暗闘編4話 処刑人ケリコフ



収容所帰りの二人は帝国公館を後にし、ボクは窓からヘルゲン中尉達の車と入れ替わりに、公館に入ってくる車を見つめた。入ってきた車には少佐が乗っているはずだ。


有望な人員を薔薇十字に迎える事が出来た。新しい仲間の事、これからの事を少佐と相談しておかないとね。


─────────────────


「……「竜巻」ヘルゲンに「小蝿の」クラウムか。いいところに目を付けたな。」


「小蝿? クラム艦長ってそんな異名を持ってたんですか?」


帝国公館の執務室、ボクはソファーにだらしなく座る少佐に、新しい仲間を加えた事を報告してみた。


「小蝿は異名じゃなく艦長仲間からの愛称、いや、蔑称だな。回避機動に長けるが、砲撃指揮はイマイチ、クラウムの能力を小蝿と評するのは、虚偽って訳じゃあないな。パラス・アテナの艦長がパンチ力に欠けるってんじゃ困るから、そこは特訓させるべきだがね。」


「はい。その点を補う為に砲撃の名手、コヨリさんにレクチャーを頼んであります。」


「コヨリも姫には文句を言わねえんだよな。俺が何か言いつければ必ず文句の一つや二つは言う女なんだが。」


それは少佐の私生活に問題があるような気がします。


「少佐、ヘルゲン中尉に何か補強すべき点はありますか?」


「ヘルゲンの方はそのままでいい。足を引っ張られなければ堅実な戦果を上げられる男だ。負けて捕虜になったのはヒルシュベルガーの巻き添えだし、なにより相手が剣狼ってんじゃどうしようもない。」


「……今やカナタはアスラ部隊の「四天王ビッグフォー」、やっぱり急成長したんですね。」


「俺と会った時とはもう別人だな。化けるだろうとは思っていたが、ここまで急速に伸びるとまでは思っていなかった。バクスウの爺さんが言ってた通りだったな。」


バクスウ老師は"壁を破った若者は、タケノコよりも早く成長するものじゃ"と仰っていたけど、その通りだったみたいだ。バイオメタル化した時点で兵士の頂点にいた少佐より、研鑽に研鑽を重ねて強くなった老師の方が、成長度合いを測る目を持っていたって事なのかもしれない。


「……少佐がカナタと邂逅した時、殺そうと思えば殺せたんじゃないですか?」


「なぜ、そんな事を聞く?」


「知りたいからです。カナタが少佐と鉢合わせした時の力は、ボクを森で助けてくれた時から少し成長した程度だったはず。少佐の実力なら、殺すのが不可能だったとは思えません。」


「どうかねえ。俺の苦手な水中に逃げ込まれちまったしな。」


「桁外れのバイオセンサーと念心重力砲を持つ少佐なら、水中にいるカナタ達に砲撃の雨を浴びせる事は出来たはずです。反撃される恐れもなかったんだし、殺す気ならやらない手はないですよね? ボクを魔女の森で守ってくれてた事への返礼ですか?」


「それもあるが、可愛い女の子達を一緒に殺すのは気が進まなくてね。……わかったわかった。正直なところを言えばだな、"可能性の芽を摘むのが怖かった"んだよ。」


怖かった!? 「災害」ザラゾフさえも退けた無敗の死神が?


「可能性の芽、ですか?」


「なんでだかな。"この男を殺すのは、世界の可能性を摘む行為なのかもしれない"と思っちまったのさ。なんでそんな事を思ったのかは今でもわからん。だが、本当に判断に迷った時には、俺は直感を信じる事にしている。」


普段は論理的な少佐だけど、直感の囁きに身を委ねる事もあるみたいだ。その直感に感謝しよう。お陰でボクはカナタを失わずにすんだんだから。


そしてカナタは少佐の正体を掴んだ。カナタから暗号で連絡があったのだ。その中には"桐馬刀屍郎の正体は、照京御三家、叢雲一族の嫡男、叢雲討魔かもしれない。確かめてくれ"という文面があった。神虎眼を持つ生まれながらの超人の末裔、叢雲宗家。少佐の常軌を逸した戦闘能力は、滅亡したはずの超人の血の為せる技、というなら頷ける。


「……あの、少佐、もう一つだけ聞いていいですか?」


「昨日の晩飯は茹でたロブスターとマカロニグラタンだ。熱に強い皮膚装甲はグラタンを食べる時にも役立つ。」


「知りたいのは晩御飯の献立じゃありません。生まれながらの完全適合者、死神トーマの…」


ボクの質問はノックと、公館の執事の声に遮られた。


「失礼します。少佐を訪ねてこられた方がいらっしゃいます。お客様、と言ってよいのかどうかは不分明ですが……」


「客ねえ、どんな客だ?」


「それがフード付きの軍用コートをお召しで、お顔が確認出来ませんでした。"ケリーが来たと言えば分かる"とだけ仰って。」


「通してくれ。知り合いだ。」


「ケリーさんというのは、少佐のお友達ですか?」


「友達というより、ビジネスパートナーといった方が正確かな。「処刑人エクスキューショナー」ケリコフ、と言えば姫にも分かると思うが。」


ケリーさんって、あのケリコフ・クルーガー大佐の事!?


