復讐編4話 世界と時を超えて融合した者



「ヒドいクイズだな、バート。答えが"生まれてきた事が間違い"じゃ、正解したって殺すだけだろう?」


眉間に大穴が空いた仇敵の死体を見下ろしながら、復讐者は答えた。


「助けるつもりなんかありませんでしたからね。……ありがとう、コウメイ。私のやった事を父や兄弟達が喜んでくれるとは思いませんが、復讐は終わりました。」


「礼などいらんよ。お互いの目的の為に協力する。それが私達の交わした約束だったはずだ。それにまだ、後始末が残ってるぞ。」


「そうですね。弱体化したアンチェロッティファミリーとグラゾフスキーファミリーを壊滅させ、マフィアに資金援助していた巽征士郎を失脚させる。そこまでは私達の仕事でしょう。」


「総帥の巽征士郎が失脚しても、母体である巽重工は健在だ。後任が誰になるかにもよるが、場合によっては巽重工と事を構える必要がある。」


「私達が今回の件の黒幕だとは、誰も知らないはずですが?」


「これからバレる。アンチェロッティとグラゾフスキーの持っていた利権は合法化して、御門と御堂で山分けするんだ。この一件で誰が一番得をしたかを考えれば、誰が黒幕だったかは一目瞭然だよ。」


「コウメイの事ですから巽重工の後継争いにも、もう介入を始めているんでしょう?」


「当然だろう。友好企業は多いほどいい。冷静に考えれば、御門グループ&御堂財閥と手を組んだ方が巽重工にとってもいいのだから、真っ当な判断が出来る人間に巽の後継者になってもらおうじゃないか。獄中生活を満喫した巽征士郎が娑婆に復帰する頃には、彼の立場と発言権など根こそぎ剥いでおいてやるさ。」


「出来ますか? 巽重工の株式の過半数は、巽征士郎が持っていますよ? 後継指名は彼の意志で行えます。」


「予定通りにいけば、株主総会の頃には彼は拘置所の中、だから委任状を管理するのは彼の弁護士になる。その弁護士の醜聞はもう掴んだ。正確に言えば私が仕掛けた罠なんだがね。」


そして弁護士は大金を掴んで雲隠れだ。元の世界なら司法が機能しているから色々と巻き返しの手段もあるが、この世界には公正な司法など存在しない。後継者が巽の内部をガッチリ把握すれば、失墜した前総帥になど誰も見向きもしない。私のようなワルには、実にいい世界だな。


「コウメイ、貴方という人はとことん悪ですね!」


「褒め言葉と受け取っておくよ。さて、行き掛けの駄賃代わりに工作の軍資金を頂いていこう。地下に金の延べ棒があると言っていたな。いや~、助かるよ。現金や有価証券よりも金塊の方が秘密資金として使いやすいからな。おそらく刻印も打ってないだろうから、マネーロンダリングの必要もなさそうだ。」


「その悪~い顔、アイリにだけは見せないでくださいよ?」


そんなに悪い顔をしていたか。妻子の前では気をつけよう。


────────────────────


「丙丸君、この金庫は開きそうか?」


地下で作業中の丙丸君がゴーグルを外しながら答える。


「時間があって、警備兵がいない金庫室なんて、どんなに厳重だろうが必ず開けられますよ。ま、隣の部屋から穴を開ける事になりそうですけどね。まずドリルで小穴を開けて、そこからインセクターが侵入、金庫内からセキュリティシステムに電力を供給する炎素リアクターを破壊し、後は力業。ルパンみたいにいかないのはご容赦を。」


私は全ての秘密を甲乙丙と、クローン体を用意したサワタリ所長には話した。異世界から来た家族の秘密を知った丙丸君は、アイリの"日本語のお勉強"に付き合ってるのか……まあ、ただのアニメ鑑賞なのだが……


「ところでボス、お嬢様が"私も行く!"なんて駄々をこねてましたが、ヘリに忍び込んだりしてないでしょうね?」


「それがな、丙丸君。風美代が"バルディ〇スとイデ〇ンの最終回を見せるわよ!"と一喝したら急に大人しくなったんだ。」


大人しくなったのはいいが、そんなに恐ろしい最終回なのだろうか……


権堂が親父のコレクションを大容量メモリーに落として送ってくれたのはいいが、アイリのトラウマアニメまで丸ごと送ってきたのだな。


沈痛な表情の相棒が、呻くように呟いた。


「コウメイ、バルディ〇スとイデ〇ンは危険な作品です。個人的にはザ〇ボット3も加えたいですが……」


「バート、やめてくれ!犬好きの俺としてはザ〇ボット3の最終回だけは思い出したくない!」


ひょっとしてアイリのお勉強会に参加していないのは私だけなのか?……仲間外れは面白くない。忙しくても娘と過ごす時間は確保しなければな!


