暗闘編2話 囚われ将校、連ドラにハマる



「クラインベック艦長、そこの塩を取ってくれないか?」


艦長もモール付きの軍服から、カーキ色の囚人服への衣替え、か。配給食の載ったトレイと、軍帽代わりの作業帽をテーブルの上に置いたクラインベック艦長は、塩の小瓶を私のトレイに置いてくれた。


「ありがとう。収容所の食事に文句を言ってはいけないのだろうが、バイオメタル化した身にとっては、いささか味が薄すぎるのでね。」


妻の作ってくれた手料理が懐かしいな。レナはバイオメタル化して味の好みが変わった私に、工夫を凝らした料理を振る舞ってくれたものだが……


故郷の妻に累が及ばない事を祈る。今の私にはそれしか出来ない。


「どういたしまして。シュテーリッヒ中尉、俺は元艦長だよ。だからクラムでいいさ。」


艦長の愛称はクラムか。艦長のフルネームは確か、クラウム・クラインベック、韻を含んだいい名だ。


「だったら私もヘルゲンでいい。クラム、すまなかったな。私が決めた退路を剣狼に読まれ、この有り様だ。恨んでくれて構わない。」


「恨んじゃいないさ。ヘルゲンはあの状況で最適と思われる撤退ルートを考えた。残念ながら剣狼が一枚上手だっただけだ。」


一枚どころか数枚上手だよ。負けた事がない訳ではないが、手も足も出なかったのは初めてだ。


「軍事においては結果が全てだよ。面目ない。」


「なに、命は助かったんだ。俺もヘルゲンもツキが枯渇した訳じゃないさ。」


「どうかな? 戦場で剣狼に出くわすのは、十分ツイてないと思うが……」


「それ以前に、あんな上官の下に配属されたのがツキのなさだと思うがね?」


「全面的に同意するよ。あんな上官は収容所でどうされているものやら……」


「ここよりメシのマズい収容所に収監されたってよ。で、帰る見込みのない兵士達のイジメに遭って、涙で枕を濡らす日々を送っているらしいぜ?」


自分が畏怖されていたのではなく、名家の権威と権力に平伏していただけだと、学習されればよいがな。……ん?


「……なぜ、他の収容所にいるヒルシュベルガー中佐の様子を知っているんだ?」


「ここの職員に教えてもらったからさ。愛艦を無傷で引き渡す代わりに、剣狼と取引したんだ。俺達がこの収容所に収監されたのもそのお陰なんだぜ。メシが薄味な事以外は、悪くない環境だろ?」


ポテトサラダに塩をたっぷり振りかけながら、クラムは笑った。


「それはそれは。クラムには礼を言わねばならんな。」


「無事に帰れたら、一杯奢れよ?」


「もちろんだ。問題は帰れるかどうかだが……」


「ヘルゲンは捕虜交換で帰れるんじゃないか? なにせ「竜巻」の異名を持つ腕利きだ。もし帰る事になったらリリージェンにいるクラーネって女に伝言を頼みたい。俺はヘルゲンみたいに腕利きでもなければ、身代金を積んでくれる金持ちの親戚もいないんでね。」


「わかった。もしクラムが先に帰るとなったら、レナーテという女性に伝言を頼む。レナーテというのは私の妻だ。クラーネという女性はキミの妻かい?」


「いや、飲み屋の姉ちゃんだ。だが、俺の帰りを待ちわびているだろう。」


「そうか。クラムの恋人なのだな?」


「そうなって欲しいがまだそうじゃない。だが、"俺のツケを誰が払うのか"を、心配はしているだろう。おっと、遠慮せずに苦笑してくれりゃあいいぞ。」


お言葉に甘えて私は苦笑した。虜囚の身でも良い事はあるのだな。今日、友人が一人出来たぞ。


───────────────────


虜囚の身ながら友が出来た私は、機構軍広報部の嘘も暴いた。彼らは"同盟軍は捕らえた捕虜達に、非人道的な扱いをしている"と喧伝していたが、全くの嘘だったのだ。一ヶ月ばかりの収容所生活で得た戦果はその二つだけだ。


"全部の収容所がそうではないが、あんた方よりはマシな扱いをしているはずだ"と収容所の職員が言った通り、ここでの生活はそう悪いものではない。朝一で念真力を吸収する養液に浸かる必要はあるが、それ以外は自由なものだ。囚人の念心力を枯渇させておくのは警備上、当然の措置なので不満はない。私の部下達もこの収容所で生活しているが、軽作業の時間以外は自由に過ごせている。"ヒルシュベルガーみたいな上官のところに配属されるぐらいなら、ここで暮らした方がマシです"なんて言い出す者まで現れたのだから、部下達にも彼に対するフラストレーションが溜まっていたのだろう。


