暗闘編3話 上官ルーレットの大当たり



帰国するにあたって私とクラムが恐れていた事態、敵国の収容所から自国の収容所へ、は避けられたらしかった。


自宅に帰った私は妻の手料理を楽しみ、食後に所長からの手土産、「太腕繁盛記」を第一話から見る。


「同盟の連ドラなんてよく持ち出せたわね。検閲は大丈夫だったの?」


ソファーに座った妻の髪を撫でながら、私は種明かしをする。


「この作品は中立都市では普通に売っているらしいんだ。同盟軍の宣伝作品でない限り、持ち込みに問題はないのだそうだ。」


この作品の主人公である若女将は同盟軍の軍籍を捨てて、お人好しだが頼りない若旦那への愛に生きる女なのだし。軍を捨て愛に生きるなんて、機構軍なら検閲に引っかかるに違いない設定だな。やはり同盟軍の方が民主的、という事なのだろう。


「あなたは強い兵士だから大丈夫だって、そう思い込もうとしていたけれど、今回の件でわかったわ。軍を退役してください。貧しくてもいいから、どこかの田舎街でひっそりと暮らしましょうよ。」


そうしたいが、そうもいかないんだ。


「……捕虜交換で帰国した軍人は3年間は退役出来ないルールなんだ。しかも安穏と過ごす時間では駄目で、それなりの戦果を上げねばならない。取り戻すのに支払った対価をペイ出来るまで、自由にはさせん、というありがたい配慮さ。」


曇る妻の顔、その頬をそっと撫でる。


「大丈夫だ。剣狼みたいな規格外の怪物はそうそういるものではない。少しばかり腕の立つ兵士ごときに私は負けんよ。」


「……はい。無事に退役する為に戦果を上げてください。今までもしっかり蓄えをしてきましたし、これからはもっと蓄えをしておきます。第二の人生に備える為に……」


「キミにいい暮らしをさせてやりたくて軍に入ったというのに、その軍を抜ける為に戦果を上げねばならないとは、皮肉な話だな。」


「あなたがいればいいんです。私はそれだけで幸せです……」


こんなにいい妻と巡り逢えて、私も幸せだよ。照れ臭いから口には出せないけれどな。


───────────────────


生きて退役する為に必要なのは、私の努力よりも上官ルーレットの当たり目だ。ここで悪い目が出れば、途端に雲行きが怪しくなる。


そして私は大当たりを引いた。もちろん、いい意味での大当たりだ。


「あなたがヘルゲン・シュテーリッヒ中尉、それにクラウム・クラインベック艦長ですね。私は薔薇十字ローゼンクロイツ総帥、スティンローゼ・リングヴォルト大佐です。」


「卿らが帰国出来たのは、ローゼ様の尽力があったからだと覚えておいてもらおう。これが新たな命令書である。」


薔薇の姫の隣に立つ真銀の騎士がそう言い、命令書を手渡された。


「書面にある通り、シュテーリッヒ中尉とクラインベック艦長は部下ごと薔薇十字に参入する事になります。異存はありませんね?」


「もちろんです!なあ、ヘルゲン。」 


姫様の御前だぞ、クラム。少しは畏まってくれ。


「ご恩に報いるべく、微力を尽くします。なんなりとご命じください。」


ローゼ姫の人徳を知らぬ機構軍兵士はいない。参入したがる兵士が引きも切らない薔薇十字に入れるとは、私にもツキが回ってきたのかもしれないな。


「クラインベック艦長には私の旗艦、「パラス・アテナ」の艦長に就任してもらいます。現在はスペック社から人員を借りている状態なので、早く自前の艦長とクルーが欲しいと思っていました。」


「マジで、いや、本当にですか!俺なんかが姫様の旗艦で舵輪を握っていいんですか!?」


「はい。逃げの技術に秀でた艦長を、と他艦の艦長達に推薦させたら、皆がクラインベック艦長の名を挙げました。」


「へ? 逃げの技術、ですか……」


「砲撃、進撃はともかく、回避機動には定評があるそうですね。ボク、いえ、私の……ああもう!ボクでいいや。ボクの船が落とされたら薔薇十字はお終いです。だから頑張って逃げてください!」


