暗闘編8話 ジャーニーマンは実力の証
自由都市マウタウの軍司令部。巨大都市を睥睨する建物の屋上で、ボクはため息をついていた。フェンス代わりの強化ガラスが張り巡らされたこの場所は、一人になるにはうってつけだ。周囲にこのビルより高い建物はないから狙撃される心配はないし、屋上に出る塔屋にはギンが控えてくれているから、曲者がここに来る事はない。
「……若い身空でため息とはな。姫、なにか心配事でもおありなのか?」
……曲者は来れないけれど、身内だったらここにも来れる。
「ため息をつきたいのはリットクでしょ?」
「ついてもいいのか?」
鬼と畏怖される凄腕軍人は、膝を抱えて座るボクの隣で胡座をかいた。
「ボクのいないところでたっぷりどうぞ。ですが、リットク…」
「わかっている。死神は気に食わんが、奴が有能なのは認めている。せいぜい狡っ辛い脳味噌を使って、底意地の悪い戦術を駆使すればいいさ。」
「リットク、兵団に戻りたいなら、戻ってもいいのですよ? ボクはリットクの力を借りたいですけど、無理強いはしたくありません。」
「戻りたいなどと言っておらんだろう。一人気に食わん奴がいる組織と、気に食わん連中だらけの組織なら、前者を選ぶ。バルバネスやザハトも大概だったが、
「唯一の良心だったバクスウ老師までボクが引き抜いちゃった訳ですし、ね。」
「朧月団長は今頃、頭痛薬でも飲んでいるのではないか? クックックッ、けだし見物だな。……しかし姫、どんな魔法を使ってワシと老師を引き抜かれた?」
「紫色の液体がグツグツ煮えてるお鍋に、疑心暗鬼と損得勘定を放り込んでみました。お父様にしてみれば、機構軍最強の連隊指揮官が将官となって師団も持つとなれば、その力を削いでおきたいと考えるのは当然です。自分の娘が率いる薔薇十字を強化し、最後の兵団と競わせたいと考えるでしょう。ですから、魔法というほどの事ではありません。権力者と野心家の駆け引きに、少し乗じただけの事です。」
でも、辺境伯からは"リットクには注意しろ。ネヴィルか兵団のスパイである可能性がある"と言われてるんだよね。
「なるほどな。言われてみれば、さもありなん。ところで姫、ワシも魔法の心得があってな。姫の悩みは"剣狼の身に危機が迫っている事"ではないか?」
!!……顔に出しちゃダメ。悠然と構えていないと!
「どうしてその事を?」
「ワシは姫と違って魔法のタネを明かしたりはせぬよ。」
「秘密主義は次回からにして、今回だけはタネ明かしをお願いします。」
「やれやれ。ワシは元々ネヴィル元帥の師団にいたから、まだ顔見知りがいる。こっそり情報を教え合う程度の付き合いはしておるのでな。元帥は
「ボクとカナタの関係は誰から聞いたんですか?」
「そっちの情報源はバクスウ老だ。姫は剣狼に命を救われた事があるらしいと聞いたが、本当だったようだな。」
「はい。詳しい経緯を知りたいですか?」
「いずれ聞かせてもらおう。さて、秘密主義のワシから一つ、姫に提案がある。ワシは鬼哭流を極めた剣の達人。剣狼が
即答しようとする口を、心が押しとどめる。少佐に教えてもらったでしょ、"旨い話には、大抵裏があるもんさ"って!飛びつきたい話を聞いた時ほど、落ち着いて考えるの。
老師はボクとカナタの関係をリットクに話した。つまり老師はリットクを信用しているという事だ。リットクとは接点のなかった辺境伯は警戒を促し、兵団で共に戦ってきた老師はリットクを信頼出来ると考えている。この場合、どちらの言を重んじるべきか。辺境伯も老師も古強者で、その眼力は信頼出来る。でも古老二人の意見は矛盾している。……いえ、矛盾しているとは限らない。リットクは"他の勢力のスパイかもしれないが、実は薔薇十字の味方"という可能性もあるよね。
そして新たな情報、リットクはネヴィル元帥の麾下にいた兵士だけに、今でも第2師団の幹部に顔が利く。ネヴィル元帥の下で戦功を上げて名を為したリットクは、お父様の横槍で援護された兵団に引き抜かれたのだ。その当時もネヴィル元帥が兵団に送り込んだスパイであると噂されていたけど……
ネヴィル師団、最後の兵団、薔薇十字と渡り歩く軍人、「戦鬼」リットク。兵士の間では"典型的な
「……ネヴィル元帥は最初、リットクに剣狼抹殺を依頼したのですね?」
「左様。だがワシは断った。それで元帥は虎の子の処刑人を動かす事にしたのだろう。自分の元を離れたワシなら死んでも痛くはなかろうが、使い捨ての駒にされるのは御免被る。」
使い捨ての駒。カナタは、この戦の鬼に"自分より上"と言わしめる兵士に成り上がったんだ。カナタとケリーさんの決闘、その間に割って入る事が出来ると言ったリットクの言葉に嘘はないだろう。ネヴィル師団に所属していた強者同士、リットクにはケリーさんとのコネもあると見ていい。
「リットク、お願い出来ますか?」
この話には何か裏があるのかもしれない。でも頼みの少佐はカナタの危機を救うのに乗り気じゃない。少佐は今回の件を"剣狼が自分の力で乗り越えなければならない試練"と見做しているし、そもそもケリーさんこそ少佐の友人だ。本当だったらケリーさんに肩入れしたいのに、ボクを気遣って静観してくれているのかもしれない。
大丈夫、旨い話に飛びついたのではなく、熟考してからリットクの提案に乗った。例え裏があったとしても、今、優先されるべきはカナタの生存だ。個人的な願望だけじゃない。龍弟侯カナタの存在は、ボクの最終目標達成に必要不可欠な鍵なんだから!
