新生編13話 嘘つき男と小悪魔少女



アスラ部隊においては、各大隊の訓練内容は部隊長に一任されている。


裁量権が多いというコトは、相応の責任も生じるというコトだ。オレは部隊長として、本日の訓練は夜間に行うコトとした。軍人という仕事は24時間営業、奇襲する側にしてみれば、見通しのいい真っ昼間に仕掛ける必要は皆無。する側される側になった時に備え、夜戦の備えも万全でなくてはならない。


第11番隊が結成されてから三つの作戦を遂行したが、全て日が落ちる前にカタをつけてきた。だがいずれ、夜陰に乗じた奇襲作戦を遂行するケースも出てくる。数度の実戦を踏んだ我が大隊の、夜戦適応能力の向上ぶりは確認しておかねばな。


訓練の相手には「流星」トッドこと、トッド・ランサム大尉の率いる第7番隊を選んだ。可愛い天使をエンブレムにしている第7番隊「クピードー」だが、戦い方は可愛げがない。基本的には中距離での射撃戦を得意とする大隊だが、アスラ部隊一の汎用性の高さを誇る。どんな状況でも、どの部隊と組んでも、その力を発揮出来る万能型の部隊なのだ。


そしてこの夜間演習にはもう一つの課題を設けた。それは「部隊長不在時にどの程度やれるのか」を見るコトだ。オレと意見の一致したトッドさんと二人で、戦場を見下ろせる丘の上に張ったテントにこもり、小雨の中、戦う両部隊の様子をモニターで観察する。


「バカッ!そこで突っ張るんじゃねえ!……そら見ろ。シズルちゃんに割り込まれたじゃねえか。」


モニターに、クピードーの織り成す布陣に斬り込むシズルさんの姿が映った。トッドさんの懸念した展開になったのだ。


「これでスティールメイトですね。トッドさん、賭けの約束をお忘れなく。」


シズルさんが戦列に割り込めたお陰で、7番隊の連携に乱れが生じた。黒と黒の対決は、11番隊に凱歌が上がりそうだ。


白がパーソナルカラーの「スケアクロウ」だが、夜戦の際はカメレオン繊維ファイバーで編まれた軍服の迷彩機能を使って、黒装束を身に纏っている。それは「クピードー」も同じコトで、黒装束同士の白兵戦が演じられている。互角の激戦、だがその均衡は今、崩れた。シズルさんのチャンスメークをシオンが活かせれば……勝てる。


「チッ!シズルちゃんは辺境育ちなだけあって、夜戦が得意みてえだな。」


ほとんどのヒャッハーには戦略などないが、軍隊崩れが混じった場合は夜行性に変じる。辺境の隠れ里で育ち、オレに会うまであらゆるヒャッハーどもを寄せ付けなかったシズルさんは、夜戦の名手でもあるのだ。


愛用の狙撃銃「カラリエーヴァ改」を手にして支援狙撃に徹していたシオンだったが、戦況の変化を見て取ると、武器を銃から排撃拳リジェクトナックルにスイッチした。「悪魔のジヤヴォールクラーク」と名付けられたシオン専用武装は並の排撃拳とは威力が違う。火薬の力が上乗せされたパンチは、シオンより上背のある7番隊ブロッカーの巨体を宙に飛ばし、そのパワーを目の当たりにした大隊指揮官、アロイス・ヴァンサン中尉は回避力のある軽量アタッカーでの対処を余儀なくされた。


「えれえ威力の排撃拳だな。排莢した弾丸のサイズからして、弾丸ごと特注の専用武装かよ。重量級でも飛ばされると判断したのはいいが、真っ正面からやり合うなって。トリッキーさがウチの売りだろうがよ……」


シオンが手甲から排莢する姿を見たトッドさんは、一目で専用武装の真価を見抜いた。そして煙草に火を点け、仏頂面になる。戦況が思わしくないとわかってらっしゃるらしい、アスラの部隊長なのだから当然だが。


ロシア軍の使う軍隊格闘術、システマに酷似したコントラターカ。シオンは融通無碍をモットーとするコントラの名手だ。懸命に回避する軽量アタッカーを氷結能力で足止めし、格闘術で沈めてゆく。ヴァンサン中尉は念真皿で空中に足場を作り、射角を確保してからアタッカーの援護に入った。シズルさんとシオンの両者を牽制する手並みと視野の広さは流石だな。


「器用なもんですね。手練れ二人を同時に牽制し、隙を見せない。」


牽制どころか、逆に隙あらば殺るって感じだな。伊達に7番隊の副長をやってない。


「ヴァンサンの長所だからな。あらゆる銃器の達人の俺様だが、狙撃銃だけは苦手でね。」


それも妙な話なんだよな。あれだけ射撃の上手いトッドさんなのに、狙撃銃だけは苦手だなんて。ハンドガンで狙撃銃並のロングスナイプを易々と決める腕があるなら、狙撃銃だって使えそうなもんだ……


