覚醒編4話 完全適合者、剣狼


瀕死の狼を前にしても一分の油断もなく、ゆっくりと歩を進める処刑人。有利と勝利の違いを知る完全適合者は、勝ちを焦らない。


「リットク!ケリーさんを止めて!」


このままじゃカナタが死んじゃう!やっぱり今のカナタが完全適合者に勝つのは無理だった!


「まだじゃ!八熾の狼の力がこんなものであるはずがない!」


ボクはケリーさんとテレパス通信の回線を繋いでいない!この距離じゃ回線接続要請の念真波は届かない!


「リットク、急いで!これは命令です!!」


「見せてみい!叢雲と共に御門の狼虎と称され、恐れられたその力を!!」


駆け出しても間に合わないかもしれない、だけど走るしかない!だけどボクの両肩をリットクはがっしり掴み、身動き出来ない!


「離してっ!カナタが!!」


カナタ諦めないで!土壇場の勝負強さが取り柄でしょ!


─────────────────────


迫る死の影。だが後悔はない。借り物の体だけど、本物の人生を生きた。かけがえのない思い出を抱えての死だ。


……カリモノジャナイ……


誰だ!? テレパス通信なのか?


……ミトメテクレヨ……オレハオマエナンダ……


傷だらけの体から聞こえる囁き。


……そうか、そうだよな。この体は借り物なんかじゃない!どんなに傷だらけになっても戦ってくれたんじゃないか!オレを生き残らせる為に!これまでも、今もだ!


……アタリマエダロ!ダッテ、オマエハオレナンダカラ!


今までゴメンな。でももう認めるよ。オマエはオレだ。……天掛波平の魂と八熾羚厳の血を引く体が融合し、誕生した男。それがこのオレ、天掛カナタだ!!


……ミセテヤロウゼ!アマガケカナタ……ノ"チカラ"ヲ!!


「おう!!見せてやる!剣狼カナタの力をな!」


オレの体を囲うように、眩く光る金色の輪が現れる。黄金の輪は念真衝撃球となり、身に迫る刃ごと処刑人の体を弾き飛ばした。


「なんだとっ!!」


地面を擦るように弾かれた処刑人は片膝をつき、オレの姿を見上げた。


……見えるだろ? オレの体を覆う淡い金色の念真障壁、その光が増してゆき、眩い黄金と化してゆく姿が!


「……処刑人ケリコフ、おまえはさっき"ツイていた"と言ったが、本当にそうか?」


全身に漲る力、細胞という細胞が活性化してゆくのがわかる。瀕死の狼は賦活し、復活した。完全適合者として生まれ変わったのだ。


「……まさか……剣狼!おまえは今…」


「そうだ!オレが完全適合者、「剣狼」カナタだ!ツキがなかったな、処刑人!」


黄金の瞳を輝かせ、刃に力を込めながら斬擊を浴びせる。輝く狼の牙は磁力の盾を粉砕し、ケリコフの肩をかすめる。


「ぐうっ!神威兵装、再発動!」


「甘いっ!おまえは再発動出来るってコトは、オレも再発動出来るってコトだ!」


!!……四方と真上からホーミングして襲ってくる砂鉄の槍。だが、今のオレなら!


全身を覆った分厚い念真重力壁が、5本の槍の穂先を弾き返す。死神みたいに常時発動って訳にはいかないが、ヤツと違って迫り来る槍の気配がオレには読める!


「磁力槍を弾き返しただとっ!」


「余裕が出来て弱点が見えたぞ。おまえが磁力を集中出来るポイントには限りがある。槍の投擲に磁力を集中した瞬間、僅かに磁力剣と盾から砂鉄が零れた。」


「……その通り、俺が磁力を集中出来るポイントには限界がある。だが、俺の技を見切った気になるのは早いぞ!」


盾を捨てた処刑人は、腕にアンクルのように磁力の輪を巻き付け、足にはサーフボードのように砂鉄を纏わせる。そして低空をホバリング、俺の周囲を周回しながら、自身の身体能力に磁力のパワーをプラスした斬撃でのヒット&アウェイ戦法か。


「障害物のない平地はホバリングにはうってつけだ。決戦場に平地を選んでくれてラッキーだったよ!」


「……ヒット&アウェイはいい戦法だが、相手より速い足があってこその戦法だって知ってるか?」


「……なにっ!?」


さっきまでのオレとはスピードが違うんだ!さらに火隠忍法奥義、爆縮をプラスすれば追いつける!


