覚醒編2話 処刑人は動き出す



「負けるとは思っていたが、ここまで惨敗するとはな。だが俺にとっては好都合、思惑以上に事が運ぶかもしれん。」


艦長席に座ったケリコフは、戦場に送った斥候兵から送られてきた映像を眺めている。処刑人は友軍が惨敗し、敗走しつつあるというのに、眉一つ動かさない。


「アリングハム公は良将という噂でしたが、「軍神の右腕の右腕」に敗れるとはいささか評判倒れでしたな。」


ケリコフの率いる独立部隊「ギロチンカッター」の副官、グスタフ・エスケバリはロスパルナス救援部隊の指揮官、ウタシロに回りくどい呼び名を付けた。


「良将は凡将に勝ち、名将に敗れる。朧月セツナはそう言ったそうだが、当たり前過ぎて面白くもないな。奴にはユーモアのセンスが欠けているようだ。」


「今回の戦術は過去のデータとは違って、手堅さよりも奇抜さが目立っていましたが……ウタシロは変幻自在の戦術を用いる名将だったという事でしょうか?」


軍帽を被り、ギロチンを模った徽章を胸に付けた女が上官に質問する。戦闘能力においてケリコフが最も信頼する中隊長、マリアンヘラ・バスクアルはギロチンカッター大隊唯一の既婚者だ。"死んでも後腐れがない"という理由で、独身の兵士しか麾下に加えなかったケリコフだが、入隊後に結婚する事までは止められない。


「……いや、指揮を執ったのはおそらく剣狼だ。そうか、読めたぞ。ネヴィル元帥はそれで我々に抹殺指令を下した訳か。強い兵士で戦術の天才、「軍神」イスカがもう一人現れるのは、著しく不都合だからな。」


「なるほど。そういえば前回のロスパルナス攻防戦でも、ウタシロの麾下に剣狼がいましたね。」


バスクアルの言葉にケリコフは頷いた。


「過去のデータを見る限り、ウタシロこそ良将の名に相応しい。奴から"河を干上がらせて道にする"なんて突拍子もないアイデアは出て来ない。良将VS良将+名将、アリングハム公も気の毒にな。」


「大佐が助力すれば勝てたのでは?」


バスクアルはそう言ったが、ケリコフは首を振った。大佐の地位にありながら、率いる部隊は1個大隊100名のみ。自分は大部隊を率いるよりも、少数精鋭での特殊作戦に天分があると、彼女の上官は知っていた。


「いや、俺とて師団級の戦術合戦では剣狼に及ぶまいよ。だからアリングハム公の敗戦を利用して、奴だけを討ち取る算段を付けたのだ。グース、バスクアル、覚悟しておけ。俺が剣狼に負けたらエラい事になるぞ?」


「大佐が負けるなんてありえません!」


憤慨するバスクアル。ギロチンカッター大隊は今まで獲物を仕留め損ねた事はない。冗談にしても上官の言葉は不本意だった。


「ロンダル閥のナンバー2、アリングハム公に助勢せずに、剣狼の抹殺にも失敗。確かにタダでは済みますまい。」 


大袈裟に肩を竦める副官グスタフに、ケリコフは冗談めかして問いかけた。


「ところでグース、俺が死ぬか失脚すれば、朧月セツナあたりに乗り換えるつもりじゃなかろうな?」


「ご冗談を。煉獄から贈られてきた金時計は突き返しましたよ。"もっといいモノを寄越せ"とメッセージカードをつけてね。」


「グース、朧月セツナから金時計なんて贈られてたの?……私は初めて聞いたわ。」


鋭い目でグスタフを睨むバスクアル。副官であるグスタフもバスクアルの上官にあたるはずだが、冷たく光る眼差しを隠そうともしない。


「マリアン、そう怖い目で睨んでやるな。仲間内の諍いは御法度、それがギロチンカッターのルールだろう?」


「バスクアルと呼んで下さい、大佐!何度言ったらわかるんですか!」


仲裁するケリコフにもバスクアルは牙を剥いた。グスタフ、バスクアル以外の中隊長は、総力戦になった場合に備え、個々のマッチアップの最終点検作業を作戦室で行っている。ゆえにケリコフに加勢する者はいなかった。


「そうは言っても、小便臭い小娘の頃からマリアンと呼んでいた訳だからな。長年の習慣はそう簡単には直らんぞ? おまえだって入隊した頃から珈琲に角砂糖を五つも入れる癖は…」


グスタフとバスクアルはケリコフが小隊長だった頃からの付き合いである。古参の隊員の中でも、バスクアルは特にケリコフの世話になってきた。伴侶を見つけて人妻となった今も、敬愛する気持ちに変わりはない。


「心掛け一つで直ります!いいですか、ボス!結婚した最大の理由は名前も苗字も私には似つかわしくないからです!」


テレ隠しなのか、本心なのか、もし本心だったら旦那が気の毒だな、と処刑人は苦笑し、戦況を映すモニターに視線を戻した。


「煉獄よりはユーモアのある死神は言った。"疑似餌を見抜く知恵を持つ猛獣を引っ掛けるには、本物の餌を与えるしかない" アリングハム公は餌としては申し分なかろう? さあ、追ってこい、剣狼!」


直衛艦隊に追撃艦隊を足留めさせ、単騎で敗走するアリングハム公の旗艦。その背後に大剣を船首像に持つ新鋭戦艦が迫る。逃げる船を追う船は戦域を離脱し、ケリコフの船が潜む場所へと近付いてくる。


自分の計算以上に理想的な状況を見たケリコフ・クルーガーは、己の強運を確信した。


──────────────────────


「艦長!7時方向に新たな船影を発見!識別信号に応答ありません!熱源反応と駆動音から考えて戦艦だと思われます!本艦に向かって急速接近中!」


……伏兵がいたか。サイラスの罠であったかどうかの考察は後回しにして、まず態勢を整えないとな。


「敵艦の数は!」


シオンの問いにノゾミは即答する。


「一隻だけです!」


「艦名の割り出し作業開始。最大戦速から微速前進に切り替え。総員、新たな敵艦に備えろ。」


「ヨーソロー、微速前進に切り替え!アルマ、防御システムを右舷に集中。」


「了解です、ラウラ。」


オレはオペレーターのノゾミと操舵手のラウラさんに指示を出し、考えを巡らす。


護衛艦に追撃艦隊の足留めをさせ、旗艦だけで逃げ出したサイラスを追ってみたが、罠だったのか?


