新生編15話 姉御はつらいよ


前回に引き続きマリカ視点のお話です。


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「……あの、マリカさん。少し私の話を聞いて頂けませんか?」


リカルダ・カーマンは地味服を着ていても見栄えはする。ここに来る前は夜の街を舞う蝶だったらしいから、その名残なのかもな。……いや、生来の美人なだけか。頭に"薄幸"が付く美人だが……


「嬢ちゃんは、ここじゃあリカって呼ばれてるんだっけな?」


年下とはいえ、嬢ちゃんは失礼かな。確かアタイとは一つか二つしか歳は変わんなかったはずだ。


「はい。マリカさんにも愛称で呼んでもらえると嬉しいです。」


「じゃあリカ、相談事ならアタイじゃなくてシグレの方がよかないかい?」


「シグレさんに相談したら、"そういう話ならマリカに聞いてもらった方がよい"と言われたんです。それで…」


既に相談済みか。……そりゃそうだ。相談するならまず、口の固い人望の塊を選ぶだろう。


「シグレからパスされたんじゃあ、むげに扱う訳にもいかないねえ。なんの話か知らんが、聞かせてもらおうじゃないか。時間も時間だし、一杯飲みながらな。」


「ありがとうございます!でも私、お酒はもうやめたんです。飲むと水商売クラブで働いていた頃を思い出しちゃうから。」


「犯罪歴だってンならともかく、過去の自分を全否定する必要はないと思うがねえ。」


「……そうでしょうか?」


「言っとくがね。リカの生い立ちなんか、ここじゃあ可愛いもんなんだ。トゼンやウロコなんざ、用心棒と女任侠やってたんだぞ? トッドにしたってそう。ヤバい半生、いや、4分の1生を送ってきてる。裏街道じゃハンパ者のリカが、いっちょ前に深刻面すんな。」


「は、はぁ……裏街道のハンパ者、ですか。」


ハンパ者どころか駆け出し以下さ。トゼンにウロコ、トッドの闇社会上がり三人衆は、軍人やる前から随分人を殺めてきた連中だ。詐欺師未満のリカなんざ、足元どころかスネ毛の一本にも及んじゃいない。


「とにかく、おまえの過去なんざ誰も気にしちゃいないって事さ。小物が小さな過去でウジウジ悩むな。リカつながりのアタイが言うんだ、間違いない。」


「はい!そういえばマさんも、リカなんですよね!」


まだ笑顔が固いな。このコの性格パーソナリティーは"気丈さのないシオン"といったところか。つまりはただの"尽くしたがり"だ。ダメ男に寄り添えば、ダメさ加減に拍車をかけるタイプ。シュリの話じゃ、未遂に終わった詐欺だって、ダメ男に唆されたせいらしいしな。


「ちょいとばかり長く生きてる人生の先輩様は、偉そうにそんな事をのたまった、と。」


「うふふっ。マリカさんに相談に乗ってもらえて良かったです。」


「その台詞はまだ早い。人格者のシグレと違って、アタイは容赦がないンだよ? 話とやらはプライベートサロンで聞かせてもらおうか。」


アタイはリカを伴って、部隊長官舎に併設されているサロンに向かった。


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「ここが部隊長だけが持つ事を許されるプライベートサロンですか!豪華な造りなんですね!」


サロンに入ったリカは部屋の中を見回し、感嘆という感想を述べた。アタイのお気に入りの空間を、リカも気に入ってくれたらしい。


「欠点としては飾ってる絵画が、特殊強化ガラスの中だって事かねえ。」


「高そうな絵ですものね。用心は必要です。」


「用心の為じゃない。アタイが喫煙家だからだ。煙草の煙で絵が傷んだら、精魂込めて描いた画家に失礼だろ? ま、座ンな。」


カウンター席にリカを座らせ、アタイは椅子を片手にミニカウンターを跳び越し、中に座る。


バーボンと水をカウンターに置いてから煙草に火を点け、リカの相談事をプロファイルするか。つーか、考えるまでもないよねえ……


となりゃあ、解決策は一つだな。カウンターの内側に座ったのは正解だった。


「リカ、おまえはヒムノンに本気なんだね?」


「……はい。でも私は中佐さんからお金を騙し取った女ですから……」


やっぱ恋バナかよ。アタイは他人ひとの恋愛相談に乗ってる場合じゃないンだけどねえ。愛しい年下男をどうやって落とすか、誰かに相談したいくらいなんだが……


「ホモ疑惑の浮上したシュリカナコンビから話を聞いたが、騙しちゃいない。リカのホラ話をヒムノンは見抜いていただろ?」


「……騙そうとした事実は消せません。」


「そりゃそうだ。じゃあ諦めるンだね。」


「………」


やれやれ。人間ってのはなんで"答えは分かりきってる"のに前に進めねえんだ。アタイは"優柔不断"は嫌いじゃない。大切に想う対象が多くて、その存在が重すぎるから答えを出し切れないってだけだからな。だが、分かりきってる答えに素直になれない奴は、見ててイライラするンだよ!


「諦められないならウジウジすンな!リカルダ・カーマンは金を毟り取ろうとした相手、オルブリッヒ・ヒムノンに惚れちまった!そうだな!」


「……私なんかが中佐さんを…」


「ウジウジすンなって言っただろ!同盟最弱兵士でガリ勉モヤシの、見た目も冴えないバツイチ中年に惚れたのかって訊いてンだよ!どうなんだ!」


「はいっ!私は中佐さんを好きになってしまったんです!心から愛しています!」


アタイの緋眼は人の心に灯った炎が見える。……この炎は……本物だ。さぁ、風を送ってやるから、もっと燃やしてみな!