離脱する背中に傷を負った処刑人は、さらなる刃を転がって回避、磁力剣を杖に立ち上がる。


「磁力の盾を何故捨てた? おっと、言わなくていい。おまえが磁力を集中出来るポイントは5点まで、だ。さっき飛ばした槍の本数も5本、手足と剣を合わせて5カ所、自明の理だな。精度を落とせばもっとポイントを増やせるんだろうが、それじゃあオレには通じない。」


5点集中でも大したモンだけどな。オレのサイコキネシスなんか1点にしか集中出来ない。


「……成長する怪物。なるほど、おまえはまさに化け物だよ。この土壇場で完全適合者への扉をこじ開けやがるとはな……」


「おまえのお陰だ。ここまで追い詰められなきゃ、オレはオレの囁きに気付かずにいただろう。」


「囁き? 意味がわからんが、ヒントを与えちまったらしいな。だが、頑丈で超再生まで持ってるおまえでも、さっきまでのダメージをチャラに出来た訳じゃあるまい? まだ、俺が有利なはずだ。」


「勝利と有利は似て異なるもの。百戦錬磨の処刑人は、とうにご存知だろうがね。」


「ああ。ここからは小細工抜き、力と技、そして気力の勝負だな。」


磁力剣を両手で構えた処刑人と、オレは相対する。この男とは敵として出会いたくなかった。だが、これも定めだ。


爺ちゃん、それに八熾家代々の当主達よ、ご照覧あれ。あなた達の系譜に連なるこのオレが、至高の狼の姿をご覧に入れる!……無双の至玉よ、我が瞳に宿れ!


「念真力が増してゆく!バ、バカな!さっきまで全力ではなかったというのか!」


今なら出来る。オレにはわかる。今のオレなら至玉の宿った瞳を維持して戦えると!


「全力だったさ。準適合者としての全力、だがな。ここからは完全適合者としての全力、そしてこのモードは本邦初公開だ。いくぞ!」


天威無双の至玉で念真力を増幅し、さらに神威兵装でオーバーリミットしたこの姿。天威に神威を重ねた狼の猛攻を凌げるか?


「くおおぉぉ!」


速さで勝てないと見切った熟練兵は、両足の砂鉄を解除し、盾と為す。偉大な敵手はオレの限界突破状態は長続きしないと考え、守りを固めて逆襲を狙う。


「せりゃあ!!」


パワーアップした刃は、一撃で砂鉄の盾を粉砕したが、処刑人は二枚目の盾で追撃を防ぐ。予想外の事態にも冷静に、最善手で対処する。この男の魔手から誰も逃れられなかった訳だ。


「俺の磁力盾を一撃で粉砕するとは……とんでもない化け物を覚醒させちまったもんだ。」


飛び散った砂鉄を瞬時に集め、盾を再形成。林檎の皮剥きに付き合ってたら、オレがガス欠になるな。


このモードを長くは維持出来ない。瞳の力が尽きる前に倒せなければオレの負けだ。


サイコキネシスで地面に突き立つ丸鏡を倒してみたが、薄笑いを浮かべた処刑人は、丸鏡を全部空中に浮かしてオレの周囲を取り巻かせた。やはり金属を鏡内に仕込んであるのか……


「鏡は狼眼対策の命綱だ。おまえがサイコキネシスでの小細工を得意にしているのは知っている。夢幻一刀流も研究し尽くしてきた。おまえが完全適合者になる事だけは想定外だったが、戦場に想定外は付き物だ。なんとかしてみせるさ。」


「無理だと思うが、頑張れ。」


磁力での刀止めや、手足の金属板を操って拘束しようとする戦法も、今なら力尽くで対応出来る。片手で相手が出来る余裕があれば、小細工も出来る!ホルスターからグリフィンmkⅡを取り出し弾倉を捨て、サイコキネシスで特殊弾倉を装備、これでも喰らいな!狙うのはおまえじゃないがな!


「その鏡は防弾仕様だ。いの一番に警戒するポイントだろうが。……なにっ!」


真っ赤にペイントされた丸鏡を見て驚愕する処刑人、今度はオレが薄笑いを浮かべる番だ。


「ペイント弾だよ。さっきおまえは"小細工抜きの勝負"と言ったが、"小細工されちゃ困る"って意味だよな?」


「小型EMP爆弾といい、小物の準備がいい若僧だな!」


お褒めに預かり恐悦至極。丸鏡はあと4つ。そしておまえの次の手は読めている。銃弾を磁力で逸らしながら、オレの相手をするしかない!だが、銃弾逸らしに磁力を集中させたら、本体がお留守だぜ!


