覚醒編5話 姫と兵士を穿つ線



肩に食い込んだ磁力の剣が、パラパラと崩れ落ちてゆく。使い手を失った名剣が朽ちゆくように……


「少尉!無事なんでしょうね!」


黒い羽を生やして飛んできたリリスはオレに片膝をつかせ、肩の傷に止血パッチを貼ってくれた。


「腕が上がらないけど、ちゃんと生きてるよ。」


「もうもう!心配ばっかりかけて!ホントに少尉が死んじゃうかと思ったんだからね!」


リリス、泣かないでくれ。なにが苦手かって、泣いてるおまえが一番苦手なんだ。


「隊長!ご無事ですか!」 「カナタ!大丈夫!」


大丈夫だって、そんなに心配そうな顔すんな。かろうじて生きてますってナリだが、生きてはいるんだからさ。


「やっぱり兄貴は地上最強だぜ!遂に完全適合者になったんだな!」 「なったに決まっています!そして完全適合者「処刑人」を撃破、自分は頂点の戦いを目撃したのであります!」


そう、オレはなれたんだ。兵士の頂点、完全適合者に……


あたふたと応急手当をしてくれてたシオンの目が細まる。ケリコフの部下達が近付いてきたからだ。


「おい、上官の弔い合戦をやるってんなら俺らが相手するぜ?」


ポキポキと指を鳴らすリックにギロチンカッター副長は首を振って答えた。


「約束は守る。だが大佐の遺体は持ち帰りたい。剣狼、構わないな?」


「ああ。丁重に弔ってやってくれ。」


「グース!大佐の仇討ちをするべきでしょう!このまま見逃すなんてあり得ないわ!」


この女は納得してねえみたいだな。頼むぜ、副長さんよ。きかん坊の部下を説得してくれ。オレはガス欠で重傷、オマケに疲労困憊だ。とてもまともに戦える状態じゃないんでな。


「大佐を敗北者の上に卑怯者にまでしたいのか!双方納得ずくの一騎打ちだったはずだ!」


「だけどグース!大佐は私達の…」


「黙れバスクアル!大佐が死んだ以上、俺がギロチンカッター大隊の指揮官だ!命令無視は許さん!」


、ねえ。どうにも気にいらねえ物言いだな。亡くなったとか、指揮を執れなくなったとか、言い方ってモンがあるだろうに。このグースって男、上官にさほどの敬意を持っちゃいなかったってコトか?


「で、どうすんのよ? やるってんなら私達は構わないわよ?」


ラバニウムコーティングされた大鎌を手にしたリリスが詰問し、グースとやらは上官の遺体を肩に担ぎながら答えた。


「さっきも言った通り、約束は守る。バスクアル、おまえが納得出来ない、どうしても殺るというなら勝手にしろ。皆、いくぞ。」


立ち去るグースの後に即座に続く一人、そして残った二人は歯噛みするバスクアルを挟んで腕を掴み、なだめながら下がらせる。処刑人への思い入れが一際強いらしいバスクアルも泣く泣く仇討ちを諦めたか。ま、隊内不和で頭数が不利になった以上、ここで挑んでくればただのバカだ。返り討ちになれば仇討ちもクソもない。


撤退してゆくギロチンカッター幹部の姿を見送りながら、リックが問うてきた。


「兄貴、アイツらを見逃すのかよ?」


「当たり前だ、オレも約束は守る。」


「でも、あのバスクアルとかいう女は、隊長殿を付け狙ってくるに違いないのであります!」


「その時は返り討ちだ。皆が見守っていた崖まで行ってソードフィッシュを待とう。誰か肩を貸してくれ。」


「肩なら俺が…」 「いえ、私が…」


長身の二人を押しのけて、ナツメが宣言した。


「自分より背が低い人間に肩を貸すのは難しいの。なのでここは私で決まり!」


ススッと潜り込んできたナツメに肩を借りて、オレは歩き始める。


「じゃあ私が背負います!ナツメ、隊長を貸して!」


「い~や!カナタは私が運ぶの!だいたいカナタをおぶったりしたら、ドサクサ紛れにおっぱいを触られちゃうよ?」


オレがいくらおっぱい大好きったって、そんな余裕はもうねえよ……


───────────────────


坂道を上る途中で、テレパス通信を受信する。一体誰だ?


(カナタ!無事でよかった!)


ま、まさかこの思念は……


(ローゼなのか!?)


(うん!……久しぶりだね、カナタ。)


なにしにきたんだよ!大国のお姫様がこんなトコをウロウロしてて、何かあったらどうすんだ!


(なにしにきた!護衛はいるんだろうな!)


(怒らないでよ!護衛ならちゃんといるし!)