──────────────────────


金塊を持って首都の隠れ家に帰ってきた私達を、娘が出迎えてくれる。


「ベラ~、ベムが帰ってきたよ~!」


誰がベムだ!おっさんとおばさんと子供、確かに私の家族構成は妖怪人間とさして変わりはないが。ただ、彼らは妖怪人間かもしれんが、底抜けにいい人達だったな。"いい事をして人間の役に立っていれば、いつか人間になれる"と信じて日夜戦っていたのだから。子供の頃は変身後の姿が怖かったが、今にして思えば人間形態の方が怖い。スキンヘッドに黒コート、白目しかないベムと、言葉にする必要もないベラ。あんなのに夜道で出会ったら、逃げる以外の選択肢はない。


「はやく人間になりた~い!」


小指を親指で押さえて三本指になった私は娘を追いかけてみる。黒いコートは着ているが、帽子とステッキがないのが惜しい。


「キャ~~!ベムだ、ベムがきたよぉ!」


「お帰りなさい、あなた。」


冷ややかな妻を前にしても悪ノリはやめない!キミが呆れかえるまで、悪ノリはやめないんだ!


「ただいま、ベラ。」


「……厚化粧にマント、それに真っ赤なルージュがお好みなの? 次からそうしましょうか?」


言葉のムチでひっぱたかれた私は悪ノリを断念した。


「すまん。ナチュラルメイクなキミでいてくれ。」


「お父さん、よっわ!」


これは戦術的撤退というのだ、娘よ。


─────────────────────


飛行船の材料とは悟られずに、必要な資材を揃える。少し前に受けた息子からの依頼は、なかなかの大仕事だった。飛行船の材料だけではなく、陸上戦艦を海に浮かべるフロートシステムも必要という事は、攻略対象は泡路島あたりかな?


泡路島を攻略すれば龍足大島の攻略も可能になる。そちらを攻略すると見せかけて照京へ電撃戦を仕掛けるつもりなのか、それとも大島を攻略してから照京へ侵攻するつもりなのか……


確実なのは、息子の描いた絵図に御堂司令が乗った、という事だ。


カナタは現在、ロスパルナスの近郊で機構軍と交戦中。息子の無事を祈る事しか出来ないのが歯痒いが、戦争と戦闘において、私はカナタに遠く及ばない。下手な手出しは却ってカナタの迷惑になるだけだ。


大丈夫、剣狼カナタは世界屈指の兵士に成長している。兵士の頂点、完全適合者になるのも時間の問題だ。……だがそれだけに……今のうちに殺しておこうという力学が働いてもおかしくない……


「教授、依頼された体が完成しました。ご覧になりますか?」


サワタリ所長からの通信で我に返る。


「ああ。すぐにラボに行く。」


要らぬ心配はよそう。カナタは天翔あまかける狼だ。どんな強敵が相手でも、負けるものか。


─────────────────


最奥の研究室でコウメイファミリーと一緒にサワタリ所長の労作を見学する。労作とは、調整用ポッドで眠る生きた死体。私にとっては懐かしい顔だ。


「これが地球にいた頃のボス、天掛光平氏のご尊顔ですか。」


乙村君が興味深げに呟き、甲田君は褒めてくれた。


「ボスは元の世界でも男前だったんですね。奥様が惚れるのも道理だわ。」


「小梅さん、私は顔で夫を選んだ訳じゃないわ。」


ありがたい妻の言葉、だが丙丸君が台無しにしてくれた。


「奥様、肝心の人格は権力の瘴気を浴びて変貌してしまったのでは?」


「吉松さんは意地悪ね。変貌した事を否定はしないけれど。でも、光平さんはかつての自分を取り戻したわ。」


私がかつての自分に戻れたのだとしたら、それはキミとアイリのお陰だ。妻に感謝の言葉をかけたいが、部下達がいるからな。……こういうところが私のいけないところなのだろうな。"黙っていても伝わる"は、甘えだ。私は息子に一度でも"おまえが大事だ"と伝えたか?


……学業が芳しくないからといって息子を見放した私は、それ以前の最低親父だったな。過去に戻って自分をぶん殴りたくなってきた。とにかく後で、風美代に礼を言っておこう。


「お父さんは、元のお顔に戻るの?」


娘の頭を撫でながら、私は頷く。


「いずれな。」


今すぐには無理でも、いずれこの体に戻る。そして……息子に父だと名乗るのだ。


「サワタリ所長、この体にも狼眼は顕現すると思うか? アイリの龍眼のように。」


「それはなんとも……ですが教授の眼球をこの体に移植する事は可能です。」


「そうか。狼眼は切り札だからな。元の体に戻るにしても、あった方がありがたい。」


「コウメイ、身体能力が低下するリスクを取っても、元の体に戻りたいものですか?」


カナタほど派手にドンパチをやる気はないが、それでも弱ければ死ぬしかない世界だ。天掛光平はスポーツも得意だったが、この体ほどの身体能力は望めない。相棒が心配するのは当然だな。


だが、カナタからかつて八熾家であった秘事を聞かされて、私は気付いた。これは天佑なのだと。


「父母からもらった大切な体だ。戻れるものなら戻りたいさ。それに……この顔を持つ男は、天掛カナタ唯一人でいい。」


この体を創らせた最大の理由はそれだ。私の息子、天掛波平の魂と、私の父、八熾羚厳の真の血を受け継いだ体。世界と時を隔てた魂と肉体が融合して誕生したのが天掛カナタだ。私は運命論者ではないが、剣狼カナタの誕生は天意天佑であると信じる。息子はこの世界を変える為に遣わされた使者なのだ。




世界に救世主は二人もいらん。この顔は……息子一人のものだ。


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