覚醒編3話 処刑人VS剣狼



「いい場所だ。平原を挟むように高台がある。グラディエーターとギャラリーにとってまことに好都合だな。グース、4人を連れて高台へ行け。何があっても手を出すなよ?」


「了解。行くぞ、皆。」


ケリコフの選んだ5人は相当デキる。コイツらと総力戦になれば、オレの仲間の誰かは死ぬ。無傷で勝つにはやはり一騎打ち以外になかったようだ。


「シオン、皆を連れて高台へ。しっかり見届けてくれ。」


はいダー、信じています、隊長。」 「少尉、前に言ったわよね。負けたら墓にツバを吐きに行くからね!」 「カナタが死んだら私も死ぬから!」


ナツメ、それは勘弁してくれ。やれやれ、リリスとも運命共同体の約束があんだよな。参ったぜ。


「兄貴、負けんなよ。ほれ、ビーチャム、行くぞ。」 「ううっ、隊長殿……」


オレには頼れる弟分も、育ち盛りの可愛い部下もいる。ガーデンで待つ姉さんの為にも負けられない。それにマリカさんのおっぱいをもう一度見たいし触りたい……


双方の部下達が高台へ移動したのを見計らって、処刑人はポケットから一枚のコインを取り出した。


「龍の島では地獄の川の渡し賃は六文だそうだが、こいつは金貨だ。一枚で足りるだろう。」


「ああ、確かに釣りがくるだろうな。渡し舟に乗るのはおまえだが。」


「それはどうかな? このコインが地面に落ちたら……決闘開始だ。」


崖の上に部下達が移動したのを確認した処刑人は、親指で金貨を弾き、金色のスターターは空高く舞い上がる。オレは愛刀に手をかけ、呼吸を整えた。


──────────────────


「いよいよか。八熾の狼の力、見せてもらおう。」


ボクとリットクは高台に立ち、両雄の決闘を固唾を飲んで見守る。


「リットク、この距離だと間に合わないんじゃ……」


これ以上近付けないのはわかってるけど、カナタが心配で仕方がない。なんとしてでも命だけは……


「剣狼が殺されると判断すれば、テレパス通信でケリーを止めまする。処刑人とは以前にチャンネルを繋げてありますからな。無論、奴が応じない可能性はある。それは断っておきますぞ?」


「リットク!それじゃあ…」


「剣狼とてケリーを殺す気で戦いに臨んでおるのです。戦争に保険など利かぬ。姫、それは弁えられよ。」


リットクの言う通りだ。でも……カナタだけは……お願い!負けないで!


─────────────────


挨拶代わりに狼眼で睨んでみたが、処刑人は視線を切ってロックを免れる。


まあ、視線を切らせるのが目的だから構わねえんだけどな。完全適合者を邪眼の一睨みで倒せるなんて思っちゃいない。


一気に距離を潰して居合いの一撃、四の太刀・咬龍を見舞ってみたが、見るからに業物のサーベルで受け止められた。


「速いな。いい抜きだ。」


抜刀術を"抜き"と呼ぶか。コイツは西洋剣術だけじゃなく、東洋剣術にも造詣が深そうだ。


返す刀の平蜘蛛で脛を払ってみたが跳躍して躱され、処刑人は懐から取り出した短槍を数本、投げ付けてきた。刀で弾こうと思ったが、短槍は的外れな方向へ飛んでゆく。


ウィーンと音がして、地面に突き立った短槍の柄が広がり、縦長の丸鏡に変化する。


「……なるほど。いい狼眼対策だ。狼狩り部隊とは頭の出来が違うようだな。」


視線を切った時には丸鏡でオレの動きを見て対応する、か。こんな特殊兵装を準備してくるあたり、相当入念にシミュレートしてきたな。


「あんな馬鹿どもと一緒にされては困るな。小手調べは終わった。……全力でいくぞ!」


雷光のような速さで処刑人は地を駆け、鋭い斬擊を繰り出してくる。受けるオレの刀が……重い!コイツ、サイコキネシスを持ってるのか。それもかなりの強度だ。


肩をサーベルがかすめ、軽く出血する。左脇腹を捉えた蹴りを捻転交差法で弾き、同時に放った回し蹴りを処刑人は腕でブロック、だが蹴りの重さで後退させた。


「……鉄拳バクスウの捻転交差法。アスラの部隊長達の戦技を併せ持つ合成獣キマイラだと考えていたが、甘かったようだ。」


「使えるものは何でも使うさ。戦技に特許はないんだからな。」


「では、真似の出来ない技を見せてやろう。おまえ程の相手に手の内を隠す愚は犯せん。」


サーベルを納刀した処刑人は、ポケットから革袋を取り出した。逆さにした袋から零れ落ちた砂鉄が乾いた大地に山となり、伸ばした手に吸い寄せられるように剣となる。


コイツの能力は磁力操作か!さっき刀が重くなったのはサイコキネシスじゃなかった!


