復讐編2話 マフィアボスの焦燥
「カニンガムが殺された!? 確かか!」
ドン・アンチェロッティことアドリアーノ・アンチェロッティは、広大な居間に設えられた豪華なテーブルを叩きながら、不吉な報告をもたらした黒服に怒鳴った。
「確かです、ボス。鼻薬を嗅がせてる
椅子から立ち上がったドンは、動物園の熊のように行ったり来たりしながら葉巻を吹かす。組織拡大の立役者、ロマーノ・ロッシがチームごと暗殺され、新たに雇い入れたカニンガムまで始末された。何者かはわからないが、ファミリーに敵対する何者かがいるのは間違いない。そしてその敵対者はすこぶる腕が立つ。
「父さん、落ち着けよ。暗黒街の帝王、ドン・アンチェロッティともあろうものが、みっともないぜ?」
一代で築き上げたファミリーに、大いなる危機が迫っているのだ。落ち着いていられる訳がない。ドンは最愛の息子にも、苛立ちをぶつける。
「落ち着け? これで落ち着いていられたら、ソイツは神だ!いいかアンジェロ、儂らの眉間にだ、銃口を突き付けて引き金に指をかけてる輩がいるんだぞ!」
「はん!軍人崩れが一人や二人消されたからって、ファミリーは小揺るぎもしねえよ。父さん、前から言ってた通り、これからは俺がファミリーの抗争を指揮する。父さんのこだわってた軍人崩れはこのザマだ。文句ねえだろ?」
「まだ抗争が始まった訳ではない。第一、おまえにはまだ早い。」
「じゃあ、いつになったらいいんだよ!ロッシの野郎がおっ死んだ後、調子に乗ったグラゾフスキーファミリーがちょっかいかけてきてんだぜ!新しい軍人顧問が来るまで待てなんて言ってたが、カニンガムはもう死んだ!いつまでたっても来やしねえよ!アンチェロッティファミリーをナメてる連中にカマしてやんねえと示しがつかねえだろうが!」
「いいからおまえは黙ってろ!……リコ、屋敷の警備を倍に増やせ。アンジェロ、軽挙妄動は慎むんだ。ロッシとカニンガム暗殺の裏に誰が潜んでいるのか突き止めるのが先だ。」
落ち着きを取り戻したドンは側近に警備増強を命じ、考えを巡らせ始める。
違う。奴ではない。あの男にそんな器量はない。かつてサンティーニファミリーと抗争した際、敗れたサンティーニは儂の靴まで舐めて命乞いをした。儂への恨みは抱いているだろうが、こんな大それた真似をしてのける手際と度胸が奴にあれば、ああまで不様に敗れたりはしなかっただろう。……では誰だ?
ドンは自問してみたが、答えは出なかった。強引なやり口で、血の海を渡ってノシ上がった彼を恨んでいる人間が多すぎたからだ。
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「今夜は前祝いだ!店を貸切にしてあるからジャンジャンやれ!おい、ベニー!女はまだかよ、女は!……なんだ、女が来たかと思ったらリコじゃねえか。」
「アンジェロ様、ドンは"軽挙妄動は慎め"とお命じになりました。それになんの前祝いですか?」
「俺の軍人顧問就任のだよ!ロッシの野郎が父さんに陰口叩くせいで先送りになってたが、ドンの息子である俺がファミリーに指図すんのが当たり前だろ!軍人だったロッシの野郎が
ドン・アンチェロッティが僅か数人でファミリーを立ち上げた頃からのメンバー、リコは乱痴気騒ぎを納めるべく動いた。アンジェロはとにかく粗暴な若者で、リコの手を焼かせるのだ。この無謀な若者は、ファミリーに迫る危機の深刻さがわかっていない。
「ベニート!アンジェロ様の車を回せ!早くしろ!」
「おい、リコ!おまえが仕切んな!ここは俺のテリトリー…」
若僧の怒鳴り声は無数の銃声にかき消された。咄嗟にカウンター内に飛び込んで難を逃れたリコは、棚の酒瓶に映る店内の惨劇を見て絶句した。アンジェロ・アンチェロッティとその取り巻きは、血の海に沈んでいる。
「一人、カウンターに潜んでいます。少しは腕が立つみたいですね。」
ブーツのガラスを踏み潰す音からして敵は最低三人。先頭に立って血の海地獄となった店内に入って来た男に向かって、リコは55口径マグナムを乱射した。しかし男の張った念真障壁によって銃弾は逸らされ、かろうじて体を捉えそうだった一発も、左腕で弾かれる。襲撃者の左腕は剣呑な輝きを放つガトリングガンだった。
