新生編19話 気恥ずかしさは希釈しよう



レイトショーを見終わったオレとシュリはビリヤード場に行き、二人で玉突きに興じる。この世界でも主流はナインボールだが、オレとシュリは4つ玉の方が好きで、二人で遊ぶ時にはもっぱら4つ玉で勝負している。


チョークで汚れた手で缶ビールを飲みながらの玉突き、手練れの工作兵で抜群の器用さを誇るシュリに、オレはまだ勝ったコトはない。


「はい、これでお仕舞い。また僕の勝ちだね。」


「降参だ。ビリヤードでシュリに勝つのは無理ゲーだな。ヤケ酒を飲みにいくけど、付き合うかい?」


「カナタの奢りならね。」


「勝負にゃ負けてるんだし、しゃあないな。何を肴に飲む?」


「鉄板焼きはどうかな? サクヤのお姉さん、蓮華さんって言ったっけ。鉄板焼きの店をやってるみたいだよ。」


「ああ、レンゲさんの店か。でも「此花」ガーデン支店は粉モノ屋じゃなかったっけ?」


「夜営業ではお好み焼きやタコ焼きだけじゃなく、鉄板焼きもやってる。なんでも"客単価の高い肉や魚介類がガンガンはけるのに、粉モノだけにこだわる必要ないですやん"って事らしい。」


さすが神難商人の娘、ちゃっかりしてやがるなぁ。


─────────────────


「いらっしゃい~!あら、シュリさんにエッチさんやないですか。」


此花の屋号の入った法被を着込み、頭に蓮華模様のバンダナを巻いたレンゲさんに、オレは注文する。料理の注文ではなく、呼び名についての注文だ。


「レンゲさん、その"エッチさん"って呼び方ヤメてもらえません?」


「サクヤちゃんかて"エッチくん"て呼んでますやろ? サクヤちゃんはようて、ウチはあきまへんの?」


「サクヤに言っても無駄だからです。今日改めてたって、明日には忘れてる。」


「せやねえ。サクヤちゃんは、ホンマに"アホのコ"やさかい。そしたら"エッチ様"とシュリさん、座敷席とカウンター、どっちがええです?」


……エッチ様かよ。サクヤと同じで"言うだけ無駄"なお人らしい。


「カナタ、座敷席にしよう。ここまで夜遊びしたんだから、徹底的にのんびりしたい。」


「そだな。レンゲさん、生中二つとぼっかけを。」


「はい、おおきに。今日は王味牛のええんが入ったんよ。自家製ワサビ醤油で食べたら、最高に美味なんは保証しちゃう。」


「いいね。ソイツも頼む。尾勢エビもあったりしないか?」


伊勢エビならぬ尾勢エビはシュリの好物なんだよな。


「あるに決まってますやん。シュリさんの好きなバタークリームで仕上げてみるわね。」


シュリのバタークリーム好きを知ってるってコトは、シュリ夫妻は何度かこの店に来たコトがあるみたいだな。


─────────────────


ジョッキを鳴らして乾杯し、ぼっかけをツマミにビールをグイグイ飲る。友と酌み交わす酒は、やはり格別だ。


「さっきの映画だけどさ、"温泉宿の女将が伝説の女ヒットマンだった"っていうのは無理がありすぎないか? だいたいあの女将、序盤で孵化したエイリアンの姿を見て、悲鳴を上げながら逃げ出してたし……」


「B級映画とはそういうモンだ。エイリアンキングとのラストバトルで絶対絶命になったヤクザ兄貴を救いに来た姿には感動しただろ?」


「唖然としたよ。腐食液すら防御する"防弾割烹着"とか、イカレてるだろ。それに"レーザー出刃包丁"とか……どんなヒットマンだよ。しかもエイリアンキングの死体から転がり落ちた卵を、仲居さんが拾うラストシーン……卵を産み落とすならキングじゃなくてクィーンだろ?」


細かいヤツだな。B級映画なんだから、そのあたりはどーでもいいんだよ。ノリと勢いだけで進行するのがいいトコなんだから。


「雌雄同体のエイリアンだったんだよ、たぶん。」


「どうせあの卵から新たなエイリアンが誕生して、馬鹿馬鹿しいバトルが始まるに決まってる。まったく、続編が公開されたらまたカナタに付き合わされて鑑賞する羽目になるんだ。」


