新生編18話 お嬢様はB級映画を見てみたい



朝っぱらから目の保養が出来たオレは11番隊の兵舎に向かい、午前は自己鍛錬、午後の訓練時間を使って課題の見つかった隊員への個別指導を行った。


四方八方から訓示の雨に打たれたガラクの天狗鼻は少し縮んだようだ。訓練後の演習では我を抑えてチームに献身し、いい働きをした。小天狗も少しは大人になったと思いたいな。


訓練を終えたオレは、ショッピングモールの戦術アプリショップを覗き、新商品が出ていないかをチェックしてみた。戦術アプリをインストール出来る容量は念真強度に準じる。世界で唯一、念真強度が成長する特性を持ったオレの念真強度は現在160万n、容量に余裕があるのだから、有用な戦術アプリがあればインストールしておきたい。


めぼしい戦術アプリが見つからず、ショップを出たオレの視界に、少年を伴って散策する少女の姿が映った。


「イナホちゃんにライゾーじゃないか。散歩の途中かい?」


「八熾の当主様、散歩ではなく、基地内の視察です。」


「お館様、ボクは視察のお供をしています!」


「なるほど、視察だったか。ライゾー、視察の最後に開発室に立ち寄れ。前に話した防電手袋の試作品が完成したらしい。防電機能だけでなく、各種の便利機能を備えた品らしいぞ?」


「ボク専用の手袋ですか!「専用武装」と呼ばれてる品ですよね!」


正確には専用武装というより、シズルさんの手袋の小型模倣品なんだが。なにせ子供用の武装なんか一般品として存在してないからな。リリス用の装備みたいに特注で作るしかない。


「雷蔵、視察を中断して開発室へ赴きましょう。私、雷蔵の専用武装を見てみたいわ。」


「はいっ!ボクもイナホ様に見て頂きたいです。」


姉さんがこっそり教えてくれたのだが、イナホちゃんが弟みたいな話相手を欲しがったのは、オレと姉さんの影響らしい。出来た少年であるライゾーはオレと違って非合法組織、おっぱい革新党みたいなのを結成したりしないだろうし、いい弟的衛士になれるだろう。


「ライゾー、向かいのケーキ屋で開発室のスタッフに差し入れを買っていけ。釣りは視察の経費にすればいい。」


オレは一万クレジット札をライゾーに握らせ、ケーキ屋を指差した。


「ありがとうございます!イナホ様と映画館に視察に行く予定だったので、渡りに船です!」


映画館か。何か新作でも上映してるのかね?


「雷蔵、開発室で専用武装を受け取り、その後で映画館に視察に行きましょう。上映時間までの丁度いい時間潰しになりそうです。」


「はい!イナホ様、ボク、「エイリアンVSヤクザ」は是非とも見たかった映画なんです!」


エイリアンVSヤクザ? なんだその、これぞB級って感じのタイトルは!


「うふふ、雷蔵と私は気が合いますね。とても楽しみですわ。」


「イナホちゃん、ちなみにその映画って、どんなあらすじなの?」


「え~と、敵対組織との抗争に勝利した任侠団体の皆様が、疲れを癒やす為に温泉旅館に宿泊されていました。その旅館が温泉卵を作る為に仕入れた卵にエイリアンの卵が混じっていて、孵化してしまったエイリアンと任侠団体の皆様が、血で血を洗う激闘を演じる。確かそのような内容だったと記憶しています。」


タイトルからしてB級映画だとは思ったが、思った以上にB級だった。


「お館様、これが予告編です!」


ハンディコムを操作したライゾーが、プロモーション映像を見せてくれる。


「兄貴~、コ、コイツ、チャカが効きまへんで!」


「上等じゃい!ヤクザもんの喧嘩はのう、ドスでやるんじゃ、ドスで!おうコラ、央球外生命体!他人さんの縄張りでデカい顔すんなや!」


惑星テラは漢字表記じゃ"央球"になるんだよな。語呂は地球外生命体のがいいと思うのに残念。


「この星はワシらの縄張りじゃい!タマもらうでぇ!」


温泉旅館の浴衣の袖をまくり、ドスを抜いたヤクザ兄貴がエイリアンに突進する。体ごとぶつかるようにドスをエイリアンの土手っ腹にぶっ刺したヤクザの入れ墨ボディに腐食性の体液がかかり、火傷を負わせた。


「ギシャアアアアア!」


「ダボが!能書きは現地の言葉で謳わんかい!意味わからんやろ、コラァ!」


ヤクザ兄貴はエイリアンを蹴飛ばしてドスを引き抜く。廊下に転がったエイリアンを大型エイリアンが踏み付けて殺し、鉤爪をかざす。ドスを構え直したヤクザ兄貴は不敵に笑った。


な、なんだ、このアホ臭さを極め切った映画は……ヤバい、超見たい……


「八熾の当主様、面白そうな映画でしょう?」


「……確かに。なにも考えずに見れそうな映画だ。」


むしろ真面目に考えながら見たらバカを見るに違いない。B級映画とはそういうものだ。誰かを誘ってオレも見に行くとしよう。


───────────────


「それでなんで僕なんだよ。」


突然呼び出された友は、映画のタイトルを聞き、顰めっ面になった。


「シュリ、「エイリアンVSヤクザ」だぞ!タイトルを聞いただけで見たくならないか?」


「むしろタイトルを聞いただけで、見なくても十分って気分になったけど……B級映画だろ?」


わかってないな、友よ。B級映画の怖さは展開の読めなさにあるんだよ。


「B級映画こそ見ないといけないんだよ。大作映画の方が見なくてもあらすじが読める。例えばだ、脱出系のパニックムービーで、施設の責任者やスポンサーの金持ちやらはどうなる?」