脇腹を捉えた刃、処刑人の血をサイコキネシスで操って手近の鏡に向かって飛ばす。弾丸と違って血液は操れない。処刑人は傷口を砂鉄で塞ぐ事に集中せざるを得ないから、これで残る鏡は3つだ。


「……鉄分をもっと摂っておけば、血液も操れたかもしれんな。」


「乳製品は大事だぞ?」


オレの冷蔵庫には「やらしい牛乳」がいつもストックしてある。……景品目当てだけどな。


「実はヨーグルトリキュールが好物なんだ。……部下には内緒だがな。」


「確かにアンタにゃ似合わないな。バーボンかウィスキーって面構えだ。」


この男はオレを徹底的に研究し、対策を練り上げてきた。邪眼には鏡で対抗する、言葉にするのは簡単だが、その難易度は想像を絶する。邪眼に即座に反応して視線を切り、相手の攻撃を鏡で見ながら対応しなきゃいけない。長い軍歴に最高クラスの技術と身体能力が絶対条件、それでも猛特訓が必要だったはずだ。処刑人は完全適合者という絶対強者の立場に驕らず、修練を積んできた。ただ、オレを倒す為だけに……


「まったく、処刑人なんて渾名のせいで苦労させられる。」


「生まれ変わったら宅配人にでも改名したらどうだ?」


最高の敵が最高の準備を整えて決闘を挑んできた。だからオレも、オレに出来る全力を尽くす。……処刑人は視線を飛ばして鏡の位置を確認、やはり残数が気になり始めたな。アンタはオレが"鏡を全部潰してから勝負をかけてくる"と思っている。オレを徹底研究してきたアンタはきっとそう考える、今までオレは布石を打って勝利の土台を作り、強敵を倒してきたんだから。だからこそ、勝負するのは……今だ!


計算外の要素、未知数の力を得た敵、さらにオレの戦略の読み違え、その隙につけ込む!


「ぐおぁっ!!」


さっきまでとはロックの速さも強さも違うんだ!今まではサナギマン雌雄の勾玉を経由してからイナズマン無双の至玉になるしかなかった。だけど至玉を維持出来るなら話は違う!合体ロボが合体済みで出てきたみたいなもんさ!


処刑人を超えるパワーとスピード、至玉で増幅された念真力、それでも砂鉄の守りは堅く、致命打は与えられない。処刑人の真価は瞬時に再形成出来る砂鉄の盾と念真重力壁による二重の防御、少しばかりダメージを受けても砂鉄で止血し、隙を見せない。1対1に限定すれば、この鉄壁防御は守護者アシェスさえも超えている。


だが、オレの準備は完了した。刀で戦いながら脇差しにチャージした最終奥義、夢幻刃・終焉。これを外せば、再充填の時間はない。至玉を維持出来るタイムリミットはもう僅かだ。


「……見るからにヤバそうな刃だな。俺の二重防壁を貫通出来ると判断すべきか。」


防壁を解いて磁力剣にパワーを集中する処刑人。この男は最期の最期まで、判断を間違えなかった。


「いい判断だ。……いくぞ。」


「……こい。」


この男はオレのマックススピードを見ている。だが、限界以上は見ていない。爆縮は足の筋繊維に負荷をかけるから連発出来ない。そして足へのダメージを覚悟するなら、負荷以上をかけるコトも出来る。負荷を超えた過負荷をかけた最速、最強の刃、この一撃にオレの全てを賭ける!


「うおりゃあぁぁぁ!!」


「くおおおぉぉぉぉ!!」


処刑人の想定を超える速さで距離を潰し、間合いに飛び込む。磁力剣を喰らうのは覚悟の上だ!喰らうのが剣の根元なら、今のオレなら致命傷にはならないはず!


振り下ろされた磁力の剣はオレの右肩深くに食い込んでいた。そして黄金の刃は……さらに深く処刑人の体に食い込んでいた。肩甲骨を粉砕し、肺に届くまでに……


互いの呼吸が届く距離で痛撃を浴びせ合ったまま、オレと雄敵は睨み合う。絡み合う視線、そして……処刑人ケリコフはニヤリと笑って呟いた。


「……見事だ、剣狼……」


そう言ったケリコフはオレに持たれかかるように前のめりに倒れ、その瞳から力が失われてゆく。


オレは片膝をついて死にゆく強敵を見守った。狙った獲物は必ず仕留める完全適合者「処刑人」。世界指折りの強者を下したはずなのに……喜ぶ気にはなれない。


開いたままの目をそっと閉じさせ、オレは立ち上がって空を見上げる。そうしないと、涙が零れてしまいそうだったから。




……ケリコフ・クルーガー、おまえは本当に強かった。敵として出会いたくなかったぜ……



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