暗闘編11話 兄妹相剋



夜会を終えてホテルから公館へ向かう車中、ハンドルを握ったエックハルトが訝しがる。


「姫様、護衛がギン殿と私だけで大丈夫ですかな? ギン殿の腕を疑う訳ではありませんが、私はケリコフ殿に手もなく捻られた未熟者。いつものようにアシェス殿にもいて頂いた方がよろしかったのでは?」


「アシェスがいては手出し出来ませんから。エックハルトはロンダル式ボクシングで高位ランカーだったそうですね?」


「はい。腕にはいささか自信を持っておりましたが、井の中の蛙である事を思い知りました。」


相手がケリーさんじゃ仕方ないよ。機構軍でも五指に入る腕前だもん。


「エックハルト、フィニッシュブローを放つのは"相手のガードが下がった時"でしょう? そしてカウンターを狙うのは"相手が大振りしてきた時"です。」


「姫様を狙う曲者を釣り出す罠だと仰るのですか!」 「姫、俺は聞いてません!危険過ぎる!」


「最高の罠とは味方にさえ気付かせぬものです。案じる事はありません。獲物を狙う狩人は、背後の警戒がおろそかになるものです。」


(ローゼ様!来たよ!敵は4台の車に分乗してて、それぞれの車に5人ずつ。次の十字路で仕掛けてくるから!)


やっぱりきたか。ボクはテレパス通信で前後を固める護衛車に連絡する。


(次の十字路に入る前に後続車は急ブレーキ、先導車はニトロを使って急加速して。私の車には構わず退避する事。これは命令です。)


(まさか敵襲ですか!?) (なれば我々が盾になります!)


(命令だと言ったはずです!大丈夫、私を絡めようとする網に、さらに大きな網を張ってあります。)


(ハッ!先導車、了解!) (後続車、了解!)


十字路が見えてきた。信号は青。たぶん、曲者達は信号機を操作してる。


(今です!)


走路を塞ごうとして脇道から飛び出してきたバンを躱した先導車は、猛スピードで離脱。急ブレーキをかけた後続車は、同じように飛び出してきたバンの手前で急停止。そのままバックで撤退する。


十字路の真ん中で四方を襲撃者のバンに取り囲まれたボクの車は、窓ガラスを装甲板で覆って要塞化する。この車はスペック社からもらった最新鋭要人護衛車だ。例えロケットランチャーを打ち込まれても、一撃で破壊される事はない。


襲撃者達は、前後の護衛車が逃げ出した事に不信感を持ったに違いないが、走り出した列車を止めるのは無理だろう。仕掛けてしまった以上、完遂する以外の方策はない。


5人ずつで四方を囲んだ襲撃者達は、お約束のマシンガン乱射をしてくれたけど、分厚い装甲の前に阻まれる。車外の様子を映すモニターを見ていたギンの額に汗が浮かぶ。モニターにはひときわ体の大きい男が、体格のいい男2人を伴って近付いてくる姿が映っている。


「まさかひっくり返すつもりか!姫、俺が外に出て食い止めます!」


防弾車は亀と一緒で、ひっくり返されたら、身動き出来ないもんね。


「それには及びません。」


近付く男の一人が足を撃たれて転がったのを合図に、大網は動き出した。彼らは判断を誤った。前後の護衛車が襲撃前に離脱を開始したのだから、目先の好機に惑わされずに作戦を中止し、逃亡すべきだったのだ。彼らにボクの暗殺を命じた人間が"決して失敗を許さない"という事も判断を狂わせたのかもしれないけど……


「おらおら、どしたぁ? かかってこいよ、不埒者どもがぁ!」


黒装束の襲撃者を楽しそうに斬り殺すミザルさん。血の気が多い三猿の長兄、でも戦い方は冷血そのもの。襲撃を教えてくれたキカちゃんは、黒装束の間を飛び回ってお兄ちゃんの援護。見事な兄妹の連携プレーだ。兄妹に負けじと髑髏のマスク達も奮戦する。赤羽根さん、鬣さん、片牙さんも来てくれたんだね。数では黒装束と髑髏仮面は拮抗してるけど、質の差はいかんともしがたい。


劣勢を覆そうとする巨漢の前に、さらに巨大な人間要塞が立ちはだかる。身の丈250センチ、規格外の巨人に力比べを挑んだ巨漢だったが、一瞬で太い両腕を変な方向にねじ曲げられてしまった。