「死ぬ。しかも割と早い段階で。」


「スポンサーの娘で場違いドレスを着た金髪美女と、施設のメカニックをやってるイケメンはどうだ? もちろんこのイケメンメカニックは、無駄に体が鍛えられてる。メカニックじゃなくて警備兵やった方がよくね?ってくらいにな。」


「脱出するのはその二人だね。」


「序盤で嫌なヤツっぷりを発揮してた男が、脱出の障害を取り除く為に"僕が行こう"なんて男気を見せたら?」


「死ぬね。障害そのものは除去出来るけど、生還は出来ない。」


「途中で子供を拾ったら?」


「その子は大丈夫。イケメンと美女に連れられて脱出出来るよ。」


「な? 大作映画の方が展開が読めるんだよ。大作だけに王道を行くからな。ところがB級映画だとそうはいかない。"え!? おまえがここで死ぬのかよ!"みたいな展開がしょっちゅうだ。観客の予想を外すコトだけに全精力を傾けてる脚本家までいるぐらいだから。」


「……それだと話が無茶苦茶にならないか?」


「なるに決まってる。「怪奇!宇宙ザメがやってきた!」って映画は、エイリアン侵略モノとサメ映画のミキシングという、食い合わせの極地みたいな作品だったが、オチが凄いぞ。」


「どんなオチなんだ?」


「宇宙から飛来した巨大ミュータントシャーク軍団と、人類&アンドロイド軍団が対決する映画なんだが、勝者は出なかったんだ。」


「なんで?」


「シャーク軍団と人類は共倒れ。アンドロイド軍団が生き残ったんだが、仕えるべき相手を喪失したアンドロイド達は、目的を失って全員自爆。壮絶だろ?」


「なんの救いもないじゃないか!脚本家はその映画にどんなメッセージを込めたかったんだよ!」


「作品に託した想いとか、伝えたいメッセージとか高尚なモンがB級映画にあるかよ!だが、だからいいんだ。むしろ娯楽としての映画、という観点から見れば、実に正しい姿勢だ。という訳で、行こうか。」


「何が"という訳で"なのかよくわからないけど、カナタが何が何でも僕を連れてゆく気なのはわかった。……仕方ない、付き合うよ。」


諦め顔のシュリを連れ、オレはスキップしながら映画館へと向かった。


──────────────────


レイトショーが始まる前の映画館には見知った顔が、何人かいた。


「おー、ボーイにシュリも見に来たのか。」 「アンちゃんの好きそうな映画だと思ったぜ。俺ッチもこういうのは大好きなんだけどよ。」


キング兄弟にサンピンさんにウロコさん、4番隊の幹部連が揃い踏みかよ。まあ、何も考えずにただ人を斬るのが生業の羅候には、B級映画は似合ってるけどさ。


「シッシッシッ、元博徒としてはヤクザ映画は見逃せやせんねえ。」


サンピンさん、これはヤクザ映画のカテゴリーには入んないと思います。カテゴライズするなら「バカ映画」ですよ。


「ほら、ポップコーンを買ってきてやったよ。映画を見るには付き物だからね。」


ウロコさんからポップコーンを受け取り、口に入れる。映画館で食べるポップコーンって、なんだか美味しく感じるよなぁ。


(カナタしゃん、ボクにも頂戴でしゅ!)


ウロコさんの大きく開いた胸元から、ハクが顔を出した。……おいおい、なんつー羨ましいトコに挟まってんだよ。


「ハクもポップコーンが欲しいのかい? よしよし、アタシが食べさせてやる。はい、あ~ん。」


胸の間に挟まってる小蛇に、ポップコーンを食べさせてやるウロコさん。ハクを溺愛してるだけあって、この可愛い生き物には、とことん甘い。しかしポップコーンってトウモロコシだよな。肉食の蛇が食っていいものなのか?


シュリもそこが気になったのだろう。そして気になったコトはそのままにしておかないのが、シュリの性分だ。


「ウロコさん、ハクに食べさせていいんですか? 蛇は肉食でしょう?」


「ヒビキの話じゃ、バイオメタル化した動物は、元の食性に左右されなくなるらしい。要はカロリーさえ摂取出来ればいい、アタシらとおんなじさ。肉食動物でも、植物を分解出来るように胃液や胃壁が変化してるんだとよ。」


うへえ、バイオメタルってマジで万能だな。


「おっ、そろそろ上映時間だぞ、ボーイ。」


「いよっし。楽しみだぜ~。」


「……本当に楽しめるといいんだけど……」


この期に及んでも懐疑的な友を引き連れ、オレは意気揚々とシアターに入る。




「エイリアンVSヤクザ」、タイトルからして香ばしいこの作品は、きっとオレの期待を裏切らないはずだ。



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