「飛車角を牽制するのはいいが、桂馬の事を忘れちゃいねえだろうな……ヴァンサン、桂馬ってのは実に厄介な駒なんだぜ?」


心配そうにそう呟くトッドさん、その懸念は数瞬後に具現化した。シオンの肩を踏み台にして跳躍したナツメが、一気に間を詰めてヴァンサン中尉に襲いかかったのだ。ヴァンサン中尉も狙撃銃で応戦するが、一瞬、反応が遅れたのが致命的だった。空中でジグザグ移動しながら繰り出されたナツメの蹴りを喰らい、足場から転落する。


「……あちゃあ……ナツメちゃんも警戒しろよ。見え見えだろうがよ……カナタんトコにタレントが多いのはわかってた事じゃねえか。」


ワンウーマンアーミーのナツメは敵陣の中を飛び回り、ヴァンサン中尉がその足首を鞭で捉えた時には防御陣を突破したシオンとシズルさんに挟まれていた。左右の女傑二人を見回したヴァンサン中尉は鞭を手放し、ポケットから取り出した白いハンカチをヒラヒラと振る。


煙草をもみ消したトッドさんはモニターのスイッチを切り、ワインの入った木箱をトスしてくれた。オレとトッドさんはこの模擬戦に年代物のワインを賭けていたのだ。


「おっと。トッドさん、ワインは優しく扱いましょう。澱が立ったら台無しですよ。」


「俺が飲む訳じゃねえから気にしねえ。やっぱウチは俺が指揮しねえとダメだな。なんでも出来るが我が大隊の売りだが、活かせなけりゃあ、この有り様だ。アビーんトコなら指揮もへったくれもなく、"何も考えずに力一杯殴れ"で、済むんだがなぁ……」


アビー姉さんの部隊はパワー偏重仕様だけど、何も考えてない訳じゃないですよ。冗談なのはわかってますけどね。


「胸を貸してくださってありがとうございます、トッドさん。」


「嫌味か? 礼は年代物のワインについてだけでいい。"俺がいない時の7番隊の戦闘能力を試せ"とイスカあたりに命じられてたんだろうが、"余計なお世話だ"と言えないのが悲しいねえ。」


お見通しか。トッドさんは頭もいい。物事の裏を読めるタイプだな。


────────────────────


明け方までミーティングを行った後、部隊を解散したオレは昼まで自室で惰眠を貪った。昨晩、いや、今朝の訓練には参加しなかった癖に昼まで同じベッドで惰眠を貪ってやがったリリスが、寝床から這い出して昼メシの準備を始める。


「少尉、イズルハの武士とロンダルの貴族、どっちに敬意を払いたい気分?」


朝っぱらから謎掛けリドルときましたか。……もう昼だったな。おそらくこの謎掛けは、昼メシがライスかパンかを選択させる為のもの。今日の気分的には……


「ロンダルの貴族。」


「オッケー。じゃあサンドイッチ伯爵に敬意を表して、サンドイッチを作るわね。」


この世界もサンドイッチはサンドイッチ伯爵が語源なのかよ。


「カードに夢中で片手で食える料理を考案したって、ギャンブル中毒もいいトコだな。」


昼メシを食いながらリリスと一緒に7番隊との模擬戦を見て、個々の隊員への指導方針を考えようと思ってたからサンドイッチは丁度いいかな。指揮官への指示はミーティングでやっといたけど。


「??……少尉、サンドイッチ伯爵は仕事人間で、執務をしながら食事をする為に考案したのがサンドイッチよ?」


……マズった。サンドイッチ伯爵の人間性は地球と真逆だったか。


「……悲報、オレの親父はとんだ嘘つきだった。」


嫌いな親父だ、冤罪を着せるぐらいなんとも思わない。オレの言い訳の捨て石にでもなりやがれ。


「……朗報、我が子を出世の道具にする外道ではなかった。子供に嘘をつくぐらい可愛いもんでしょ? 嘘つきパパのお陰で、少尉も嘘やハッタリが上手いのかもしれないし。」


「そうかもな。オレの嘘つき親父はもう死んだが、リリスの親父はまだ生きてる。もし出会ったらどうする?」


「こうするわ。」


リリスはまな板に載せたキャベツを、タン、タタンとリズミカルに切り刻んでゆく。


「千切りですか。けどな、リリス。もし親父さんを見つけてもおまえは殺すなよ?……殺す必要があるなら、オレが殺す。」


おまえの手を肉親の血で染めたくない。親の道から外れた男でも、血を分けた父親だ。


「あらあら、私に親の仇と所帯を持てって言うの?」


「おまえの手を肉親の血で染めるよりマシだ。」


「一応忠告には従うつもりだけど、必要とあらば、私は親でも神でも殺すわ。少尉の敵にかける情けなんて持ち合わせてないから。」


これが冗談ではないのが、悪魔の悪魔たる由縁だ。素っ気ない台詞を吐きながら、悪魔はパン粉を取り出して、豚肉に衣を付ける。キャベツの千切りはカツサンドを作るのに必要だったらしい。




嘘の上手い男と、嘘つき男の為に悪魔になれる少女か。お似合いと言えばお似合いだな……


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