「承知した。剣狼の件はワシに任せておかれるがよい。」
「はい。二人でカナタの戦いを見届けましょう。」
「なにぃ!ふ、二人でと仰られたか!」
ボクの指南役である少佐とは不仲だけど、ボクはリットクを信じている。もしリットクに二心があるなら、後見人である辺境伯だけではなく、参謀の少佐もボクに忠告してくれるはずだ。でも二人を引き抜くつもりだと告げた時に少佐は、"それがいい。爺さんに何かにつけて小言を言われそうなのがなんだが"としか言わなかった。少佐はリットクを"獅子身中の虫"とは見做していないんだ。宿老二人の意見は相反したけど、ボクが最も頼りにしている軍師はトーマ少佐だ。
"耳に聞こえる言葉だけが意見じゃない。聞こえない言葉、これも意見なんだ。ローゼ、将たる者は、当然あるべき意見を述べなかった者、にも注意すべきなんだぜ?"、これは魔女の森で教わったカナタの哲学だ。
カナタの哲学と、ボクの直感を信じる。リットクはボクの仲間だ。
「そう言いましたが何か? リットク、ボクはワガママな神輿なのです。担ぐのは一苦労ですよ。」
「その目、何を言うても無駄なようだ。……えらい事を引き受けてしまった。」
後悔先に立たずって言うでしょ。諦めてね?
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気分転換を終えたボクは執務室に戻り、仕事を再開する。機構軍内のライバル、最後の兵団は真夜中の騎士団と呼ばれる影の組織を表に出し、再編成された。新たな加わった顔触れのチェックをしておこう。☆マークの入ってるのが、新たに編成された部隊だね。
1番隊 "月光" 「煉獄」朧月刹那 新設された第13師団の第1連隊「
2番隊 "月影" 「右月」双月アマラ 第2大隊が月影である事も変わりなし。でも副官が交代したみたいだ。
3番隊☆"月華" 「左月」双月ナユタ 月影の副隊長だったナユタさんが隊長に昇格。順当と言えば順当な人事だ。1、2、3大隊が新生"ゲッコーパフォーマンス"か。朧月団長の親衛隊は100人増えた訳だけど、練度は維持出来てるのかな?
4番隊 "ヘル・ホーンズ" 「狂犬」マードッグ 第4大隊は変更なし。ユエルン中隊以外は全員囚人の使い捨て部隊だ。
5番隊 "テラーサーカス" 「魔術師」アルハンブラ・ガルシアパーラ 3番隊から5番隊に変更されたけど、アルハンブラさんが団長の側近である事に変わりはないだろう。魔術師の性格から考えて、勝ち気なナユタさんの為に3番隊の椅子を譲っただけだ。バクスウ老師がいなくなった以上、アルハンブラさんが兵団のまとめ役になるしかないだろう。
6番隊☆"クレセントムーン"
7番隊 "ブラックジャッカル" 「蛮人」バルアミー・バーネス 蛮人バルバネスの部隊にも変更はない。相変わらずの問題集団だ。
8番隊 "バンパイアバット" 「不死身の」ザハト はいはい、ここも問題集団。変わって欲しいけど、なにも変わってない。
9番隊 "スネグーラチカ" 「純白の」オリガ・カミンスカヤ 4、7、8大隊の蛮行の陰に隠れてるけど、オリガさんの大隊も、素行に問題ありなんだよね。朧月団長も、よくこんなアクの強い悪人ばっかり率いてられるよ。
10番隊☆ "アイアンライダーズ" 「
11番隊☆ "スネイルリーチャーズ"「三面六臂」
12番隊☆ "
13番隊☆ "ナイトメアナイツ"「黒騎士」ボーグナイン・ダイスカーク 朧月団長が秘密裏に組織していた
……これが機構軍最強の連隊、最期の兵団13人衆か。同盟最強のアスラ部隊12神将とは、まさにライバル。老師とリットクが加わった薔薇十字は飛躍的に強化されたけど、13人衆や12神将と渡り合える力はまだない。
力こそ正義、そんな考えにボクは与しない。でも力なき者は何も為し得ないのが、今の世界の現実だ。だったら……力を付けるしかない!
薔薇十字にカナタがいてくれれば……カナタとトーマ少佐が手を携えて、ボクを支えてくれるなら……怖いモノなんか何もないのに……
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