「悪かった悪かった。今度は羅候の幹部連とでも見に行くから、そうボヤくな。」


「……見に行かないとは言ってない。」


おやおやぁ……ひょっとしてコイツ……


「いくら友達だからって、無理に付き合わせるのはよくない。続編はきっとあるだろうけど、シュリは誘わないって。」


「だから!見に行かないなんて言ってないだろ!カナタは本当にヒネてるな!」


「ヒネてんのはシュリだろ!続編を見に行きたいんだよな? 行きたいんだよねえ? ん~、どうなのかなぁ?」


「……この人間の卑しさを凝縮したような顔……マジで殴りたい……」


握り拳をプルプルと震わせるシュリ。オレの顔芸にイラつきマックスみたいだ。


「そこらで休戦しはったらどないです? 美味しいモンでも食べながら、ね。お酒はどないしはります?」


いい感じに熱の通った肉とエビを鉄板の上に置きながら、レンゲさんは仲裁人になってくれた。


「生中をお代わり。」 「僕は白ワインがいいな。銘柄はお任せで。」


「はい、おおきに。」


「グラスは二個持ってきてね。ビールを飲み終わったら、オレもワインを飲るから。」


「じゃあレンゲさん、ワインは肉にも合うのをよろしく。肉に合う白ワインは難しい注文だと思うけど。」


「大丈夫、ちゃんとお肉にも合う白ワインもあるんよ。ウチはソムリエ資格も持ってるさかい、泥船に乗ったつもりで任せとき!」


「レンゲさん、泥船だと…」 「沈むな、速攻で。」


「そのツッコミが欲しかったんよ。二人ともええ芸人さんになれるで。」


オレは芸人体質だけど、シュリはどうかなぁ。異名のない強兵は、一撃必殺の芸は持ってるけどね。


───────────────


酒は進み、顔の赤くなったシュリは、周囲を見回して人気ひとけがないのを確かめてから、おもむろに話を切り出してきた。


「じ、実はカナタ、僕は……指輪を買ったんだ。」


装身具型の武器は数多いが、指輪が一番メジャーだ。イヤリング型の爆弾ならモモレンジャーも使ってたな。


「何が仕込んであるヤツだ? まさか、毒じゃないだろうな? 毒の使用はパーム協定違反…」


「違う!そ、その……」


あ!指輪を買うって普通はそっちだよな!


「そうか!で、式はいつ挙げるんだ?」


「式もなにも、まだ買っただけで渡してないよ……」


「なにやってる!サッサと渡せ、とにかく渡せ、いいから渡せ!」


「……なんて言って渡したらいいと思う?」


「そんなもんオレが知るか!既婚者に聞けよ!」


ホタルが断る訳ないんだから、口上はなんだっていいだろうが!


「上手くいってオッケーしてもらっても式は挙げないといけないんだよね……」


「そりゃそうだろ。式の何が問題なんだ?」


「ほ、ほら。みんなが見てる前で……その……キスしないと……いけないじゃないか……」


……めんどくせえ……しゃあないだろ。結婚式ってそういうモンなんだから。


……!!……待てよ?


「シュリ、恥ずかしさを無くす方法はないが、1/3に軽減する方法ならあるぞ?」


「本当に!それ、どんな方法だよ!」


「数で薄めるのさ。結婚を考えてるご両人はシュリ達だけじゃない。ラセンさんとアスナさんもそうだし、ヒムノン室長とリカさんもそうだ。」


「室長もかい!?」


「ああ。今朝マリカさんから聞いた極秘情報によると、室長とリカさんは交際するコトになったらしい。ヒムノンママは室長に早く再婚してもらいたがってるから、突き方次第でイケるぞ。姉さんのお社の落成式も済んでるし、合同結婚式ってのはどうだ?」


「いいねいいね!僕とラセンさんが新郎の合同結婚式なら出席者の顔ぶれも似たような面子のはずだし!」


「室長もそうだ。ただし、当然ながら新婦達の同意が必要だな。オレはシグレさん&ヒムノンママ経由でアスナさん、リカさんの意向を確認してみよう。」


「頼む。僕はホタルを説得してみる。」


「シュリ、説得の前にまずプロポーズな?」


「……頑張る……」


頑張れ。シュリとホタルはかけがえのない親友だ。二人には最高に幸せになって欲しい。




合同結婚式になるか否かはともかく、慶事を取り仕切るのは龍の島最高の祭司である姉さんに頼もう。きっと我が事のように喜んでくれるだろう。



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