……違う。あの慌てふためきぶりが演技だったとは思えないし、ロンダル閥のナンバー2をオトリに使う作戦など、許可が下りる訳がない。それにサイラスは後方に控えていた予備戦力は残らず戦線に投入してきた。さらなる予備戦力を温存する余裕はサイラスにはなかったはずだし、そんな事をする理由もない。


新たな敵が戦艦一隻ってのも引っ掛かる。おそらくサイラスとは無関係の部隊だ。そして狙いは……オレ達、だな。


「追撃を中止!7時方向へ回頭、新たな敵艦と交戦を開始する。インセクターは引き続きサイラスの旗艦に貼り付けておけ。ヤツが反転してくるかどうか、観察を怠るな!」


反転してこないと思うがな。グズグズしていたら我が身が危ない。護衛艦に足留めさせて自分だけ逃げ出す男だ、ここで挟み撃ちにしてオレだけでも倒すなんて考えは起こさないだろう。


「少尉、サイラスの首は諦めるの?」


「ああ、後方から来る新手はヤバいヤツだ。じっと息を潜め、機を窺っていた。オレ達を仕留める為にな。」


後方から接近してくる以上、相手をするしかない。やれやれ、公爵様のお命頂戴なんて欲をかいたせいで、格好の襲撃チャンスを与えちまったな。


「艦長、敵艦はダンタリオン!「処刑人」ケリコフの旗艦です!」


処刑人!!……ケリコフ・クルーガー大佐が率いる「ギロチンカッター」大隊はネヴィル師団に所属しているが、単独での作戦行動を許された独立部隊だ。ヤツの待ち構える戦場に飛び出しちまうとは、オレは本当にツキがないな……


─────────────────────


「艦長、ダンタリオンから通信が入りました!」


「繋げ。」


メインスクリーンに現れたのは異名兵士名鑑ソルジャーブックの巻頭を飾ったコトもある完全適合者だった。要はSS級兵士リスト、不動のレギュラー様だ。


「はじめまして、剣狼。俺はケリコフ・クルーガー大佐だ。」


「会えて嬉しいよ。茶会ティーパーティーのお誘いならまたにしてくれ。今は立て込んでてな。」


「そう言わずに付き合ってもらおうか。とはいえ、まともに殺りあったら双方、タダでは済むまい。」


「だろうね。アンタには時間もないコトだしな。」


「そうでもない。後方の護衛艦隊はまだ頑張ってるらしいからな。負けるにしても、奮戦しなけりゃ捕虜交換も望めないのが機構軍クォリティだ。」


「嫌なクォリティだな。」


「まったくだ。剣狼、俺も部下は可愛いくてな。そこで提案だ、俺とおまえの一騎打ちでケリをつけないか?」


「アンタの受けた命令は"オレの始末だけ"ってコトか。公平性の担保はあるのか?」


「隊長!受けてはいけません!」 「少尉!コイツは完全適合者なのよ!」 「私も一緒に戦うの!」


シオン、リリス、ナツメ、この状況は大魚に目が眩んだオレの責任なんだ。ロブとギャバン少尉がいるなら総力戦も考えたが、あの二人にはハンマーシャークを任せ、護衛艦隊との戦いに参加させた。本隊でサイラスを捕らえ、分隊は敗残兵を相手に経験値稼ぎ。欲をかきすぎるとロクなコトがないな。


「兄貴、俺らはギロチン野郎どもに負けたりしねえよ!」 「隊長殿、自分達を信じて下さい!」


リック、ビーチャム、オレは誰一人失わずに勝てる可能性があるなら、賭けてみたいんだ。マリカさんとは互角に戦えた。処刑人がマリカさん以上な訳はない!


「決闘の場所は剣狼が選んでいい。双方の陸上戦艦はここに置いてゆき、見守る部下は5人までとする。もちろん、見届け人は狙撃銃のような長射程の武器は持たず、離れた場所から最高のショーを見学。これでどうだ?」


「……いいだろう。シオン、リリス、ナツメ、リック、ビーチャム、オレに付いてこい。」


艦橋から出ようとするオレの前にシズルさんが立ちはだかる。


「行かせません!」


「シズル、艦に残って皆を頼む。」


「駄目です!お館様に万一の事があればどうなさいます!」


「オレは負けない。天翔る狼の力を信じろ。こんなワガママは今回限りだ。」


「……お館様はシズルに心配ばかりおかけなさいます……」


シズルさんの頬を伝う涙を指で拭い、心から詫びる。


「そうだな、許せ。……侘助、戦唄を!」


「ハッ!当主様、ご出陣!」


腰から下げた法螺貝を両手で構えた侘助は勇壮な戦唄を奏でてくれる。




これはオレにとって避けるコトが出来ない戦いだ。今、この場を逃れても、いずれ完全適合者と戦う時が来る。兵士の頂点に1対1の真っ向勝負を挑める機会、必ずモノにしてみせる!



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る