新生編16話 尻尾と指で通じる心


今回もマリカ視点のお話です。


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ヒムノンママを官舎に送り届け、アタイは自室へ戻った。他人様へのお節介はここまでにして、自分の事をやんないとねえ。まずはシャワーを浴びて身綺麗にしてからっと。


昼の間に買い出しておいた材料を冷蔵庫から取り出し、背嚢に入れる。おっと、替えの軍服を先に入れとかないとねえ。軍服を下に、食材を入れた買い物袋は上に、と。これでよし。問題はここから、寝間着と下着のチョイスが重要だ。


カナタはアタイには赤が似合うと思ってるし、アタイもそう思う。アイツを男にしてやった夜も赤の寝間着を着てたしねえ。よし、やっぱり寝間着は赤にしよう。下着はどうするか……


アイツはアクセルとつるんで"おっぱい革新党"なんてイカレた組織を立ち上げたおっぱい馬鹿だ。だったら……ノーブラってのが一番効果的なんじゃないか?


よし!下は黒で、上はノーブラ。これで攻めてみよう。


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ノーブラ寝間着という出で立ちの上から軍用コートを羽織り、背中には背嚢。そんなナリで深夜の基地を徘徊するたぁ、アタイもとんだ痴女だねえ。


そして痴女だけにストーカーもやる。独身官舎の壁を重力磁場発生装置を起動させた足で上り、カナタの部屋の窓まで到着、と。壁に張り付いたまま、超小型ファイバースコープを使って、"てめえンち"を拝見だ。


カナタは、狭い部屋の卓袱台にツマミを置いて独り酒の最中か。いや、ご相伴に預かってるのがいるな。卓袱台に乗ってるちっこい白蛇は、トゼンのとこのハクだ。小蛇とアニマルエンパシーでお喋りしながら飲んでやがるたぁ、アイツの交友関係はどうなってんだ? ボッチの反動とやらで交友関係を広げるのはいいが、友達の輪を広げ過ぎだろ……


……ふ~ん、ウロコが溺愛してるだけあって、なかなか可愛い白蛇じゃないか。チロチロ舌を出し入れしながら体を使ってハートマークを描いたり、マルやバッテンを作ったり、相当賢いようだ。これなら話相手にもなるだろう。ハクにしてみりゃバイオメタル動物と会話出来るカナタは、いい友達なのかもねえ。


寝酒を飲みながらのお喋りを終えたカナタは、卓袱台の上にティッシュペーパーで寝床を作ってやり、ハクは真っ白な体を真っ白な紙の中で丸めてお休みする。


部屋の電気が消えて暫し、カナタの寝息が聞こえてきたぞ。そろそろ行動開始……と、玄関から足音を忍ばせて不法侵入してきたちびっ子アリか。暗い室内に蒼く輝く瞳、暗視装置ナイトビジョンを作動させた不法侵入者は、卓袱台の上のウィスキーを一口飲ってから、当然のようにパイプベッドに潜り込んだ。


二つの寝息が聞こえる室内にまた侵入者、壁の穴に詰められたクッションを押しのけ、芋虫みたいに匍匐前進してきたのは妹だった。ナツメめ、寝床に入る前にカナタの頬にキスまでしやがるたぁ、ずいぶん積極的じゃないか。それ以上の事をやったアタイが言う事じゃないかもしれないけどさ。


小娘二人に遅れは取れない。変位性戦闘細胞を仕込んだ髪を一本伸ばし、窓の間から滑り込ませて鍵を開ける。気配を殺したアタイは室内に侵入したが、感覚の鋭いナツメは開いた窓から入る僅かな風も見逃さなかった。パチリと瞼を開けた妹と目が合い、頷いたアタイ達は即座にグータッチ。そこからジャンケンに移行する。最初はグー!ジャンケンポイ!あいこでしょ!よし勝った!


(んじゃ、アタイが後ろな? ナツメは前だ。)


カナタを起こさないように、テレパス通信で妹と会話する。


(むう。姉さんの巨乳を背中越しに味わったらカナタはメロメロになっちゃいそうなの。)


それを狙ってノーブラで来てンのさ。ナツメとリリスにはない武器、大人の色香で勝負させてもらうよ。


(しかしナツメ、ま~た純情屋のシオンが五月蝿そうだねえ。)


昨日の今日だからな。さぞかしがなり立てるに違いない。


(だったらシオンも共犯にしちゃえばいいの。今夜、シオンは同い年の仲間と女子会をやってたはずだから泥酔してるはず。寝ぼけまなこのシオンに私が"眠れないから一緒に寝て"って言えば、誤魔化せるよ?)


ナツメの部屋はカナタの隣、素面のシオンならともかく、泥酔してンならいけるかもな。


(よし、それでいこう。ナツメ、任務開始だ。)


(ラジャーなの!)


