暗闘編6話 楽天論者の理想郷



理想主義者の画策した壮大な平和計画は頓挫した。でも、その残滓はまだ残っている。それを確認しておかねばならない。鍵を握っている人間は、ボクの目の前にいるのだから。


「強制的に殺意を抑制する平和計画があった事は理解しました。ですが、その計画だと体制維持に問題が生じますよね? 絶対に殺される事はないのですから、市民が為政者に逆らう事は容易です。もちろん市民に蜂起されるような為政者が悪い訳ですけど、優秀なアジテーターがいれば、ささいな事で混乱を生じさせようとするかもしれません。それにバイオメタル化しなかった者が犯罪集団を組織しても面倒です。取り締まる警官は、迂闊に銃も撃てない。殺してしまうかも、といった殺意にも殺人衝動抑制プログラムは反応するんじゃありませんか?」


今も自然主義者の一部には、不自然な存在だとしてバイオメタル化を拒否している人達がいる。全ての人類のバイオメタル化が完了するとは限らないのだ。


「そこで登場するのが"選ばれし兵シード・ソルジャー"だ。」


「シード・ソルジャー?」


「シード・ソルジャーは殺人衝動抑制プログラムの影響を受けない。つまり、人を殺せる。無責任なアジテーターを粛清して体制を維持、バイオメタル化していない犯罪者や過激派の摘発にも、シード・ソルジャーが対応するって寸法さ。」


「待ってください!じゃあシード・ソルジャーを擁する独裁者が出現すれば、その体制を打倒する事は不可能になります!」


人が人を殺せない世界で、人を殺せる兵士。……朧月団長の狙いってまさか!


「儀龍もそれを懸念していたようだ。そこで儀龍は、シード・ソルジャーを任命出来る人間を限られた血統だけにするという解決策を考えた。最初に世界の管理者達を任命し、管理者達の子らには、幼少期から平和教育を叩き込めばよい、という訳だ。もちろん儀龍自身もその管理者になるつもりだったのだろう。俺には到底解決策になっているとは思えんが、儀龍は解決策だと考えたみたいだな。」


「管理者の血統を複数用意すれば、一つの血統が独裁者たらんとしても、他の血統達が団結して阻止する、という訳ですか……」


そういう計画も成り立たなくはないと思うけど、あまりに性善説に偏り過ぎている。管理者の血統達の多くが、もしくは全部が悪辣非情な独裁者になる可能性だってあるのだ。いや、特別な存在として世界を管理してゆく間に、自己顕示欲は肥大化してゆくだろう。……あまりに危険だ。


「そういう事らしい。ま、俺はそこまで楽天論者オプチミストにはなれんがね。姫、ゼロ・オリジンという特別なバイオメタルユニットがある。シード・ソルジャーはゼロ・オリジンを持つ者にしか任命出来ない。そのゼロ・オリジンは全部で四つ、創られた。」


「世界の管理者は全部で四人。そして管理者の血を受け継いだ四つの家が世界を管理してゆく血族となる、ですね。ゼロ・オリジンは今、どこにあるのでしょう……」


「一つはここにある。」


少佐は自分を指差し、その指で……髑髏のマスクを外した。


────────────────────


桐馬刀屍郎は叢雲討魔、その可能性をカナタに提示されてから、ボクは叢雲家の事を調べ、写真も入手しておいた。13歳だった叢雲討魔が出席したパーティーで撮られた一枚の写真。幼少期の御門ミコト様に袖を掴まれ、困惑した表情を浮かべる線の細い少年の姿が色褪せた写真には残されていた。中立都市の貴族が所有していた写真に映っている叢雲討魔、その面影が、少佐にはあった。


でも、線の細さはもうない。代わりに野性味と……翳りが加わっている。戦傷で見るに耐えない顔をしているなんて言ってたのは、やっぱり大嘘だったのだ。


「……初めてお顔を拝見しました。少佐ってとっても男前だったんですね。」


「世辞でも嬉しいねえ。」


お世辞じゃないですよ。ワイルドなのに秀麗な顔立ち、文句のないハンサムさんです。アシェスにも見せてあげたいぐらい。


「少佐は零式ではなく、ゼロ・オリジンを搭載されていたのですね。残る3つはどこにあるかご存知ですか?」


ゼロ・オリジンは全部で四つ。オリジンを持っていたと思われるのは世界昇華計画に深く関わっていた御門儀龍、鷺宮トワ、白鷺ミレイの三人。……後の一人が……わからない。……トワさんとミレイさんの師匠だった百目鬼博士だろうか……


「白鷺ミレイの持っていたオリジンは、夫のアスラ元帥か、娘の御堂イスカが搭載していると思われる。御門儀龍の持っていたオリジンは、セツナの親父が儀龍を暗殺して奪ったようだ。おそらくセツナが搭載しているか、持っているかだろう。」


やっぱり朧月団長はゼロ・オリジンを持っていた。彼は世界昇華計画を利用して管理者、いや、神になるつもりなんだ。でも、そんな事はさせないから!この事をお父様に伝えて……ダメだ。お父様が世界昇華計画の存在を知れば、ゼロ・オリジンを奪って、自分が世界を支配しようと考えるに違いない。


「トーマ少佐、朧月団長、御堂司令の三人が、ゼロ・オリジンを搭載しているか持っている。……残る一つはどこに……」


「……剣狼が搭載している。」


えっ!? カナタが!!カナタが最後の一人なの!