「そうかい。だけどヒムノンとおまえは20も歳が離れてるな?」


「……18です。歳の差があったらダメなんですか?」


「いンや、歳の差カップルなんて世間には溢れてる。だけど、もっと若くていい男を捕まえられるかもしれないぞ? あのどじょう髭はルックスも腕力も人並み以下だしな。」


「見た目や喧嘩の強さなんて男の価値には無関係です!中佐さんよりいい男なんてどこにもいません!」


おうおう、だいぶ炎が燃え上がってきたねえ。もういっちょ、たたみかけとくか。


「ヒムノンには車椅子生活を送ってる母親もいるぞ? マザコンのオッサンなんかより…」


「中佐さんはマザコンなんかじゃありません!中佐さんのお母様は、早くに旦那さんを亡くして、女手一つで中佐さんを育てる為にさんざん苦労されたんです!孝行息子の中佐さんが、そのお母様を大事にされて何が悪いんですか!親に恩返しも出来なかった私よりよっぽど立派です!」


戦災孤児のリカに親への恩返しは無理だろ。未遂に終わった詐欺の件といい、このコは必要以上に抱え込むタイプだな。


「じゃあヒムノンと所帯を持ったら…」


「当然、私がお世話します!私のお母様になるのですから!」


「リカ、悩みは半分解決したな。経緯いきさつはさておき、おまえはヒムノンに本気で、諦める気はない。」


「はい。ありがとうございます。百戦錬磨のマリカさんに、男性の心を射止める方法もアドバイスして欲しいのですけど……」


百戦錬磨どころか、今、初陣に臨んでるトコなんだよ!まったく、いい女ってのも良し悪しだねえ。みんなしてアタイが、恋愛にも百戦錬磨の猛者だと思ってやがる。


「ヒムノンを射止める魔法があるンだが、聞きたいか?」


「はい!そんな魔法があるなら是非教えてください!」


「だが、その為にはこのバーボンを水割りでらなきゃならないンだが?」


「マリカさん、私、お酒は…」


「ヒムノンはロックタウンでクラブホステスやってたおまえと、楽しく飲んでいたらしいじゃないか。うまくデートに誘えても、一切アルコールに手を出さないつもりか? そんな不自然な関係が長続きするワキャないだろう。」


リカはおずおずと水割りを手に取り、顎の下まで持ってゆく。


「……さあ、飲みな。そして飲酒と一緒に過去の自分も認め、許してやれ。親を亡くしたおまえは流れ流れて水商売に足を突っ込み、悪い男に唆されてヒムノンから金を騙し取ろうとした。……でもな、それが二人の出逢いだったんだ。底意地の悪い神様は、そんな捻くれた道で……運命を導いたのさ。」


薄目の水割りを飲み干したリカは、ふうっとため息をついた。


「久しぶりのお酒……美味しいです。中佐さんと一緒なら、もっと美味しいんでしょうね……」


だろうな。アタイもカナタと飲む酒が一番旨い。


「マリカさん、水割りを飲みました。魔法を教えてください。」


「魔法はもうかけた。そろそろ効果が現れるはずだ。」


「魔法をかけた?……それってどういう…」


静かにドアが開き、母を乗せた車椅子を押したヒムノンがサロンに入ってきた。


「中佐さん!!それに中佐さんのお母様まで!マリカさん、これは!」


アタイは魔法のタネ、左手に握ったハンディコムをリカに見せてやった。


「ま、こういうこった。今の話、ヒムノンとヒムノンママは全部聞いていた。」


リカが兵士だったら死角の動きにゃ注意を払うようにって忠告するとこだが、ガーデン食堂のウェイトレスだからねえ。カウンターの内側に座ったのは、そういう訳さ。


「……え、え~と、リカルダ君。わ、私はだね……」


「おや愚息。おまえは"リカ"と呼んでたはずだよねえ?」


「母さんは黙っててください!……その、なんだ、なんと言えばいいのか……」


赤面するどじょう髭を暖かく見守る母。アタイのお袋もあんな目をしてたっけな……


「若い二人、いや、男の方は若くもないねえ。とにかく二人でゆっくり話をするんだね。マリカさん、すまないが官舎まで送ってもらえるかしら?」


ヒムノンママは笑ってそう言った。赤面する息子の様子は十分堪能したらしい。


「オーケー。ヒムノン、リカ、あとはおまえらで決める事だ。ここの鍵はテーブルに置いとくから、明日にでも返しとくれ。」


ひとっ飛びで車椅子の背後に回ったアタイは、ハンドルを握り、サロンの出口へ向かう。


出て行く間際に、ヒムノンママは近未来の嫁に言葉を投げかけた。


「リカさん、愚息は出世の為に愛してもいない女と結婚してバツイチになった。親としては愛のない富貴な生活なんかより、貧しくても幸せな家庭を築いて欲しかったというのに……そんな馬鹿な息子ですが、可愛い我が子に違いはないの。そして私は貴方にも幸せになって欲しいわ。二人でよく相談してみてね。」


「はい。中佐さんのお母様、ありがとうございます。」


近い間に、"中佐さんの"は省く事になンだろうねえ。そしたらリカは薄幸美人からただの美人になるって訳だ。




リカの悩みは電光石火、即断即決、即解決出来たねえ。アタイの恋愛相談室に実績も出来たし、八方めでたしだな。


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