寝床を這い出したナツメは、首尾良く半分寝たような状態のシオンを連れて戻ってきた。


「シオン、ゴメンね。今夜は悪い夢を見そうな気がしたの……」


「……ふあぁぁ……いいのよ、ナツメ。悪い夢を見そうな時は……あふ……一緒に居てあげるわ……」


よしよし、騙されてる。今夜は同じ悲しみを背負う二人で、いい夢を見な。二人を前に進む気にさせた男の傍でな。


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「隊長、これはどういう事なんですか!」


陽光の眩い室内、卓袱台を囲んで座る女四人と男一人。真っ赤な顔で正座したシオンは、胡座をかいたカナタを詰問する。


「……あの~、シオンさん……目覚めたらこうなってました、としか言えないんですが……」


だよねえ。ま、アタイらをこんなにさせといて、答えが出せないカナタが元凶と言えなくもないが。


「シオン、カナタを責めるのはお門違いだろ? アタイらが勝手にやってる事だ。」 「なのなの!」


アタイら姉妹の言葉にシオンは憤慨する。


「私を含めないでもらえますか!私はそんなふしだらな行為に…」


いい子ぶろうとするシオンにリリスがツッコむ。


「少尉に足まで絡めてお休みしてたシオンが言う?」


いくら足関節が得意でも、眠ってまで格闘技の練習してた訳じゃあないよねえ?


「リリス!そもそもあなたが隊長のベッドに潜り込んでるのを、ナツメが真似し始めたのよ!」


卓袱台の上で女どもの顔を代わる代わる見上げていた小蛇ハクが、カナタをじっと見つめた。


「とりあえず朝メシにしよう。ハクが"お腹が空いたでしゅ"だってさ。」


カロリー消費の激しいバイオメタル、腹が減っていたのは全員だった。かくして休戦協定は結ばれる。


この不毛な戦争を終わらせた救世主は、クルクル尻尾を回して、嬉しそうだった。


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「朝っぱらからミートソースパスタぁ? マリカが肉食系なのは知ってるけど、私達は……違わないか。」


献立の順序を考えそうなリリスを除いて、ミートソースの匂いに夢中だねえ。


「ナツメ、赤ワインを取っとくれ。背嚢の中に入ってっから。」


「あい、姉さん。……めちゃ旨の気配……ちょっと食べてもいい?」


「お預けだ。ちゃんと出来上がるまで待ちな。シオン、サラダは任せていいか?」


「はい。本当に美味しそうですね。楽しみです。」


ああ、楽しみにしてな。コイツはアタイの自慢の一品なんだからな!


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カナタは能書きとハッタリ、シオンはお小言、ナツメは甘え、リリスは毒を吐く為に口を使っている。だがコイツらもようやく思い出したらしい。口は"旨いものを食う為にある"のだと。


ま、今のアタイの口は愛を囁く為にあンだがな。しっかし、元部下相手の色恋沙汰は面倒だねえ。何をやっても元上官が立場利用してるみたいに見えちまうし、オマケにアタイはカナタより4つも年上だし……


歳はともかく、カナタにはアタイと同期で軍に入隊して欲しかった。そうすりゃアタイももっとアグレッシブにガンガンいけてたのに。"女を教えてやる"なんて口実で関係を持たずに、ちゃんと……


……アタイらしくもないねえ。それにこれはカナタの嫌いな"たられば話"だ。経緯はどうあれ、アタイ達は出逢った。それでいい。


口本来の役割を思い出した4人は貪るようにミートソースパスタをがっつき、パソコン机に頬杖をついたアタイはその様子を見守る。やれやれ、悪魔チビは夢中にゃなってるみたいだが、水を含んでから真剣な目になった。この天才は、さっそくミートソースの分析を始めたみたいだねえ。こりゃパクられンのも時間の問題かな?


小皿に載せたカット済みの肉団子をハミハミするハクは、コッチを見て尻尾でハートマークを描いてみせた。アタイ自慢の一品は、蛇の味蕾も満足させたらしい。


ン? ハクの奴、ハートマークをほどいて、尻尾の先でカナタを指差、いや、尻尾差した。そンでこの意味有り気な目。雪風もそうだが、バイオメタル化した動物は感情が目に出るようになるみたいだねえ。ンで、またも尻尾で描くハートマークときたかい。……こりゃ驚いた。


この小蛇、アタイの気持ちが分かってンのかい。人間様の3バカよりも、よっぽど機微に聡いじゃないか。将を射んとすれば、まず馬から。とりあえずは4番隊のアイドルを味方に付けとこうか。





カナタと娘達の視線が皿に集中してる事を確認してから、アタイはグループアイドルみたいに両手の指を使ってハートマークを作り、ハクに見せてやった。



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