第三章 復讐編 教会育ちの復讐者は、家族の仇を討つ為に戦う
復讐編1話 教会育ちのリベンジャー
バートラム・ビショップは15歳の時、神を信じる事をやめた。ジェダスの教えを守り、敬虔に慎ましやかに生きてきた彼と彼の養父、そして兄弟達を、神は守ってくれなかったから……
左腕と家族を失ったバートは復讐者となり、13年もの間「
怒りと執念はバートの殺しの技術を育んでくれたが、彼の成長よりも早くアンチェロッティファミリーは急成長してゆき、一介の殺し屋の手に負える相手ではなくなっていた。
焦燥を募らせる教会育ちの
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「コウメイ、息子さんはコウメイ程ではないですが、記憶力がいいみたいですね。」
「バート、戻っていたのか。カナタはどうした?」
「直接、ターゲットのいるホテルに移動するとの事ですので、自動運転の車を渡しておきました。乙村さんの準備は終わっていますか?」
なんですか、コウメイ。その残念そうな顔は……ははぁん、自分とそっくりの顔をした息子さんに会いたかったんですね?
「終わっている。オペレーションルームに移動しよう。丙丸君と甲田君も来ているはずだ。」
首都中心部の地下にある
「それで? カナタが記憶力がいいというのはどういう事なんだ? なにかあったのか?」
「ドレイクヒルホテルまで迎えに行って、ロビーで待つ息子さんの様子を少し観察してみたんですよ。もちろん、私の顔は見られてませんから、ご心配なく。」
「そこは心配していない。バートと甲乙丙はカナタに顔を知られていない方が後々都合がいいからな。」
顔を知られても問題ないように思いますが、コウメイにはコウメイの考えがあるのでしょう。私の相棒コウメイは御門グループ特命部の部長で、私達のリーダー。頭脳面でコウメイ以上の切れ者はいない。疑念を挟まず、指示に従う方がいい。
「そのカナタさんですが、ロビーで偶然、八熾の庄の人間に出会いました。ビジネスで首都を訪れていたようです。」
「そうか。眷族に出会ったカナタはどうした?」
「少しの間、会話してから"家族への土産代だ"といって寸志を渡しました。話自体は雑談だったのですが、カナタさんはその方の名字と家族構成を覚えていました。八熾の庄には数千の眷族がいるはずなのに、名字と顔、妻帯者かどうかまで知っていたとは、大した記憶力です。コウメイ級の記憶力があれば、全員の顔と名前に家族構成まで諳んじているでしょうが、息子さんもなかなかの記憶力だと思いませんか?」
「詳しく話してくれ。会話の始まりから、詳しくな。」
「……ええと……眷族の方に挨拶されたカナタさんは、その顔を見て"おまえは確か……"と言い、眷族の方は"牙沼です。まさかリグリットでお館様にお会い出来るとは!"と応じられました。カナタさんは"牙沼は知っている。下の名前が思い出せんのだ"と答え、牙沼さんは"咆次郎です"と名乗り、カナタさんは"そうだったそうだった。牙沼咆次郎、思い出したぞ。奥方がいないようだが、一緒ではないのか?"と訊ねました。」
「やっぱりか。バート、カナタはその男の顔は知っていたかもしれんが、名字も名前も覚えちゃいなかったのさ。」
「え!?」
「よく考えてみろ。牙沼咆次郎は"全部、自分で名乗っている"だろう?」
「あ!!」
「カナタ得意のハッタリを活かした話術だよ。さも知った気な顔をして、まず名字を聞き出す。名字を聞き出したら、"名字は知っていた"事を印象付ける為に、下の名前が思い出せないフリをする。奥方がどうこうは、結婚指輪でも見て判断したのだろう。」
……言われてみれば、その通りだ。巧みな話術で"相手の事を知っていた"と思わせたに過ぎない。
「カナタは記憶力は人並みだが、"機転の天才"なんだ。牙沼咆次郎はハッタリだとは思わず、いたく感激したに違いない。そういう事をしれっとやれるあたりが、人たらしの人たらし足る由縁だ。カナタは八熾一族から"我らのお館様"だと持ち上げられて閉口しているようだが、自分にも責任がある。当主という役割を"うまくやり過ぎている"んだよ。人望があるのは結構な事だがね。」
一度見たモノや聞いたモノは残らず諳んじる天才コウメイの息子さんは、機転とハッタリ、話術に長けた
