暗闘編7話 我が子の未来を繋ぐ為



「少佐、叢雲討魔さんの物語を聞かせて頂けませんか? もちろん、誰にも話しません。」


「キキッ!(ナイショなの!)」


テーブルの上に移動したタッシェはあぐらをかき、お口の前でバッテンを作った。


少佐は短くなった煙草を灰皿に押し付け、新しい煙草に火を点けた。ため息をつくように、大きな紫煙を吐き出してから語り始める。


「……どこから話したものかな……やはりお袋の話からになるか。昔、照京には王立照京大学という学舎があってな。そこで教鞭を執っていたのが百目鬼博士だった。その博士のラボ、百目鬼ラボには二人の天才がいた。鷺宮トワと白鷺ミレイ、「叡智の双璧」と呼ばれた二人は生体工学の研究に勤しんでいて、テーマは「生命の石」を探求する事、だった。」


「欠片しか残っていなかった生命の輝石。おそらく御門儀龍さんから提供されたのでしょうね。至宝の素体となった生命の石とはどんなものなんです?」


「それは俺にもよくわからん。人知を超えた摩訶不思議な石だったとしか言えんな。いや、人知を超えてはいないか。お袋と白鷺ミレイは人知を以て、その謎を解明したのだからな。ただ、解明は出来ても、創り出すところまではいけなかった。その研究には莫大な費用が必要だったからだ。そして若き研究者二人は、資産家と結婚する事にしたのさ。」


「それで名家である叢雲家と御堂家に!」


「恋愛感情が全くなかった訳でもないようだがね。ま、そこらは本人達にしかわからん。白鷺ミレイには切迫した事情もあったらしいし、手段を選んではいられなかったのだろう。」


「切迫した事情?」


「白鷺ミレイは遅効性だが不治の難病を患っていた。生命の石を探求し、治療薬を開発しなければ、長くは生きられない。白鷺ミレイの親友だった鷺宮トワも、友を救おうと必死だった。そして鷺宮トワも結婚後に切迫した事情を抱えてしまった。」


「トワさんも!? 一体どんな事情を抱えてしまったんですか!」


少佐はなんとも言えない表情で、……笑った。無理に言葉にするとすれば、それは自嘲の笑みだった。


「……俺だ。」


「え!?」


「鷺宮トワは叢雲トワとなり、叢雲斬魔の子を産んだ。そして産まれた我が子は「超念真力過剰体質」だった。放っておけば、三つ子になる前に……自らの念真力に蝕まれて死ぬ。叢雲家は念真力過剰体質の子が生まれやすい血統だが、俺ほど極端な例は稀らしい。」


白鷺ミレイ、いや御堂ミレイさんは自分と親友の子の命を救う為に、そして叢雲トワさんは、親友と我が子の命を救う為に……研究に打ち込んだ。天才二人は文字通り、命懸けだったのだ。


「そして絶対平和を希求する御門儀龍がそこに加わる。彼は照京の統治権と御門グループ総帥の座を我龍に譲る代わりに、御門家の所有する莫大な財産、そのかなりの部分を手にしていた。おまけに学者畑を歩んできた儀龍は優れた研究者達や学術機関にコネもある。天才二人にスポンサー、そして補助研究員に最新鋭の施設。役者は揃った訳だ。」


そして世界昇華計画が動き出した。強制的に殺人を抑制する、御門儀龍氏の計画が……


儀龍氏も最初は学術的興味から生体の輝石の欠片を、天才二人に提供したのだろう。そして研究が進み、長年抱いてきた理想の実現を感じた儀龍氏は、人類昇華計画に己の全てを賭け、その他の一切を放棄したのだ。


「癌すら抑止し、人間を超人化させる夢の新薬。しかも親から子へと遺伝もする。開発に成功すれば、あっという間に人類全体へと広がるだろう。数世代を経て、人類にあまねくバイオメタルユニットとエリクセルが広まったところで、殺人衝動抑制プログラムを発動させる。それが儀龍の計画だった。志半ばでセツナの親父に暗殺されちまったがね。そして人工知能を搭載した無人の人工島、天岩戸は儀龍の死を察知して発艦し、姿を消した。天岩戸がなければ殺人衝動抑制プログラムの封印は解けない。」


楽天的な理想主義者の計画は、彼の死を以て頓挫した、か。オプチミストだけに危機管理が甘かった、と言ったら言い過ぎなのかな?