将校への配慮なのか、軽作業まで免除されている私とクラムは、食堂で珈琲など啜りながら、テレビに見入る余裕まである。


「ヘルゲン、チャンネルを変えていいか?」


「構わないが、見たい番組でもあるのか?」


「いや、3時からは「太腕繁盛記」を見たいがね。」


太腕繁盛記か。老舗旅館の若女将になった元兵士が、やり手の主計係だった手腕と物理的な腕力で傾いた旅館を立て直していく物語だ。クラムが好んで見ているから、私も付き合いで見ている。……そしていつの間にか、次回を楽しみに待つようになってしまった……


「クラム、まだ2時だぞ?」


「ああ、だがこのままのチャンネルだと、ヘルゲンの見たくない男が画面に映るぞ。」


私はテーブルの上に置かれている新聞のテレビ欄を見てみた。……同盟領の人気番組、「異名兵士の一日」か。今日の出演者は剣狼。元はローカル番組だったらしいが、好評を博して、今は公共放送の特番扱いだ。放映時間は1時間、そのうちの半分以上も時間が割いてあるあたり、新進気鋭のスター軍人は扱いが違うな。


「是非見てみようじゃないか。面白そうだ。」


「おいおい、剣狼はヘルゲンを半殺しにした男だろう。見たくもない顔じゃないのか?」


「彼がその気だったら全殺しに出来ていた。私をヒヨッコ扱いした男の私生活には興味があるよ。」


撤退ルートを読まれ、一騎打ちでも完敗を喫した。あの怪物がどんな私生活を送っているのか見てみたい。テレビ向けに脚色はされているだろうが、脚色の中からも真実は顔を出す。


「こうやって見ると、どこにでもいる普通の兄ちゃんっぽいんだがなぁ。戦場で見せる顔とはまるで別人だぜ。」


確かに。自分の領地で子供達と戯れる姿は、私と相対した時とはまるで違う。戦場では冷厳な凄腕軍人、私有領に帰れば心優しき領主様か。


「この番組にKって奴も出たらしいがな。あいつ最悪だぞ。こんな感じで子供と戯れた後に、石鹸で念入りに手を洗ったんだとさ。しかも石鹸を買ってきたスタッフに向かって"薔薇の石鹸じゃなければ駄目だ"と一発殴ってから買い直しを命令、オマケに"小動物と遊んだ後は誰でも手を洗うだろう?"と、嘯いたんだとか。"貴公子"なんて異名に反して、とんだ偽善者だぜ。」


……それが本当なら最悪の男だな。外見は貴公子然としたKの、醜い内面か。


「なぜそんな裏話を知っているんだ?」


「仲良くなったここの職員の従兄弟が、番組のスタッフだからさ。チェスで"とっておきの裏話"を賭けて勝負した時の戦利品。」


コミュニケーション能力が高い男だな。艦長はそのぐらいじゃないと務まらないのかもしれんが。


「剣狼にそんな裏側があるとしても、知りたくはないな。私を負かした男には、尊敬出来る雄敵であって欲しい。」


「醜い内面を隠してるかどうかはさておき、この絵面で見た感じじゃ、庶民派なのは確かみたいだがな。」


「なぜわかる?」


庶民が利用する定食屋で昼食を摂っているだけでは、庶民派かどうかはわからない。


「割り箸を口に咥えて割った。上流階級が板に付いた奴ならまずやらん。アジフライにウスターソースをドバドバかけるのも、な。」


「剣狼は軍に入るまで、コロニーシティの養護施設で育ったそうだ。庶民派なのも頷ける。」


「よく知ってるな。ヘルゲンもチェスをやるのか?」


「図書館で彼の戦記らしき本を読んだ。軍に入るまでの記述はそれだけしかなかったがね。」


正確には戦記ではなく、輝かしい功績を集めた記録集のようなものだが。昼食を済ませた剣狼は街角で待っていた友人と合流。二人は街を散策し、店の前半分が露店になってる衣料品店で、人形柄のジャケットを買ってその場で羽織った。そして買い食い、アジフライの次はフィッシュ&チップスか。フィッシュ&チップスはワインビネガーをかけてこそだと思うが、剣狼の友人はワインビネガーがお嫌いらしい。


「なかなかセンスのいいジャケットだ。土産に買って帰りたいが、収容所の売店には売ってなさそうだな。」


「クラム、土産も何も、私達が帰れるかどうか定かじゃないぞ。」


ツカツカと歩み寄ってきた職員が、敬礼してから話を切り出してきた。


「それがそうでもない。ヘルゲン・シュテーリッヒ中尉、クラウム・クラインベック艦長、所長室まで来て頂こう。あなた方の帰国について話があるそうだ。」


帰国の話だと!私達は国に帰れるかもしれない!……妻にまた逢える!!




……太腕繁盛記は再放送だったな。妻への土産になんとか持ち帰れないものか。官舎のリビングで妻と二人、太腕繁盛記をゆっくり見たいのだが……


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