新生編20話 プロポーズ大作戦


※今回のお話はカナタの親友、シュリ視点になっています。


どんなに夜更かしした翌日でも朝5時には起き、シャワーを浴びて、バナナと牛乳でカロリーを摂取してからロードワークに出掛ける。それが僕の変わらぬ日課だ。


朝焼けの基地、その外周を走っていると、上半身裸のボボカ・パレイノ少尉が木彫りのトーテムポールに向かって祈りを捧げていた。


ボボカはヴォヴォカと発音するのが正式らしいけど、みんなボボカと呼んでいる。そしてパレイノはファミリーネームではなく氏族名。彼は「パレイノ族のヴォヴォカ」、ネイティブアトラスの勇者だ。パレイノ族は昔、入植してきた開拓者達と激しい戦いを演じていたみたいだけど、今では開拓者の子孫であるカーチスさんの盟友で、「鉄腕」カーチスの率いるヘッジホッグの中隊長を務めている。


ボボカの逞しい背中には氏族の祖霊トーテムである大鷲の入れ墨が刻まれている。彼はパレイノ族の戦士長で、率いる部下も全員がパレイノ族の戦士達だ。恐れ知らずで、トマホークと弓を武器に戦うボボカとパレイノ戦士団は、ヘッジホッグのみならず、アスラ部隊にとって欠かす事が出来ない戦力なのだ。


「シュリか。朝から精が出るな。」


祖霊への祈りを邪魔したくないので、コースを変更しようとした矢先、背中越しに声をかけられる。


ボボカは野生動物よりも鋭い感覚を備えている。視力も聴力も8番隊随一、巨漢にも関わらず斥候兵としても優秀なので、カーチスさんは重宝しているだろう。


「祈りの邪魔をする気はなかったんだ。今日は「祖霊を称える日」だったんだね。」


「うむ。祖霊を称える、とても大事。少し待て。俺、祖霊から啓示を受ける。」


あぐらをかいたボボカは右手を左肩に、左手を右肩にあてて、地面に額をつけた。しばらくすると顔を上げ、あぐらを解いて立ち上がった。


「……運命の岐路に立つ男、現れる。汝、その男を助けてやるべし。祖霊のお告げ、俺、守る。」


……パレイノ族の祖霊様、スゴいな。僕の事までお見通しなのか。


「さあ話せ。俺、何を助ければいい?」


ボボカは翻訳アプリをインストールしているけど、仲間との会話では極力使わない。"翻訳アプリは便利だが、まことの言葉にはならない"という信念を持っていて、片言でも相手の母国語で話そうとする。