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オペレーションルームには甲田小梅、乙村竹山、丙丸吉松、通称"甲乙丙"が揃っていた。コウメイの手足である三羽烏、彼らの率いる戦術チームが特命部の主戦力だ。
マイクを握ったコウメイは、息子との交信を開始する。
「大天狗より烏天狗へ。烏天狗、聞こえたら返事をしてくれ。」
「烏天狗だ。いつでもいけるぞ。」
「ターゲットは9階の端、非常階段傍の部屋にいる。指示通り、隣の部屋は押さえておいた。もちろん、存在しない人間の名義でな。」
「了解。ダッシュボードにあったカードキーがその部屋のモノだな。ターゲットの部屋の隠しカメラを起動させてくれ。リストモニターでモニタリングする。時計合わせ、60秒後に作戦を開始だ。」
ターゲットのカニンガム元少佐は、以前にカナタさんが始末した「消去屋」、ロマーノ・ロッシ程ではないにせよ、凄腕の軍人として名を馳せた男だ。隣の部屋からどうやって暗殺するつもりなのか……
1分後、「剣狼」と恐れられる男は動き出した。フード付コートを身に纏った殺し屋を、乙村さんがサポートする。
「烏天狗、非常階段と廊下に人影はない。そのまま進め。」
「了解。事が終わったら全ての映像を…」
「消去する。徹底的にね。」
見とがめられる事もなく確保済みの部屋に入ったカナタさんは、壁に耳をあててから刀を抜いた。
「コウメイ、カナタさんはどうやって隣の部屋からカニンガムを始末するつもりなんでしょう?」
「……わからん。ここはお手並み拝見といこうじゃないか。」
哀れなターゲットは、ベッドに寝そべり、瓶のままバーボンを煽っている。ロッシの後釜として、アンチェロッティファミリーの軍事顧問に就任した以上、高級ホテルのスィートにだって泊まり放題なはずだが、この男はほどほどのホテルに滞在している。カナタさん曰く"一流は金を掴んだからといって今までの生活スタイルを変えたりしない。カニンガムが高級ホテルで贅沢三昧するような男だったら、オレが出張る必要はなかった"そうだが……
午後8時ジャスト、カニンガムは枕元のリモコンを使って壁掛けテレビのスイッチを入れた。中流ホテルだけに有料スポーツチャンネルと契約しているようだ。刀の切っ先を壁にあてたカナタさんは、ゆっくりと刃を壁に沈めてゆく。バチッと音がして、隣の部屋の壁の前で躍っていたホログラムのチアガール達が、かき消すように霧散した。
「クソッ!オンボロテレビめが!」
カニンガムはフロントに電話せず、壁掛けテレビに近付いてくる。カナタさんは腕に巻いたリストモニターでその様子を観察……まさか!!
テレビに触れたカニンガムの喉笛に、狼の牙が突き立っていた。壁越しにターゲットを始末した殺し屋は、血塗れた刃を一振りしてから納刀。部屋を出て非常階段を駆け下りる。
車に乗り込んだカナタさんに、コウメイが質問する。
「見事だ。だが烏天狗、ターゲットがフロントに電話する可能性は考えなかったのか?」
「カニンガムは工作兵上がりだ。工作兵ってのは機械全般に強いからな。フロントを呼んで修理業者を手配するよりも、自分で直せないかをまず確認する。」
「部屋を替えさせる可能性もあったはずだが……」
「ターゲットは常にそこそこのホテルを選び、高層階の端、非常階段に一番近い部屋以外には泊まらない。今夜は週末で客が多い。ホテルはほぼ満室だろう。だから部屋替えの心配もする必要はない。ヤツはお気に入りのスポーツ番組より、自分のスタイルを優先させる。」
一度も会った事がない男の行動を、完璧に読んでいる。忍者夫妻の情報収集能力に、壁越しでの刺殺をなんなくこなす剣腕が加われば、まさに無敵。超一流の軍人が暗殺者に転じれば、かように恐ろしいものなのか……
私なんて殺し屋としても、まだまだのようですね。
「丙丸君、カナタが予定地点で乗り捨てた車を始末しておいてくれ。」
「了解。御門グループの所有するスクラップ工場でプレスしておきます。明日の朝には再生資材として出荷される手筈ですから。」
新たな軍人顧問が、軍人上がりの手勢を集める前に始末出来た。でもここから先は私達だけでやらなければ。コウメイが英雄としてプロデュースする同盟軍のホープに、これ以上汚れ仕事をさせてはいけない。それに、
……ドン・アンチェロッティ、貴方は栄光の階段を上ってきましたが、これから上るのは、処刑台への階段ですよ?
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