暗闘編9話 幼女の保護者は蝸牛
「マイマイパ~ンチ!マイマイアッパー!」
「ひょい♪」
ちっちゃなコの繰り出したパンチを、素早く躱すちっちゃいコ。マウタウ軍司令部の中庭では、可愛い女の子二人がレベルの高い演習を行っていた。見たことのないちっちゃくて可愛いコはボクシンググローブのようにカタツムリの殻を両手に装備し、矢継ぎ早にパンチを繰り出してるけど、土雷忍軍上忍キカちゃんの体術の前に虚しく空を切る。ちょっと気晴らしに散歩に出てみただけなんだけど、色んな意味でスゴいものを見る事になったみたい……
「マイマイつぶて!」
「ひょひょい♪」
空に逃れたキカちゃんを追って飛ばされた無数のつぶても、稲妻のような動きで回避され、雷光と化したキカちゃんはちっちゃいコの背後を取った。……勝負ありだ。
「まいったのでつ!」
「へへん♪ キカはね、土雷忍軍の"じょーにん"なんだよっ!」
「まひるもじばしりにんぐんの"じょーにん"なのでつ。ふかくをとってちまいまちた。……ちゅうべえさまにもうしわけないのでつ。」
舌っ足らずな喋り方が可愛いなぁ。このおかっぱ頭の可愛いコは"まひるちゃん"っていうらしい。でも地走忍軍に蟲兵衛さま? じゃあまひるちゃんって……
「あ!ローゼ様だ!」
テテテッ走ってくるキカちゃんの後ろを、まひるちゃんも付いて来た。ツインテールのちっちゃいコに、おかっぱ頭のさらにちっちゃいコ。ここが軍施設だって事を忘れちゃいそう。
「すてぃんろーぜさま、おはつにおめにかかるのでつ!じばしりにんぐんじょーにん、ひるがみまひるともうしまつ!」
「はい、よく出来ました。まひるちゃん、ボクの事はローゼって呼んでね。」
あれ? 拳にくっついていた大きなカタツムリが、いつの間にかまひるちゃんの左右の肩に乗っかってる。しかも……縮んでない?
「ローゼさまでつね!おぼえまちた!太郎、花子、あいさつするのでつ!」
(太郎だよ!) (花子です♪)
「えっ!このカタツムリちゃん、バイオメタル動物……なの?」
キカちゃんがへへん♪って感じで胸を張りながら教えてくれる。
「ローゼ様、カタツムリは動物じゃないよ? 陸生の巻貝だよ?」
……うん、そうだね。そうなんだけど、そういう事じゃないの。
「太郎ちゃんは勇ましくて、花子ちゃんはおしとやかなんだって!でもカタツムリは雌雄同体の生き物なんだよ!」
「そうだったんだ。キカちゃんは物知りだね。……そうじゃなくて!」
まひるちゃんの胸ポケットに潜り込んだ花子ちゃんが、殻に紙を貼り付けて出てきた。なになに……「※蛭神真蛭 6歳 ※住所 リリージェン第4区4番街794番地……」
迷子になった時の備えなのかな? そっか、まひるちゃんは"蛭神真蛭"ってお名前なんだね。地走忍軍上忍、蛭神真蛭。やっぱりこのコは地走蟲兵衛さんの部下みたいだ……
「まひるちゃんは誰と一緒にマウタウに来たのかな?」
「アマラさまと一緒にでつ!」
アマラさんが来ている、か。それにしても……機構軍最年少の兵士はキカちゃんだと思っていたけど、まひるちゃんはまだ6つ。しかも満6歳だ。下には下がいた。
「キカさま!これからは"キカ姉さま"と呼んでもいいでつか? まひるはキカ姉さまを"りすぺくと"してしまったのでつ!」
「いいよ~♪ よろしくねっ♪」
まひるちゃんの両肩でクルクル回って祝福する二匹のカタツムリ。……ひょっとして保護者なのかな?