「覇国語がだいぶ上手くなったね。」


「そうか? 俺、まだまだ、思う。シュリ、どんな岐路に立ってる?」


「自分で解決するべき事だよ。気持ちだけはもらっておくね。」


素肌の上から軍用コートを纏ったボボカはブンブンと首を振った。


「気持ちだけ、ダメ。祖霊、啓示授けた。無視する、それ冒涜。さあ、話せ。」


ボボカは逃がさんとばかりに大きな手で僕の肩を掴んだ。これは朝からえらい難物に捕まってしまったぞ。


──────────────────


「ここ、「黄金の狼ゴールドウルフ」のサロン。来たの、初めて。なかなか、いい。」


ここの内装は全部、リリスのコーディネートらしいから、褒めるべきはカナタじゃないんだけどね。


「僕も使っていいって鍵をもらってるんだ。ボボカはカナタの事をゴールドウルフって呼んでるんだね。」


「ネイティブアトラス、渾名で呼び合う、普通。黄金の狼、俺、名付けた。カナタ、気に入ってる。」


う~ん、その言い方だと渾名をカナタが気に入ったのか、ボボカがカナタを気に入ってるのか、わからないな。


「じゃあボボカにも渾名があるんだよね? なんていうの?」


「俺の渾名、「荒ぶる大鷲ワイルドイーグル」、とてもいい名。シュリ、渾名、欲しいか?」


「いいのを考えておいて。珈琲でも淹れるよ。」


「珈琲いらない。クレイジーターキー、いる。」


「荒ぶる大鷲、朝から酒、良くない。」


「シュリ、物真似、上手くない。黄金の狼、見習え。」


クレイジーターキーを手に取ったボボカは笑いながら二つのグラスに酒を注いだ。


──────────────────


祖霊に誓って口外しないと言い張るボボカに根負けした僕は、事情を話してみた。


話を聞いたボボカは不思議そうな顔で、片言の覇国語を発する。


「伴侶を得る、とても、いい事。なぜ、迷う?」


「ボボカ、結婚は相手のある事なんだよ。断られたらどうする?」


「……シュリ、大丈夫か? ヒビキ、診てもらえ。」


「僕はどこも悪くないよ。メディカルチェックもちゃんと受けてる。」


「だったら、頭、悪い。祖霊、啓示授ける理由、わかった。」


他の人間にならともかく、嘘の嫌いなボボカに"頭が悪い"って言われると本当にバカなんじゃないかと思えてくる。


「僕ってバカなのかな?」


「バカもバカ。一番大事、手に入れたい、ハッキリしてる。なぜ迷う?」


「そうなんだけど……もし断られたら……」


「ダメだった。男磨く。また挑戦。俺、そうする。それが男、パレイノの戦士。俺の親父、決闘した。それで俺、授かった。シュリ、そうじゃない。」


「ボボカのお父さんって結婚相手を巡って決闘までしたっていうのかい?」


「……頼りたくないが、やむを得ん。シュリはホタルが好きで生涯の伴侶にしたい。その気持ちが本物なら、あたってみるべきだ。だいたいホタルがシュリをどう思っているかなど、育ちも文化も違う俺の目から見ても、明らかだぞ。」


意に反して翻訳アプリを使う事になったボボカは、不本意そうだった。


「……そ、そうかな?」


「絶対にそうだ。まだ運命の女に巡り逢えない俺からすれば、羨ましい限りだな。祖霊もシュリの背中を押させる前に、俺に運命の女を引き合わせてほしい。次の「称える日」には、そう願おう。」


「ボボカなら、きっと素敵な女性に巡り逢えるよ。」


「黄金の狼みたいに、巡り逢え過ぎるのも問題だがな。気のいい男で優秀な戦士だが、女が絡むとまるでダメだ。」


……それには同感。カナタは一体どうするつもりなんだろう。


────────────────────


"次の「称える日」までに結果を出せ。啓示に授かった俺には、結果を報告する義務がある。それが部族のルールだ"とボボカに念を押された僕は行動する事にした。ここ数日、あれこれ考えてみたけど、悩んでいても答えは出ない。これは僕が一人で決められる事じゃないんだから。


大丈夫、僕とホタルは心が通じ合ってる。万が一、ダメだったとしても、男を磨いて再挑戦するだけだ。


中隊長としての仕事はしっかりこなし、定時に帰宅。ホタルが夕食を作りに来るまでに、入念にシミュレートをこなしておくぞ!


「お帰りなさい、シュリ。今日は早かったのね。」


エプロン姿のホタルに出迎えられ、僕の計画はいきなり頓挫する。


「……ただいま。ホタルも今日は早かったんだね。」


「ええ。今日は午前中だけの訓練だったから。時間に余裕があった分、今夜の夕食は張り切ってみたわよ。」


本当だ。テーブルの上には凄いご馳走が並んでいる。もし断られたら、このご馳走ってどうなるんだろ……


「マリカ様にね、とびきり美味しいミートソースパスタの作り方を教わったの。さあ、座って。それとも先にお風呂にする?」


「いや、先に食事にするよ。ホタルも座って。」


「パスタは今から茹でるから、先に座っ…」


「いいから!ホタルも座ってくれ。大事な話があるんだ!」


椅子に押し付けるようにホタルを座らせてから、僕も椅子に腰掛ける。


「……それで、大事な話っていうのは……なに?」


じっと僕を見つめてくるホタル。頑張れ僕!言え!言うんだ!