ホルスターのグリフィンmkⅡを抜き撃ちしてみたが、放たれた銃弾は処刑人の眼前で停止する。55口径マグナムの弾丸すら止める強度とは……なんてヤツだ。


「答え合わせは済んだか? ではいくぞ!」


砂鉄の剣で地面を叩いた処刑人は跳躍し、空中から襲いかかってきた。振り下ろされる剣を刀で受け止めようとして過ちに気付き、全力で回避する。だが伸縮自在の剣は高速で伸び、オレの体を捉えた。今度の傷は結構深い。


血で赤く染まった剣を構え、処刑人は強者の笑みを浮かべた。


「フフッ、受けなかったのは褒めてやろう。そう、俺の磁力剣を受ける事は出来ん。」


危なかった。あれは剣に見えても砂鉄の塊、受ける部位を部分解除すれば、すり抜けさせる事が出来る。最強中隊長決定トーナメントで砂を武器に戦うアシリレラさんの闘法を見ていなければ、気付かなかったかもしれない。そしてコイツの身体能力と磁力操作能力はアシリレラさんの比ではない。


「残念だったな。例えオレに勝ってもおまえの能力は同盟にバレる。」


「構わん。俺の全てを出さねばおまえを斃せない。困難な任務には必要経費がつきものだ。」


強者にありがちな驕りも油断もない、か。狙った標的は確実に抹殺する。処刑人の名に偽りナシだ。神威兵装を使うしかない!


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オレは死力を奮って処刑人と戦う。処刑人は磁力の剣に磁力の盾を駆使し、兵士ピラミッドの頂点、完全適合者とはどういうものかをオレに教えてくれた。あらゆる技、希少能力、身体能力がハイレベル。処刑人は死神のようなピーキーなタイプとは違う、本当の意味での兵士の完成形だ。


神威兵装も切り札にはならなかった。処刑人も零式を搭載していたからだ。


要所で混ぜる天狼眼は処刑人といえど完全に防ぎきるコトは出来ず、目から涙のように血が流れ始めた。体に手傷を負っているのはお互い様だが、オレの受けた傷、ダメージの方が大きい。高密度筋繊維と劣化超再生がなければ、とっくに倒れていただろう。野球で言えば、9回裏、ツーアウトってところだな。


「大した奴だ。受けが全く使えない状況にもう慣れたとはな。……俺はツイていた。後一年、いや半年後に戦っていれば、負けていたかもしれん。俺とおまえの身体能力は互角。だが今、この場では、僅かとはいえ技術は俺が上。そして磁力で止められない元素系能力をおまえは持っていない。相性の良さも俺に味方したな。」


変幻自在の磁力剣といえど、鞭の発展系だと思えば躱せなくはない。死神の振るう宝刀武雷よりまだマシだ。だが、オレの四方を取り巻く砂鉄の槍、これが厄介だ。念真障壁では貫通される、念真重力壁で全身を覆うと攻撃がお留守になる。守ってばかりじゃジリ貧だ。……どうすればいい?


「それに……殺戮の力を込める為に装甲板を埋め込んだ手袋やブーツを身につけてるのも幸運だった!」


しまった!手足を磁力で引き寄せられる!革帯を外す暇なんてない!


磁力剣をサイコキネシスで止めて僅かに勢いを殺し、致命傷は免れたが、かなりの深手を負わされた。血飛沫を目眩ましに距離を取ってはみたが……絶対絶命だぜ。追い詰められたオレの体を虚脱感が襲う。神威兵装の効果時間をオーバー…………オレは……ここまでなのか?


(少尉!!もう我慢出来ない!私は動くわよ!)


(動くな!!絶対にだ!)


処刑人は約束を守る男だ。だが、こちらが約束を破れば、当然ご破算。例えここで終わるとしても、仲間だけは守りたい……


「覚悟は出来たようだな。さらばだ、剣狼!」


処刑人が迫ってくる!考えろ考えろ!……ダメだ。何も策を思い付かない。オレに逆転の手は………ない。


この世界に来てからの思い出が脳裏に浮かぶ。司令に出会って、マリカさんと一緒に戦って……これが走馬灯ってヤツか。それで走馬灯の最期は、優しい顔の親父かよ。あり得ねえだろ、馬鹿馬鹿しい。




……後悔はない。短い間だったけど、この世界に来て良かった。……借り物の体だけど……本物の人生を生きたんだから……


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