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「わわっ!ドクロがやってきたのでつ!わるものでつか!わるものなのでつか!」
ちっちゃい子供二人にカタツムリ。そして黒い忍犬にドクロ仮面。もうなにがなんだか……
「ま、善玉じゃあないわな。姫、このコは誰だい?」
「蛭神真蛭ちゃんといって、地走忍軍の上忍だそうです。まひるちゃん、この方は桐馬刀屍郎、ボクの指南役を務めてくださっている方です。」
「とーまとーしろー……ちゅうべえさまのいっていた"しにがみ"でつね!けがいのたみよりじんがい、つよいのはいいことなのでつ!」
化外の民より人外。嘘ではないけど、蟲兵衛さんは口が悪いみたいだ。
「少佐!キカね~、アイスが食べたいな~♪」
太刀風にまたがったキカちゃんは、さっそくおねだりを始めた。
「わかったわかった。まひるちゃんも来なよ。ドクロのおじさんがアイスをご馳走してあげよう。」
おじさん……少佐ってまだ25ですよね? 確かに言動行動は爺くさいけど……
「わ~い♪アイスなのでつ!」
「巻貝さん達は何が好きなんだ?」
(キャベツだよ!) (レタスです♪)
「そりゃそうか。カタツムリだもんな。」
特に驚く様子もなく、カタツムリと会話する少佐。大物だなぁ。太郎ちゃんと花子ちゃんのバイオメタル化には百目鬼博士が関わっているだろうから、既知だったのかもしれないけど。
(拙者はソーセージ!腸詰めの豚肉ソーセージが好物でござる!あ、ブラックペパーは要らんでござるよ。鼻の利きが鈍るのでござる。)
「それは知ってる。姫、アマラが客間で待ってる。子守りは俺がやるから、早く行ってやんな。」
「はい。じゃあボクは執務室に戻ります。」
アマラさんとの会見ぐらい、ボク一人でこなさないとね。たぶん、ご機嫌伺いを兼ねて、薔薇十字の様子を伺いに来たのだろう。
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執務室に面した客間では、ボクの代わりにタッシェがアマラさんを饗応していた。両手で抱えたトングでクッキーを運び、アマラさんの皿に置いてゆく。紅茶は執事のエックハルトが名人芸を披露したようだ。
「ローゼ様、お久しぶりです。少し背が伸びられましたか?」
アマラさんは相変わらず妖艶な魅力を振りまいている。でも、見た目に反して子供好きでもあるんだよね。キカちゃんもアマラさんにはなついていたし、今日もまひるちゃんを伴って、ここに来たんだし。妹のナユタさんは子供嫌いで有名だったけど……
「はい。ほんの少しですけど。エックハルト、席を外して。タッシェは食堂に行くといいよ。新しいお友達が出来るかもしれないから。」
執事とその肩に乗ったタッシェが退室してから、ボクはアマラさんの向かいの椅子に腰掛けた。
「……背丈はともかく、ローゼ様は本当に成長されましたね。今のローゼ様に相対すれば、気圧されるのはオリガの方じゃないかしら?」
「どうでしょう? あの方は強さでしか優劣を考えないタイプですから。アマラさん、今夜、夜会を催しますので、ぜひご出席を。薔薇十字と最期の兵団が歩調を合わせていると示すいい機会です。」
「それはそれは。喜んで出席させていただきますわ。セツナ様から親書を預かっています、ご一読ください。」
龍の封蝋が押された手紙を受け取り、中身を出して目を通す。共同作戦の申し入れ、か。
ネヴィル元帥はザラゾフ元帥が神難に駐屯している間に、大戦役で奪われたいくつかの小都市を奪還する計画を企てているようだ。そして、朧月団長はその間隙を縫って別方面に軍を進め、漁夫の利を得るつもりらしい。ネヴィル元帥の攻勢がうまくいけば、アスラ部隊が出張ってくる。そうなれば最期の兵団は、同盟最強部隊と交戦せずに戦果を挙げられる、か。……そう計算通りにいくかな?
「我々はマウタウの防衛が任務。ここをあまり手薄には出来ません。」
「もちろん、それはわかっております。セツナ様は"トーマ様の助勢だけ得られればよい"、との事ですわ。」
薔薇十字の最強戦力を要求しておいて"だけ"もなにもないものだけど。でも戦上手の少佐なら部隊を損耗させずに、薔薇十字の得点を上げてくれるだろう。亡霊戦団を軸に実戦経験を積ませたいスペックの企業傭兵と新参の騎士達を派遣しよう。これは兵の強弱に合わせた作戦を立案出来るトーマ少佐にしか出来ない任務だ。
「少佐はあくまでもオブザーバーですから、要請は出来ても命令は出来ません。スペック社の許諾も得なくてはいけませんし。ですが他ならぬ朧月団長からの要請です。なんとかしてみますね。」
「ありがとうございます。では、夜会にてお会いしましょう。」
ネヴィル元帥の攻勢にスケアクロウが対応した場合、狼狩り部隊と処刑人の出番が来る。ボクはそっちへの対応を考えないといけない。それに兵団が他方面で交戦中となれば、シュガーポットやグラドサルから、マウタウ攻略部隊が出撃してくる可能性もある。失点より多い得点を上げれば、戦争は勝ちなのだ。「不屈の」ヒンクリーや「軍神の右腕」シノノメが泥縄式に軍を動かすとは思えないけど、こちらが隙を見せれば話は別だ。
派兵要請も兼ねて、そのあたりの事を少佐と相談しておこう。戦略眼において、ボクは少佐には及ばない。でも、それでいい。
ボクは最高の戦略家である必要も、最強の兵士である必要もない。バクスウ老師に習った、古代央夏の王のようになればいいんだ。彼は武力も知力も、さほどではなかった。でも、勇士や軍師を上手く用いて最期の勝者となったのだ。カナタも森で言っていた、"王者に必要なのは武力や知力じゃない。目と耳なんだ"って。
"人を見る目"と"意見を聞く耳"、それが王となった男の武器だった。それは非力なボクにも持ち得る武器だ。
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