暗闘編10話 女は化けるというけれど
きらびやかな社交界も、ボクにとっては戦場だ。イメージ戦は夜会を舞台に行われる。辺境伯にエスコートされたボクは、マウタウの支配者層が集う夜会で、来賓者を相手に笑顔を振りまく。今夜の目的はアマラさんと親密な様子を見せて、薔薇十字と兵団の良好な関係をアピールする事と、バーンズ・バーンスタイン辺境伯がボクの後ろ盾である事を機構領に知らしめる事だ。
もちろん、ボクの剣と盾も夜会には参加している。見栄え的には夜会の参加者の中でも跳び抜けている二人だけど、根っからの武人二人は夜会はあまり得意ではなく、辟易しているようだ。金髪碧眼で長身長髪の美男子クエスターは貴婦人やご令嬢から特に人気だけど、美丈夫は取り巻く女性達をなんとか躱してボクのところに退避してきた。相棒と違って愛想を振りまく気のないアシェスは、鋭い眼光で男達を牽制し、傍に寄せ付けない。性別は違っても容貌の完成度では剣聖に引けを取らない守護神、でも性格が社交界向きじゃないんだよね。次からはクリフォードを連れてきた方がいいかな?
撤退してきたクエスターに辺境伯はワインの入ったグラスを手渡しながらからかった。
「フフッ、戦場で勇名を馳せる「剣聖」クエスターが這々の体で逃げ出す姿など滅多に見られるものではない。これだけでも夜会に来た甲斐がありましたな、姫。」
長身の逞しい体に礼服を纏った辺境伯は、ダンディーかつ威厳がある。でも伯に一番似合うのは
「はい。とても面白い出し物でした。」
「ローゼ様、辺境伯、からかわないで頂きたい。私もアシェスのように振る舞えばいいのですか?」
「あれはあれで困ったものだな。スタークスも愛想のない男だが、似たもの親子も極まれりだ。」
父の側近で帝国騎士団団長のスタークス伯は、"謹厳"が軍用コートを纏ってるような方だもんね。副団長でクエスターの叔母、アシュレイ伯は物腰の柔らかい人なんだけど。
会場のどよめきに目をやった辺境伯が目を細める。
「新しい来賓が見えられたようだな。……見ない顔だが、一体誰だ?」
ミステリアスな雰囲気のエイジア美女。東洋の美を集積したような貴婦人の登場に、来賓者達の視線と興味が集中する。
「私がお招きしたシルバ卿です。カムランガムランで交易業を営んでいる方なんですよ。」
「ほう、交易商とな。」
東洋美女は近付く殿方達を蝶のように躱しながら、ボクの前までやってきて、優雅に一礼した。
「お招きに甘えて参上しました。ローゼ様、お久しぶりですね。」
「シルバ卿、よく来てくださいました。辺境伯、クエスター、紹介しておきますね。こちらはアイア・シルバ卿。カムランガムランの交易商人です。この二人は…」
「バーンズ・バーンスタイン辺境伯とクエスター・ナイトレイド卿。このお二人を知らない者などおりませんわ。」
「姫様にこんな見目麗しい知己がいたとはな。カムランガムラン駐屯師団のバーンズだ。よろしく頼む。」
厳かに頷き、シルバ卿と握手する辺境伯。……あれ? クエスターが固まってる。
「クエスター、なにボ~っとしてるの?」
「……ハッ!こ、これは失礼!私は薔薇十字の騎士、クエスター・ナイトレイド。シルバ卿、今後ともよろしく。」
差し出された右手を握ったシルバ卿は、クエスターの左手も握って自らの腰に回した。
「挨拶代わりに、一緒に躍ってくださいませ。剣聖ともなれば剣舞はお得意でしょうけど、舞踏はどうですかしら?」
「そちらもなかなかのものですよ。ご要望に応えて、お見せしましょう。」
西洋の美を体現する美丈夫と、東洋の美を凝縮した美女の舞踏に、会場の目は釘付けになった。
─────────────────
華麗なダンスの独演会を終えた二人を伴って、ボクはバルコニーに出た。アマラさんの相手はアシェスが率先して買って出てくれている。軟弱な男達に言い寄られるより余程マシ、という事なんだろう。バルコニーから見上げる夜空には満面の星々が広がり、下界を見下ろせば、街の灯りが負けじと人工の星々を輝かせている。
「すっごく綺麗な夜景だね!リリージェンより輝いて見えるのは、空気が澄んでるからかな?」
「ローゼ様、お客人の前ですから……」
嗜めるクエスターを見て、シルバ卿はクスクスと笑った。
「シルバ卿、ローゼ様はかように親しみやすい人柄のお方なので……」
クエスター、フォローしてくれるのは嬉しいけど、その必要はないの。ボクだって赤の他人の前ではそれなりに振る舞うもん!