(ったり前だ。……ローゼ、なによりも自分の身の安全を考えてくれ。)


(だって!……カナタが心配だったんだもん。)


(こうならないように魔女の森で線引きしたんだぞ。オレだってローゼが心配だし、叶うものなら味方してやりたい。でもな、現実問題としてオレとローゼは敵同士なんだ。)


(ボクが敵味方じゃなくしてみせる!)


ああ、本当に期待してるよ。


(約束してくれ。こんなコトは今回限りだ。これからはオレに何が起ころうと動くなよ。全てはオレ自身の意志で行ったコトで、ローゼには関係ない。でもローゼなら戦争を終わらせ、オレ達が敵味方じゃなくなる日を掴み取れると……信じてる。)


(うん。信じて。ボクが必ずこの戦争を終わらせるから!)


強くなったな、ローゼ。姿は見えなくても、成長ぶりが感じられるよ。


さて、経緯はともかくお転婆姫と直接アクセス出来る好機だ。活かさない手はない。眼旗魚ソードフィッシュが迎えに来るまで、可能な限り話をしておこう。……本音を言えば、成長したローゼとは、直接会って顔を見ながら話したいもんだが……


──────────────────────


例によって、軍事機密には触れないように話し合ったオレ達は、極秘の協定を結ぶコトに合意した。魔女の森で出逢った時から時を経て、状況は変わってきている。ローゼが薔薇十字を結成し、独自行動を取り始めたのは想定内だったが、オレを取り巻く状況も変化、いや、激変したといっていい。魔女の森で遭難した時は一兵卒だったオレだが、今までは龍弟侯なんて呼ばれる身分だからだ。ローゼを焚き付けたオレが地位を得た以上、傍観するコトは許されない。司令の為に戦争に勝つ努力もするが、オレの意志として戦争を止める努力もする。姉さんも平和を望んでいるしな。


一見、矛盾している目的二つだが、実はそうでもない。戦況が有利な陣営が停戦を持ちかければ、不利な陣営内には必ず賛同者が出る。どちらかが優勢になる、もしくは共倒れしそうになった場合に和平が実現する可能性はあるんだ。


機構軍と同盟軍、双方の陣営内で勢力を拡大し、停戦合意締結を目指す秘密協定。司令の思惑が問題だな。もし、司令が機構軍打倒に固執するなら、オレや姉さんとの間に決定的な溝が生まれる。融通無碍で現実志向の司令は、合理的であれば柔軟に方針転換出来るお人だ。だけど、機構軍打倒に賭ける熱量だけは読めない。


問題はまだある。薔薇十字と御門グループの間に横たわる障壁、"剣聖クエスターが昇り龍サナイの仇"であるコトだ。竜胆准将に人望があっただけにこの障壁は高く、堅固だ。今は双方の陣営での活動だからいいが、停戦協定樹立後は深刻な対立を生むだろう。薩長は早い段階で手を結ぶのが合理的だとわかっていたが、それまでの経緯で反目し合い、なかなか手を結べずにいた。


現在のローゼと姉さんの状況は薩長同盟成立前の薩摩と長州に酷似している。だが、肝心の龍馬役が見当たらない。果たして照京兵の反発を抑えて手を結ぶコトが出来るだろうか……


ローゼに確認しておきたいコト、相談しておきたいコトを話し終えた頃に、眼旗魚と撞木鮫の船影が見えた。


(時間だ。ローゼ、元気でな。絶対に死ぬなよ?)


(うん。カナタもね。……また逢えるよね?)


(ああ。生きてさえいればな。だからサヨナラは言わないでおこう。)


(じゃあ、右手方向の崖の上を見てみて。最大望遠でね。)


戦術アプリを起動したオレの目に、右手の崖の上で手を振るローゼの姿が映った。オレは戦艦を指差してから、手を上げる。


みんなはオレが戦艦に向かって手を上げたと思っただろう。


──────────────────────


ソードフィッシュに収容されたオレ達に駆け寄ってくる三人の幹部。


「お館様!よくぞご無事で!」


「オレは負けないと言っただろう。シズル、心配をかけたな。」


今にして思えば、負けないなんてよく言えたもんだ。一時はここまでだって観念した。ケリコフ・クルーガーは本当に強かった。


「大将はとうとう兵士の頂点に到達したみたいだな。おめでとさん、と。」


「ロブ、護衛艦隊はどうなった?」


「ウタシロの旦那が撃滅したよ。問題ない。」


「カナタ君、医療ポッドの準備は出来てる。後は僕達に任せて、すぐに医務室へ行った方がいい。」


「そうさせてもらうよ。……少し……疲れたぜ……」


船に戻って張り詰めた緊張が解けると、どっと疲労が押し寄せてきた。限界以上の力を使った。ダメージも深い。今は……とにかく……休みたい……




仲間達に体を支えられながら意識が遠のいてゆく。……少し、休ませてもらおう……


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