握り拳を固める姫様、その姿を肩に乗った小猿が真似る。


「お任せあれ!姫様の旗艦が落とされないよう、頑張って逃げ回ります!」


軍人として逃げの技術を評価されるのもどうかと思うが、本人が張り切っているのだから、水を差す必要はないか。しかしフレンドリーなお姫様だ。可愛らしい仕草を見ているだけで、命を賭けたくなってくる。この姫君は、天性の人たらしなのかもしれないな……


「ヘルゲン中尉には、実戦部隊を率いてもらいます。赤銅の騎士団団長、クリフォード中佐が直属の上官になりますから、詳しい話はクリフォードに聞いてね。」


「ハッ!」


「ところでヘルゲン中尉は剣狼と戦って敗れたそうですけど、彼はどんな兵士でしたか?」


「一言で言えば"規格外の怪物"でした。」


「詳しく話してみて。」


「後から知った事ですが、彼は御門グループの企業傭兵団を率いて増援に向かう最中でした。ですが間に合わないとみるや、旗艦一隻で戦場に急行し、戦局をひっくり返してみせました。大量殺戮に向いた邪眼の能力を見せつけて兵士達の恐怖を誘い、その間隙に自身と精鋭の部下を斬り込ませて、戦線を寸断したのです。ヒルシュベルガー中佐と私は、何もさせてもらえませんでした。挙げ句、撤退ルートも完璧に読まれ、挟撃される事態にもなりました。艦内の攻防において、私は彼に挑みましたが、為す術もなく敗れ、虜囚の身となったのです。その一騎打ちでも、勝負の形にさえなりませんでした。戦術でも戦闘でも完敗、高校の演劇部部長が銀幕の名優に挑んだようなものです。」


剣狼が私を殺す気であれば、とっくに死んでいた。早い話が最初から最後まで、手のひらで踊らされていたのだ。


「ヘルゲン中尉は剣狼に翻弄された、という訳ですね?」


「はい。機構軍軍人としては屈辱に歯噛みするべきなのでしょうが、ああまで見事に負けると、そんな気にもなれません。敵ながら天晴れ、と驚嘆する気持ちの方が強いです。」


「優れた敵手を尊敬出来る事は、軍人としての長所だと私は思います。ヘルゲン中尉、私はヒルシュベルガー中佐とは違いますから。格の違う相手に根性で勝て、などと無茶な事を言う気はありません。1週間後、首都を立って任地である自由都市マウタウに向かいます。身の回りの事はそれまでに済ませておいてください。」


新しい上官は、スイッチが入ると自然に"私"という一人称が出るらしい。愛らしい姫君だが、今見せているようにカリスマ性も兼ね備えている。上官籤の特等、と見て間違いない。


──────────────────


ローゼ姫に随行してマウタウに赴任、直属の上官であるクリフォード中佐も良き上官で、私や部下達によくしてくれる。僚友となったザップ大尉も有能で、薔薇十字に配属された私の軍人生活は一気に薔薇色になった。こんなに張り合いのある生活が送れるとは夢にも思わなかったな。公正な扱い、頼りになる僚友、そしてなにより、仕え甲斐のある上官。


最新鋭戦艦の艦長になったクラムも張り切っている。"あの時に乗っていたのが、このパラス・アテナなら逃げ切れていた。元の船もいい船だったが、この船には及ばねえ"と豪語していたが、本当に頼むぞ。まあ、あの時は断崖に挟まれた細路だったから、得意の回避機動も発揮しようがなかったのはわかっているが……


……3年後に私は退役しているだろうか。いや、薔薇十字に属したままなら、軍を去る気にはなれないだろう。フフッ、私も現金なものだ。退役したいと思っていた癖に、環境が変われば、ずっとここに居たいと考えている。


妻を残して戦死などしたくはない。だが、薔薇十字に身をおいて初めてわかったが、私は"命を賭けるに値する何か"を求めて軍に入隊したようだ。機構軍には幻滅したが、ローゼ姫なら世界を変えてくれるかもしれない。私の正直な気持ちを妻に話し、理解を得よう。



生きてローゼ姫の夢の成就を見届ける。それが叶わず死するとしても、私に後悔はないのだ、と。



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