を殺せる兵士なんていませんよ。出来ないってわかってて言ってるんですよね?」


「そうとも言えんだろう。なにせおまえは「完全適合者」天掛カナタ、だからな。」


「司令、いくら冗談でも…」


「わかったわかった、そう怒るな。トライセルに到着するまでは医療ポッドで休んでいろ。最強兵士の仲間入りを果たしたおまえの力を借りねばならんからな。」


「了解。それではトライセルで会いましょう。」


通信を終えたオレが指揮シートから降りると、ノリノリの小悪魔がハンディコムの写真を見せてくる。


「ねえねえ、この写真なんかよくない? 一緒に撮った写真の中で一番のお気に入りなのよ。」


……頭痛がしてきた。アイドルじゃねえんだから、ファンブックとか勘弁して欲しいぜ。いや、オレもマリカさんのファンブックは持ってんだけどな。


──────────────────


傷の完治を機構軍は待ってくれなかった。医療ポッドを出たオレは、直接作戦室に向かう。ネヴィル元帥の本命の攻撃目標が割れた。ザインジャルガ地方だ。各地に攻撃をかけて同盟軍の分散を誘い、満を持しての大攻勢。同盟軍の防衛ラインは切り崩され、地方最大の都市、ザインジャルガに撤退中か。標的都市はここから遠くない。籠城戦にオレ達も参加すべきか……


雁首揃えて相談する幹部達。オレもまだ方針を決めきれないでいる。なんにせよ、千両役者のご意見を聞いてからの話だな。


「カナタ、方針は決まったか?」


千両役者の司令様の半身が、作戦机にご登場と。どう動くべきかは司令の率いる主力軍の動向を聞いてからじゃないとな。


「正直、決めかねてます。防衛ラインの再構築は不可能。ザインジャルガの籠城戦に参加するか否かですが、持ちこたえられるかどうか……」


最善手は籠城戦に参加なんだが、防衛司令のジャダラン少将の力量がイマイチ信用出来ないのがな。野戦に強いとの噂は聞いたが、籠城戦の手腕は未知数だ。


「カナタ、手勢を率いて籠城戦に参加しろ。私も叔父上と共にザインジャルガに向かっている。おまえが先行すれば、地方最大の都市は防衛可能だ。」


「防衛司令の指揮次第、ですけどね。」


「そっちには私から釘を刺しておく。指揮権までは奪えんが、部隊の独自行動権を認めさせ、おまえの助言は参考にするように話をつけておいてやる。それにジャダランはまるきり無能ではない。同盟軍の中では信用出来る方だ。遊牧民を祖先に持つだけあって我が強いが、野戦にも強い。……意味はわかるな?」


わかってますって。やっぱりジャダラン少将は籠城戦が不得手。だからオレを先行させておきたい、か。


「了解。でも本当に足を引っ張らせないで下さいよ。」


「任せておけ。奴にしても私と叔父上に見捨てられたら一巻の終わりだ。恫喝は気が進まないが、やむを得ん。」


気が進まない顔じゃないですよ。ま、オレ達が独自行動可能ってんなら、やってみるか。


────────────────────


戒厳令の敷かれた自由都市ザインジャルガにスケアクロウとスリーフットレイブンは入港する。


オレはシオンを伴って軍司令部に向かい、防衛司令ジャダラン少将と面会した。


「おまえが噂の剣狼か。観艦式で見かけはしたが、サシで会うのは初めてだな。俺がザインジャルガ防衛司令、テムル・カン・ジャダランだ。」


司令に次いで若い将官だとは聞いたが、本当に若いな。30は越してそうだが、少壮なのは間違いない。まあ、出世の原動力は少将の父親がザインジャルガ総督ってコトなんだろうけど……


「アスラ部隊第11番隊「スケアクロウ」及び、御門グループ企業傭兵団「スリーフットレイブン」の指揮を任されている天掛カナタ特務少尉です。ザインジャルガ防衛に微力ながらご協力します。」


「処刑人を撃破した凄腕が来援してくれたのは心強い。御堂准将から話は聞いている。本来、独自行動権など認める訳にはいかないが、状況が状況だ。処刑人を撃破した狼のお手並みを拝見させて頂こう。」