「御堂司令のお母様は早逝されてますよね? エリクセルは効かなかったのですか?」


「開発段階の試薬では、余命を伸ばすのが精一杯だったようだ。そんな体であの女傑を産み落とし、命の炎が燃え尽きる寸前にエリクセルの完成にこぎつけたのだから、大した女性だったとは思うがね。」


「……そうですか。少佐のお母様と御堂司令のお母様は世界昇華計画には賛同されていたのですか?」


「御堂ミレイは全面的に賛同していたらしいが、お袋の方は"まあ、やってみたら?"みたいな感じだったな。儀龍とは友人だったはずの親父は、気乗りしてなさ気だったね。」


叢雲夫妻は、息子を救う為にスポンサードしてくれるならどうでもいい、ってスタンスだったのかな? 御堂ミレイさんは全面的に賛同されていた。……だったら、ミレイさんの夫の御堂アスラ、アスラ元帥はどうだったんだろう?


「少佐がバイオメタル化した時から完全適合者だった、というのにも合点がいきました。バイオメタルユニットの開発者、叢雲トワさんが少佐専用に開発したんですから、完全に合致して当然ですよね。」


「そういう事だな。お陰で二十の半ばを過ぎても念真力に殺されずに、まだ生きてる。とはいえ、後どれぐらい生きていられるかわからんが……」


少佐がパワフルでタフな重量級なのは、過大な念真力に殺されないように施された措置だったんだね。叢雲トワさんは、不死身なんじゃないかと思えるぐらいのタフネスを息子に与え、念真力による早逝を阻止したんだ。それなのに、それなのに、短命の呪いでもある神虎眼に覚醒しちゃうだなんて、神サマって意地悪すぎるよ!


天賦の超人じゃなくていいから、ただの凡人でいいから、少佐には生きてて欲しい。命の恩人で、大切な先生である少佐には、ボクの旅の行き着く先を見届けて欲しいから……


「ま、後の事は姫の想像通りだ。12年前にアホの我龍が叢雲一族を根絶やしにし、九死に一生を得た俺は、既に機構軍に亡命していた博士を頼って身を寄せた。儚い我が身を嘆きながら、のんびり暮らすつもりが、髑髏の仮面を付けて戦争やる羽目になってる。死んで冥府に落ちたら、神サマを一発ぶん殴ってやろう。地獄の閻魔に賄賂を渡せば、天国に密入国出来るかもしれんしな。」


「死ぬとか縁起でもない事を言わないでください!……少佐、一つだけ質問。叢雲討魔さんのご遺体は屋敷から発見されたそうですけど、誰の遺体だったんですか?」


「俺のだよ。屋敷には実験用のクローン体があった。脳死状態だが、体は生きてる。上半身を手榴弾で爆破してから隠し部屋に潜み、頃合いを見てトンズラ。詰めの甘い我龍は遺体を見て安心し、屋敷の捜索は手ぬるかった。死んだと思われている俺は手配もされちゃいなかったし、逃げ出すのは訳ないさ。協力者もいたしな。」


協力者?……誰だろう。叢雲家に恩義のある照京の要人だろうか……


「なるほど。朧月団長の照京攻略には、世界昇華計画が関わっていると思いますか?」


「確実に関わってるよ。セツナの奴は濁点を加えて計画を再開させる腹積もりだ。」


「……濁点?」


「世界浄化計画、だとさ。誇大妄想狂の戯言だと笑い飛ばせないのが、真面目に笑えないね。肥大しきった自我を除けば、極めて有能な奴だからな。」


朧月団長は少佐を"友"って呼んでるけど、少佐にはそんな気持ちはないみたいだ。それどころか、嫌悪の念を抱いているっぽい。いかにも友人って感じで話を合わせているのは"その方が有利だから"なだけだろう。


「困った人ですね。ボクが世界浄化計画とやらは阻止してみせますけど。」


「その意気だ。姫、昔話はここまでにして、これからの事を話そうか。」


少佐は髑髏のマスクを付けながら、そう言った。残念、もう少し顔を見ていたかったんだけどな……




アシェス、良かったね。少佐は化け物面どころかハンサムさんだったよ。いつか、いつか必ず少佐の口からアシェスにも事情を話させてみせるから!……でもそれって……アシェスも少佐の神虎眼の持つ"短命の呪い"の事を知ってしまうって事なんだよね……


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