新生編12話 少年は任務を拝命する



優秀な家臣団の手を借りて、なんとか"殿様稼業"を務め終えたオレはガーデンに帰る為に専用バイクを停めた駐輪場へ向かう。


はよ、市井の一市民に戻りたいわ。なんの因果で殿様だの軍人だのやってんだよ。戦争をサッサと終わらせて、家督をシズルさんに押し付けて~……その後どうするんだ?


……考えてみりゃ、オレに大した能なんてないぞ。そうだ!姉さんに頼んで御門グループの適当な閑職に回してもらおう!フフッ、天下りした偉いさんみたいな生活を、送らせてもらおうじゃないの。燃えてきたぜ。オレは楽をする為なら、一切の妥協なく前進出来る男なのだ。


「お館様、ガーデンまでお送りさせて頂きます。」


バイクに跨がったオレに、シズルさんの右腕、角馬牛頭丸が声をかけてきた。


「いいよ。一人で帰れる。牛頭さんだって議員の仕事があるだろ?」


「領民議会は3日後からですから。それにどのみちガーデンに行かねばなりません。俺は第二中隊の副長でもありますから。」


「そうか。シオンが牛頭さんを褒めていたよ。」


「美人に褒められて悪い気はしませんな。将来の奥方様になるかもしれない方ですし、ね?」


「牛頭さん、殿様をからかって楽しいか?」


「滅相もない。車を持ってきますので、暫しお待ちください。」


ピックアップトラックに乗って戻ってきた牛頭さんは、足場板を下ろす為に荷台へ上がる。


「必要ない。サイドのアオリ板だけ下ろしてくれ。」


サイド板が下ろされた荷台に、よっこらしょとバイクを持ち上げて積み込み、板を戻してバンドで固定する。


「……お館様、そのバイクは何キロありましたかな?」


「さあ? 1トンはないと思うが。」


「薔薇園のアームレスリングコンテストに出場されては如何でしょう?」


「よせよ。ガーデンには同盟屈指のパワーファイター、アビー姉さんやイッカクさんがいるんだぜ? だいたいコンテストだのトーナメントだのは、もう懲り懲りだ。」


「最強中隊長決定トーナメントでは、見事に優勝されたではありませんか?」


「その結果、マリーさんやダニーに"もう一度勝負しろ"ってせっつかれる事態になった。"敗者は勝つまで勝負を挑んでくる"とは師匠のお言葉だが、真理だったようだな。」


「身の程知らずが。中隊長がお館様に敵うものか。」


「牛頭さん、オレも数ヶ月前までは、その中隊長だったんだぜ。行こうか。」


荷台を降りたオレは助手席に乗り込み、牛頭さんを促した。


──────────────────


「お館様、八熾の庄を出る前に、追加の荷物を積んでいきますから。」


「何を運ぶ?」


「見えてきました。あれです。」


街角に立つ兄弟。あれはトシゾーとライゾーじゃないか。


「トシゾーはともかく、ライゾーまでガーデンに連れてゆくのか?」


「はい。イナホ様のお話相手としてライゾーが選ばれました。ミコト様から頼まれていたのです。」


姉さんと一緒に照京から救出してきた御鏡家のご令嬢、イナホちゃんは命龍館にいる。ガーデンにはゴロツキばっかりで身分あるご令嬢の話相手になれる者はいないし、姉さんも総帥としての仕事があるからイナホちゃんにばかり構ってはいられない。同年代の話相手や遊び友達は必要だな。


「それでライゾーか。いい人選だと思うが、イナホちゃんは11歳の女の子、ライゾーは8歳の男の子だ。性別も違うし、少し歳も離れているようだが?」


オレに向かって元気に手を振るライゾーに、敬礼してみる。夕陽がライゾーの赤いほっぺをさらに赤く染め上げて、可愛いったらないな。


「そういうご要望なのです。イナホ様は弟が欲しかったのだそうで。ライゾーは利発な子ですから、イナホ様の話相手に適任だと思います。」


「なるほど。同年代で同性別の少女だったら、ガーデンにはリリスがいるしな。」


「お館様、本気で仰っておられますか?」


「……スマン。オレが間違ってた。」


純真無垢なイナホちゃんに"セフレ"なんて言葉の意味を解説をしようとしたリリスは、一番話相手にしちゃダメなコだ。小悪魔少女を話相手にした日にゃあ、あっという間にグレかねない。誰も言葉の意味を解説してないなら、イナホちゃんは"セフレ"とは"スフレ"の親戚だと思ってるだろう。それはオレが苦し紛れについたウソなんだが……


「兄者兄者!ボク達は荷台に乗ってガーデンに行くのですね!」


「僕はそうだ。ライゾーはお館様と牛頭丸さんの間の座席に…」


「兄者と一緒に荷台がいいです!」


「ライゾー、僕の言う事を…」


「トシゾー、日が暮れるまでは荷台に乗せてやれ。な?」


「お館様がそう仰られるなら。」


ライゾーの体を抱えたトシゾーは荷台に飛び乗り、胡座をかいて自分の体を弟の背もたれにする。ちっちゃなお腹に回した両手はシートベルト、優しいお兄ちゃんだな。


「牛頭さん、兄弟っていいもんだな。」


「左様ですな。俺もあんな弟が欲しかった。ウチの妹ときたら、とにかくお転婆でしてな……」


確かに馬頭さんはお転婆そうだ。沈思黙考型の兄と情熱行動型の妹でいいコンビだと思うけど。


───────────────────


上番ジョウバンの太陽大佐が任務を終え、下番カバンの月光少佐が任務の遂行を始めた頃に、ピックアップトラックはガーデンに到着した。大宇宙を舞台に任務を遂行するお二人に、休日はない。