「本当ですか!少佐!」


「最後のゼロ・オリジンを託されたのが御門ミコトだからな。ミコトは人類昇華計画の協力者だった。もっとも、ミコトは計画の事はなにも知らされていなかった。彼女の持つ"龍の目"は儀龍のそれより強力で、生命の石の謎を解明する手がかりは龍眼にあったと俺は考えている。」


「……ひょっとして生命の石とは、御門家の至宝、"龍石"の事なのですか?」


「少し違う。龍石と御三家の持つ至宝、剣、勾玉、鏡、これらは稀代の念真能力者、御門聖龍によって創られたとされる。だが、龍石と三家三宝の素体となった石があった。それは"生命の輝石"と呼ばれる石。御門聖龍は生命の輝石を宝具に加工して特殊な念真力を付与し、御門と御三家の至宝としたんだ。その生命の輝石の欠片から、ゼロ・オリジンと零式は創られた。百目鬼博士でさえ零式を作製出来ない、と言ったのはそういう訳だ。」


「素体がないから作製不能。なるほど、才能の問題ではないですね。」


「そしてお袋は"あなたの最も信頼する人間に、このユニットを渡しなさい"と言ってミコトにゼロ・オリジンを渡した。ミコトが最も信頼する男は、天掛カナタ以外にない。アスラ部隊では部隊長になれば零式を与えられる。だが爺さんの話じゃ、奴は中隊長の時点で零式を搭載していたようだ。ゼロ・オリジンはバイオメタルユニットとしては零式と同性能。剣狼がゼロ・オリジンをミコトから託されたのは間違いないな。」


カナタはいつも、トラブルのど真ん中に飛び込んでくる。世界の根幹を揺るがす大トラブルに飛び込んでこない訳がない。


「カナタがゼロ・オリジンを……朧月団長にとっては面白くない事態ですね。」


「だろうな。剣狼は間違ってもセツナの思惑に乗ってくれるような男じゃない。"気に入らねえから、ぶっ潰す!"とか言い出すのが関の山さ。」


それはボクもです。朧月団長の思惑通りになんかさせない。


「少佐、天岩戸とは殺人衝動抑制プログラムの封印解除装置がある基地なのではありませんか?」


「その通り。封印解除装置と、解除プログラムを全世界に発信する装置がある。世界中の人間に埋め込まれたブラックボックスに、どうやってテレパス通信を送るつもりなのか、その方法がわからんがな。」


「念真強度1000万n、最強のテレパス能力を持つ少佐でも、通信の有効範囲は10キロ程度ですよね? なんにせよ、天岩戸を朧月団長の手に渡す訳にはいきません。」


「ああ。だが天岩戸の場所はそう簡単には掴めんぞ。深海深くで眠っていて、とある周期で毎回別な場所に浮上する仕掛けだ。衛星画像を見る事も出来ない現状では、砂漠で針を探すようなもんだな。少なくとも、周期を示す手がかりを入手しない事には話にならん。」


闇雲に洋上を監視したところで見つかる訳がない。海は世界の2/3近くを占めているのだ。


「話が前後しますが、大事な事を確認しておくのを忘れていました。トーマ少佐は叢雲宗家嫡男、叢雲討魔様で間違いないのですね?」


カナタは"叢雲討魔のクローン体である可能性もある"と追記してくれてたんだよね。叢雲トワさんの事を"お袋"と呼んでいた事から考えて、本人である可能性が濃厚なんだけど……


「……そうだ。だが俺は姫のくれた名前、桐馬刀屍郎として生きてゆく。そういう意味では叢雲討魔はもう死んでいるな。」


……本当にそれでいいのですか? 少佐は夕焼けの綺麗な夕刻には、夕陽に背を向け、東の空を眺めていますよね? 夕陽に照らされた寂寥感を感じさせる背中、そしてその寂しげな瞳には、故郷である龍の島が、京の都が映っているんじゃありませんか?



トーマ少佐はボクの先生で後見人で恩人だ。大恩あるこの人に、ボクがしてあげられる事ってなにかないの?


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