「処刑人ってのは、あまり好きな呼ばれ方じゃない。死神も知っているだろう?」


いつの間に!屋敷の衛兵は…


腕に覚えがあるはずの執事がケリーさんの腕を取ろうと動いた瞬間、コマ送りでもしたかのように地面に組み伏せられてしまっていた。あまりの早業で、ボクには何がどうなっているのか、視認出来なかったのだ。


「ケリー、執事さんを解放してやれよ。」


ケリーさんは少佐の言葉に従い、後ろ手に引っ張り起こされた執事は、力の差を知りつつも臨戦態勢を取る。問題ないとは思うけど、一応確認しておこう。


「お客人、公館のみんなは無事なのでしょうね?」


「姫、この男にとっちゃ屋敷の衛兵やメイドに気取られずに入ってくるなんて、お茶の子さいさいさ。ま、座んなよ。」


執事に睨まれてるのに、全く悪びれた様子のないケリーさんは部屋に入りながら軍用コートを脱いで、ノールックで投げてみせた。投げられたコートは綺麗にコート掛けに引っ掛かり、ケリーさんは客用のソファーに着座する。処刑人と畏怖される軍人は写真よりも精悍な顔付きで、歳は30代前半ぐらいだろうか。完全適合者である事は有名だけど、ケリコフ・クルーガー大佐の詳しいデータは非公開。能力が謎とされる彼は、存在そのものが謎だった少佐とは顔馴染みだったらしい。大物二人の会話に加わるべく、ボクも執務机から来客用のソファーに移動、少佐の隣に腰掛けた。


「久しぶりだな、死神。突然訪ねてきたんだ、少しは驚いた顔をしてくれ。」


「驚いてやりたいところだが、ケリーが来たのはわかっていたからな。」


「ほう? 戦技はド素人の死神がか。少しは腕を上げたのか?」


「全く変わってない。だが、いくらおまえさんが手練れでも心音までは消せない。」


「なるほど。キカ嬢ちゃんが屋敷にいるのか。あのコばっかりはお手上げだな。」


ギンが不在の時はキカちゃんがボクの護衛だ。あの耳からはどんな手練れも逃れられない。


「エックハルト、客人にチャイを。味にはうるさい男だから、本場のいいものをな。」


執事エックハルトがボクの様子を窺ってきたので、黙って頷く。忠実な執事はボクの仕草に納得して、ドアを閉めて階下へ向かった。


「しかし死神、おまえが表に出て来るとは思わなかったぞ。」


「色々あってね。おまえさんこそ"近くに寄ったから顔を見せました"、じゃあるまい?」


トーマ少佐が煙草を咥えると、ひとりでに窓の蝶番が外れ、窓が開いた。ケリーさんはサイコキネシスを持っているらしい。


「クルーガー大佐、ついでに灰皿もとってくださいませんか? そこの木棚の中にありますから。」


「木材は動かせない。ケリーの能力は磁力操作だ。」


少佐の言葉を聞いたケリーさんは初めて表情を変えた。そして少し焦り気味の声で少佐に抗議する。


「おい、死神!俺の能力を…」


「姫は口が固い。それを知ってるからここに来たんだろう?……で、なにがあった?」


「例によって、ネヴィル元帥から抹殺指令が出たのさ。相手は天掛カナタ、剣狼とか呼ばれてる男らしい。死神トーマが剣狼とやりあった事があるらしいと噂で聞いたんで、情報収集に来た。」


処刑人ケリコフの抹殺リストにカナタが!!ボクは顔色を隠すのに必死だけど、少佐はいつも通りののんびりした口調だった。


「ネヴィル元帥の打つ手はいつも一手遅いな。怪物が羽化しちまってから抹殺指令か。」


「死神、剣狼とはそこまでの怪物なのか?」


「最近の戦闘記録には目を通してるんだろ? 見た通りの怪物だよ。」


「だが俺なら勝てる。そう思ったから引き受けた。幸い、奴はまだ完全適合者ではないようだしな。」


「処刑人」ケリコフはネヴィル元帥の抱える完全適合者。しかも磁力を操る能力まで持っている。重力使いの亜種にあたると思うんだけど、磁力を操る兵士なんて、ボクは聞いた事がない。




……ど、どうしよう。このままじゃカナタが……


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