瀟洒な客間に通されたライゾー少年は、兄の隣にチョコンと座り、調度品の数々に興味津々といった顔付きだ。


客間に侘助が現れ、イナホちゃんを連れたミコト様をエスコートする。貴人二人の姿を見た少年は兄に先んじて立ち上がり、深々と頭を下げてから、元気よく挨拶した。


「射場ライゾーと申します!この度は御鏡イナホ様のお話相手という栄誉を賜り、光栄至極に存じます!」


噛まずに言えたな。偉いぞ。


対するイナホちゃんは、完全に身に染み付いた優雅な一礼を披露し、少年に微笑んだ。


「御鏡イナホと申します。雷蔵君、よろしくね。」


「イナホ様、ボクの事はライゾーとお呼びください!」


「はい。では雷蔵、御夕食など一緒にいかが?」


「喜んでご相伴に預かります。」


「食堂はこちらですぞ、小さな紳士。」


侘助に招かれたライゾーは、小さな体でイナホちゃんをエスコートするつもりのようだ。


「今夜のメニューは"お子様ランチ"かな?」


オレが笑ってそう言うと、ライゾーは大真面目に答えた。


「お館様、ボクはイナホ様をお守りする護衛でもあります。兄者から"命を賭してもイナホ様をお守りするのだ"と申しつかっておりますから!ですので、もう"お子様"ではありません。任務を命じられた"八熾の狼"なのです!」


世界最年少の護衛役の覚悟は本物のようだな。本当に将来が楽しみな兄弟だ。


「そうか。無礼を許せよ。射場ライゾーは八熾の狼、その牙を以てイナホ様をお守りせよ。オレも八熾の当主として、同じコトを命じよう。」


胸を張り、ピンと伸ばした右腕を、第三ボタンの前あたりでかざすライゾー。これは八熾家において、命を受けた家人が当主に向かって取る儀礼だ。


「ハッ!八熾家眷族、射場ライゾー、お館様のご命令をしかと拝命致しました。お任せください。」


儀礼に則り、誓いの言葉を述べるライゾー。幼き狼の任務は始まったのだ。


「うむ、期待している。侘助、牛頭丸、トシゾー、イナホ様を伴って先に食堂へ行け。オレは姉さんと少し話がある。」


今朝、下屋敷に教授から連絡が入った。教授のチームが、照京の動静をある程度掴んでくれたのだ。


──────────────────


姉さんと二人きりになった客間で、オレは話を始める。


「姉さん、教授から照京の動静について報告が入りました。」


「カナタさん、父と雲水は無事なのですか?」


「今のところは。お二人は、総督府の離れに幽閉されているようです。司令とも相談してみますが、救出は難しいでしょう。兵団が防衛計画を策定し、精鋭兵が配備されています。」


「……そうですか。」


「内通者でもいれば可能かもしれませんが、ガリュウ前総帥と雲水元議長の幽閉されている総督府を固めているのは、照京とは縁の無い外部から来た部隊。兵団の身元調査をクリアした精鋭兵から、内通者が出るとは思えません。」


姉さんの前では言えないが、ガリュウ前総帥や雲水元議長を助けたいと思っている同盟軍高官などいない。ウチの司令は敵も作るが、味方も多い。だが、ガリュウ前総帥には敵しかいない。権力者からも市民からも嫌われている御仁だ。有力自由都市、照京の独裁者という立場に権力者は魅力を感じ、市民はひれ伏していただけで、豪華な椅子から転げ落ちた今は、侮蔑の対象でしかない。


「父と雲水はどうなるのでしょう。……カナタさんは、"総督府にいるのは外部から来た部隊"と言いましたね? クーデターを起こしたハシバミ少将の部隊は、照京兵のはずですが……」


「ハシバミ少将の部隊は、総督府にいません。少将自身も監視付きの軟禁状態みたいなものですよ。」


「え!? でもハシバミ少将は照京奪取の功労者のはず……」


功には功を以て報いるのが人の道。だが道を外れる者がいるから"外道"という言葉がある。


「功労者ですね。要するに、"梯子を外され"たんです。クーデターが成功すれば、ハシバミ少将は"用済み"ですから。」


暴君を排し、楽園を築くつもりでいたハシバミ少将も臍を噛んでいるだろうな。言わんこっちゃない、としか言えんが……


「カナタさん、今後の戦略は? なにか妙案はありませんか?」


「特効薬はありません。劇薬としては、"司令をけしかけてイズルハ列島に大攻勢をかける"コトを考えています。ですが照京奪還に手が届きそうな状況になった際に、お二人が処刑されるか、機構軍本土へ連行されるケースはあり得ます。それは阻止するつもりですが、絶対に出来るとは……」


なんせこの上なく無力な二人だ。殺す気になればいとも容易いし、自力脱出など望む方が馬鹿だ。照京奪還戦の混乱に乗じて、なんとか救出する以外の手はない。


「……状況はわかりました。カナタさん、父や雲水を取り戻せても、御門グループの運営や、照京の統治には決して関わらせません。ですからなんとか命だけは全う出来るように、救出に全力を尽くしてください。イナホの為にも……」


「はい。わかっています、姉さん。」


姉さんの心にシミを残さない為には、お二人を救出するしかない。



……やれやれ。強くなろうが出世しようが、無理ゲーを強いられる展開は、一向に変わっちゃくれねえみたいだな。



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