「姫様の親しみやすいお人柄は承知しております。……ナイトレイド卿、まだお気付きになりませんか?」
気付かないと思うなあ。いつも一緒にいるボクだって、そうと知っていなければ、絶対に気付かなかったと思うもの。
「なににです、シルバ卿?」
「姫、大成功ですね。」
シルバ卿はニンマリと笑った。ボクは親指を立てて答える。
「うん、バッチリだったね。」
「……あの~、ローゼ様? なにがバッチリなのですか?」
「俺だ、クエスター殿。まだ気付かないのか?」
「!!……そ、その声は……ギンか!」
「ああ、俺だよ。この程度の変装ぐらいは見抜いてくれ。アシェス殿も全く気付いていなかったようだし、姫を守る剣と盾がこの体たらくでは、いささか心配になってくるな。」
見抜くのは無理だと思うよ? だって、まるで別人だもん。ギンの変装って"この程度"ってレベルじゃないから。
「……ローゼ様、私達までたばかる必要はないでしょう!」
「ごめんごめん。でもギンにはカムランガムランの交易商人、シルバ卿としても活動してもらうつもりだから。誰にも見抜かれないかどうか、テストしておきたかったの。」
「見抜けませんよ、これは。ローゼ様の警護隊長、
「クエスター、素顔っていうけど、普段の男装が変装なの。ギンの素顔はむしろこっち!すっごい美人でしょう? ボクもビックリしちゃった。」
「そ、そうだったのですか……確かに驚きました。」
……ん? クエスター、少し顔が赤くない?
「ギン、クエスターったら赤くなってるよ? 可愛い!」
「クスクス、シャンパンを飲み過ぎたのでは?」
「あか、あか、赤くなってなどいません!ローゼ様、己が騎士を愚弄しないで頂きたい!」
愚弄って。それこそ顔が真っ赤だよ?
「クエスター殿、今の顔を手鏡ででも覗いてみるといい。林檎みたいに真っ赤になってる。」
「ギン!キミまで私を小馬鹿にするのか?」
「赤いものを赤いと言ったまでだ。ハハハッ、まあそんなに気を悪くしないでくれ。ヤクザ上がりの札付き軍人といえど、今は姫を守る警護役だ。幼少の頃から姫を守ってきた卿らには及ばずとも、姫の為に尽くす気持ちに偽りはない。」
「気持ちを疑った事などない。ローゼ様が"仲間"と仰られた以上、鉄銀は私達の大切な仲間だ。仲間として忠告しておくが、今後は自分の事を"ヤクザ上がりの札付き軍人"などと自虐めいた言い方はよせ。自分を貶めるだけではなく、ローゼ様をも貶める事になる。」
「……わかった。クエスター殿は"いい人"だな。夜会に戻って一杯飲らないか?」
「シルバ卿の身分偽装の手伝いをしよう。テレパス通信で偽装情報のレクチャーをよろしく。」
「了解。ほら、腕を取って腰に手を回してくれ。機構軍一の剣の使い手にして美男子のクエスター殿が傍にいれば、悪い虫は寄ってこない。」
「……私は虫除けか?」
文句を言いながらも、言われた通りにするボクの騎士。見た目の華麗さは同じでも、クエスターは名門貴族の御曹司で、ギンは貧民街の顔役に育てられた孤児だった。この世界の光と影を象徴する二人は手を携えて歩いてゆく。
「アシュレイは"甥は顔の割には女が苦手なのです"などと言っておったが、女の美貌もあそこまでいけば苦手意識も吹き飛ばせるものらしいな。クエスターめ、一目惚れでもしおったか?」
二人の背中を見送るボクの後見人は顎髭を擦りながら笑ったけど……まさか、ね。腫れた惚れたは冗談にしても、二人が仲良くなってくれれば嬉しい。
対照的な育ち方をした二人だけど、今は大切なボクの仲間だ。これから歩む道は一緒だからね!
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