「おやおや、どこかで見た顔ですね。確か、幹部のリコさん、でしたか?」
「貴様は何者だ!」
遮蔽に隠れながらリコは
「いきなりズドンとはやらないですから、顔を見てみたらどうですか?」
そんな言葉を信じられる訳はないが、敵対者の正体を掴み、ボスに知らせなくては。リコは通話機能をオンにしたハンディコムを床に置いてから、両手を上げてカウンター越しに上半身を晒した。顔を確認しようとしたが、襲撃者三人の顔はホッケーマスクで隠されている。
「アイスホッケーがやりたいならスケートリンクへ行け。ここは酒場だ。」
「私の顔が見たいんでしょう?……たぶん、覚えていないでしょうけどね。」
ホッケーマスクを脱いだ義手の男、言われた通り、リコにはその顔に見覚えはなかった。
「やっぱりね。ではヒントをあげましょう。13年前、古びた教会で貴方は私と会っています。」
「13年前の教会……貴様はあの時殺した神父の!」
「そう、バーナード神父の息子です。死体の確認はちゃんとしないとダメですよ。こんな風にね。」
神父の息子はアンジェロ・アンチェロッティの死体を足で蹴転がし、白目を剥いた死に顔をリコに向けた。
「貴方、炸裂弾を持ち歩いているんでしたね? どうしてさっき使わなかったんですか? もう一度、私の左腕を吹っ飛ばせたかもしれませんよ?」
「奥の手は最後まで、取っておくものだからだ。」
この会話はボスのハンディコムに届いている。後はなんとかこの場を切り抜けるだけだ。サイボーグアームを使うのが自分だけだと思ったら大間違いだぞ。ほくそ笑んだリコが左腕の仕込み銃を抜くより早く、店外から飛んできた銃弾が胸板を貫いていた。
「ぐはっ!!」
もんどり打ちながら倒れるリコ。神父の息子はレクイエムを口ずさみながら、カウンターの上に腰掛けた。
「♪♪♪~……甲田女史の狙撃の腕は大したものですね。まだ生きてますか?」
「……神父の息子……甲田女史……4人の襲撃者……聞こえますか、ボス……」
床に置いたハンディコムは黙して答えない。復讐者は生身の腕でポケットからトランシーバー状の機械を取り出し、リコのかすみ始めた目の前でチラつかせた。
「これ、なにかわかりますか? "電波欺瞞装置"っていうらしいですよ?」
「き、貴様ぁ!!」
絶叫するリコの口に大口径の銃口が突き入れられ、火を噴く。
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「……アンジェロ……おお、アンジェロ……儂の血を分けた、たった一人の息子が……」
警察の
「ドン、これはサンティーニの仕業です。サンティーニファミリーの構成員の死体が、店外で見つかっています。」
護衛役の言葉に、ドンは首を振りながら答える。
「違う!サンティーニごときの仕業であるものか!」
悲しみに暮れるドンだったが、理性は残っていた。サンティーニファミリーとアンチェロッティファミリーを噛み合わせようとする何者かがいるのだ。
「ドン、サンティーニでなければ何者でしょう?」
護衛役にアンジェロの死を悲しむ気持ちなどない。冷酷ではあっても威厳のあるドンとは違い、アンジェロは横暴で粗暴なだけの若僧だった。それより最古参の幹部、リコを失った方がファミリーにとっては痛手だろう。
「誰であるかも問題だが、それより問題なのはサンティーニが仕掛けてくるに違いない事だ。」
サンティーニは身の潔白を証明する道ではなく、下克上を狙ってくるに違いなかった。マフィアの世界では疑わしきは有罪。座して死を待つぐらいなら、反旗を翻す。ドンもサンティーニも法の埒外に生きるマフィアなのだ。組織の要石だったロッシが健在なら、サンティーニも徹底服従を考えたかもしれなかったが……
「全ての
家族を失ったドンだが、悲しみに沈む事は許されない。闇に潜んでいた敵対者は、今、この瞬間にも牙を剥こうとしているのだ。黒塗りの完全防弾車に乗り込んだドンは、涙を拭ったハンカチを窓から投げ捨て、抗争に備える。
だが抗争に強いと恐れられる武闘派組織アンチェロッティファミリーは、指揮を執る頭脳ナシで戦いに挑まなくてはならない。前途は明るいとは言えなかった。
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