握手して少将の力量を測ってみる。剣ダコに握力……なるほど、司令が"野戦に強い"と評価するだけのコトはありそうだ。そして、ジャダラン少将もオレの力量はわかったようだな。


「本題に入りますか。少将、ウチの司令とシノノメ中将が来援するまで持ちこたえたら勝ち。それはおわかりですよね?」


「うむ。まず現状の説明をしておこうか。現在、4つの前衛都市が陥落し、我々は前衛都市から敗走中の部隊を収容しながら、部隊を再編している最中だ。ビロン少将も増援を送ってくださるそうだが、シノノメ師団の方が早いだろう。」


前衛都市は既に陥落か。思ったよりも早い。大型攻城兵器をかなり持ってきているな。


「収容した敗残兵のチェックは厳しく行ってください。工作員が紛れ込んでいる可能性があります。」


「うむ。御堂准将からも同じ事を言われた。現在、最優先で確認中だ。」


「市内の防衛状況を確認してから打つ手がないかを考えます。接近中の機構軍の足留めが出来れば最高ですがね。」


「そのあたりは天掛少尉の判断に委ねる。出撃する場合には一報をくれ。」


物分かりが良くて助かる。これなら司令の来援まで持ちこたえられそうだぞ。


────────────────


シオンとリリスを伴って市内の防衛状況の確認をしている最中に、ギャバン少尉から通信が入った。


「オレだ。ギャバン少尉、何かあったのか?」


何事もあって欲しくないんだがな。ギャバン少尉は備蓄資材と食料の確認に向かったはずだ。どちらも籠城するには必要不可欠。足りないとなれば大事おおごとだ。


「安心してくれたまえ。資材も食料も問題ない。……でも、個人的にカナタ君に頼みがある。」


深刻そうな声音。聞きたくないが、聞くしかない。


「言ってみてくれ。」


「撞木鮫を僕に貸して欲しい。」


「返せるなら貸そう。だが、どうもそんな感じじゃないな。」


「確実に返せると保証は出来ない。……敵中に孤立した弟を救出に行きたいんだ。」


弟!? 弟ってあのピエールのコトか?


「正気か!? アイツはギャバン少尉のコトを兄だなんて思ってないぞ!いや、それどころか邪魔者だと考えてるんだ!」


「残念ながらいたって正気だ。僕は弟を助けにゆく。」


「……親父殿に泣きつかれでもしたか?」


「違う。父も義母もまだ弟の窮状を知らない。今し方、救援信号を受信したばかりだ。」


「だったら何故!」


「何故だって? カナタ君は甘ったれの屑だった僕に、人生をやり直すチャンスをくれたじゃないか。だから僕もそうする。一度だけでも、チャンスを与えたいんだ。……血を分けた弟に!」


「麗しい兄弟愛ね。少尉、どうすんの? 選択肢は二つよ?」


リリスは皮肉を言ってはいるが、ギャバン少尉を一人で行かせるつもりはない。二つの選択肢とは、行かせないか、みんなで行くかの二択ってコトだ。


「ギャバン少尉、眼旗魚に戻って弟の現在位置の割り出し作業を始めろ。アルマに手伝ってもらってな。」


「カナタ君、これは僕の問題で…」


「違う。これはオレ達の問題だ。ピエールはいけ好かない脳筋で、正直どうなってもいいヤツだが、ロベール・ギャバンはオレ達の仲間だ。」


「……カナタ君……」


「けどな、スケアクロウの力を持ってしても救出不可能と判断した場合は、諦めてもらうぞ。」


「わかった。アルマ君と一緒に割り出し作業を開始するよ。」


無線機をポケットに仕舞ったオレは、車に飛び乗りエンジンをかける。


「シオン、リリス、ソードフィッシュに戻るぞ。」


「了解です、隊長。」 「やれやれね。」


リリスを抱えたシオンが助手席に飛び乗ると同時に、アクセルを踏み込む。



……脳筋ピエールめ、面倒をかけてくれるぜ。兄貴の温情に感謝しろよ?


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