「……え~とね。その、なんだ。」


ポケットから指輪の入った小箱を取り出して……しまった!僕とした事が花束を買ってくるのを忘れていたぞ!


「……シュリ、本当に私でいいの? 私はアギト達に……」


察しのいいホタルは、僕の言いたい事がわかってしまったらしい。そして……悩んでいたのは僕だけじゃなかった。ホタルだって悩んでいたんだ、僕よりもっと深刻に!ここで男を見せられないなら、僕に存在価値なんてない!


「キミじゃなきゃダメなんだ!!過去に起こった事なんて僕はなんとも思わない!僕が欲しいのはキミの未来だけだ!僕と共に過ごす未来をキミも望むのなら、この指輪を受け取ってくれ!」


両手で差し出した小箱を、ホタルは両手で受け取り、蓋を開けた。小箱の中で輝く宝石よりも美しい涙を浮かべたホタルは指輪を薬指にはめて、僕に見せてくれた。


「シュリ、"冗談でした"なんて言わないでね? もう本気にしちゃったからね? 絶対離れないからね? 私の身も心も、空蝉修理ノ助のモノだから……」


「冗談な訳ないだろ。僕の全てをキミに捧げる。……よかった。断られたらどうしようかと思った。」


「私が断る訳ないじゃない!私の事、信じてなかったの?」


「信じてたけど、僕にとってホタルは"世界の全て"だから。世界の命運の懸かったスイッチが自分の手に握られてたら、誰だって緊張するし、余計な事だって考えるさ。」


「リリスは"私と少尉以外の人類が滅亡するスイッチがあるなら、迷わず押す"って豪語してるけど。」


「絶対、リリスに世界の命運を預けちゃダメだね。せっかくの料理が冷める前に頂こう。おっと、まずは乾杯が先だね。明日は忙しそうだから、しっかり栄養を摂らないと!まずマリカ様に報告して、それから里のお婆様にも報告。お婆様に灯火一族と空蝉一族への根回しも頼もう。僕もホタルも一族本家の嫡子だから、どっちに輿入れするかで揉めかねない。」


「灯火一族には出来のいい従兄弟がいるから、私が空蝉家に嫁ぐのがいいわ。」


蛍雪けいせつさんか。既婚者で子供も二人いる。里を預かるお婆様の片腕で、マリカ様の信頼も厚い。


「わかった。そうしてくれるなら空蝉一族に異存はないはずだ。異存があっても知った事じゃないけどね。さあ、僕達の結婚に乾杯しよう。ワインの銘柄は何がいいかな……」


冷蔵庫のワインを取ろうと立ち上がった僕の手を、ホタルが握った。


「シュリ、食事の前に……お風呂にしましょう。」


潤んだ瞳のホタルに、僕はドギマギしてしまう。


「あ、ああ。先にホタルが…」


「……一緒に。私の体が汚れていないか。見て、触れて、確かめて……」


……まだホタルの心の傷は癒えてない。それを癒やすのは、夫である僕の仕事だ!


「もう結婚したみたいなものだから、僕は我慢しないよ。今まで我慢してた分、すっごい事をしてしまうだろう!恥ずかしいって言ってもダメだからね?」


「え!? さ、最初から激しいのはちょっと……」


「ダメです。もう僕は止められない。陸上戦艦を1ダース持ってきたって、止められないんだ!」


最愛の恋人、いや、妻の体を抱き抱えて、バスルームへと運ぶ。




僕の腕の中で顔を赤らめ、丸くなったホタル。この可憐で可愛い女の子が、僕のお嫁さんなんだ!



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