「亡霊戦団参上でございますな。姫様、お紅茶などいかがです?」


後部座席に移動してきたエックハルトは、ギンと一緒に見学モード。いつもの余裕を取り戻している。


「お茶を淹れる前に決着がつきそうです。」


「連中が逃亡を開始しました。俺も出ます。姫を狙った連中は全員逃しはしない。」


「逃げられません。亡霊戦団はあえて追わないだけです。この一帯はヘルゲン中尉が封鎖していますから。」


巨漢が倒されたと同時に彼らは撤退を始めた。おそらく彼が襲撃者のリーダーだったのだろう。


「終わったようです。ギン、護衛をお願い。」


「はい。」


ギンを伴って車外に出たボクの前に、両腕がねじ曲がった巨漢が引き立てられてくる。覆面を剥ぎ取られた素顔からは、悔しさが溢れ出ていた。


「こんばんは。ご機嫌はいかかです?」


「………」


「寡黙なのですね。でも挨拶ぐらいはしてもよろしいのでは?」


「……誰の差し金か聞かないのか?」


「聞いたら教えてくれるのですか?」


「……言う訳ないだろう。腕のいい護衛に守られているだけの小娘風情がいい気になるな。」


「皇女に対する口の利き方を知らんようだな。俺が教えてやろうか?」


刀を抜こうとしたギンを制して、ボクは前に出る。用心しないと……この人の目はまだ死んでいない。


「バカが!」


喉の奥から矢筒!これを狙っていたんだね!


飛んできた吹き矢は、ギンの居合い斬りで両断された。いつの間にかボクの隣にいたミザルさんが、鋭い目で男を睨む。睨まれた巨漢は、一瞬、惚けたような顔になった。


「失敗は許さぬ、と僕は言ったよな?」


尊大な口調でミザルさんが口を開くと、巨漢の焦りが汗となって流れ出た。


「……ア、アデル様!お待ちください!もう一度だけチャンスを……バカな!アデル様がこんな所にいるはずがない!あり得ん!」


巨漢が頭を振って意識をハッキリさせようとする間に、ミザルさんは姿を隠していた。


「私の姿が兄上に見えたようですね。半分とはいえ血を分けた兄妹です。見間違えても不思議はありません。」


「……ち、違う!我々はアデル様とは無関係…」


「戻って兄上に伝えなさい。"くるなら正面から来なさい"と。……行きましょう、ギン。」


「この男を捕らえなくてよろしいのですか?」


「もう死んだも同じです。兄上のところへ戻っても消されるだけ。逃げたとしても、失敗した彼らには兄上から刺客が送られるでしょう。」


「待ってくれ!全部証言する!だから身柄を保護してくれ!頼む!」


車の運転席前に立ったエックハルトが首を左右に振った。兄上もそこまで抜けてはいない、か。


「誰がそんな事を頼みましたか? 今、王族同士でやったやらないの水掛け論などする気はないのです。時間の無駄ですから。」


観念した巨漢の取引は拒絶する。エックハルトが顔認証システムで確認した。この男達は兄上の直接の部下ではない。おそらく脛に傷のある無法者達を秘密裏に飼っていたのだろう。そんな人間の証言だけで王族を失脚させる事は出来ない。


「そ、そんな……」


「私の気が変わらないうちに街を出なさい。後はあなたの運次第です。粉砕された両腕が治る前に刺客に見つかれば、抵抗らしい抵抗も出来ませんよ?」


刺客を路上に残したまま、車を出させる。もう、ガードを下げて見せる必要はない。助手席にはキカちゃん、左右はギンとミザルさんに固めてもらおう。イワザルさんは、この車でも窮屈だろうから、自前の車で帰ってもらおっと。


─────────────────────


「お姫さん、あの男は生き残れると思うかい?」


ハンディコムの操作を終えたボクは、ミザルさんに答えを返す。


「無理でしょうね。公館から兄上宛てにメッセージを打電させました。"楽しい余興をありがとう"と。」


「ありゃま。お姫さんも人が悪くなったな。」


「あの方はろくでもない任務に従事してきたはずです。同情する気にはなれません。それよりミザルさん…」


「さっきのは俺の邪眼だよ。狐眼こがん、と言ってな。幻覚を見せる事が出来る。」


「便利な邪眼ですね。」


「だが万能じゃない。あの大男はまあまあ出来る奴だったからな。奥の手が不発に終わった虚を突いてやった。そうでもしなきゃ狙ったイメージを見せるのは難しいんだ。雑魚助が相手ならどうにでも出来るんだがな。」


地獄耳を持つキカちゃん、幻覚を見せられるミザルさん、剛力無双のイワザルさん、そして変装の達人の赤衛門さん、土雷衆って逸材揃いだなぁ。


あ、ヘルゲンから電話だ。


「もしもし。ヘルゲン、首尾はどう?」


「刺客は全員捕縛しました。ローゼ様はご無事なのでしょうね?」


「もちろんだよ。ご苦労様、ヘルゲン。部下のみんなも全員無事なんだよね?」


「はい。刺客どもを投獄してから公館に戻ります。」


「了解。じゃあヘルゲン、公館で待ってるからね。」


「私など待たずにお休みください。それでは。」


ふふっ、ヘルゲンを待たない訳にはいかないの。サプライズを準備してあるんだから!




お留守番をしてるタッシュと一緒にお風呂に入って、ヘルゲンを待とう。どんな顔をするのか楽しみ♪



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