新生編11話 子供は宝、未来への希望



「終身刑を受けた事ですし、さっそく刑務に服しますかのう。お館様が不在の間にいくつか懸案が持ち上がっておりましてな。」


「爺様、その前に孫の雅楽ガラクのコトで話がある。」


「孫めがどうかしたのですかな? 白狼衆に選抜されて張り切っておるようですが……」


オレは前回の作戦中に起きたガラクの先走りの件を爺様に話した。


話を聞くうちに爺様のこめかみに青筋が何本も立ち、湯飲みを持つ手がプルプルと震え出す。こりゃ、活火山の噴火は近いな。


「……という訳だ。今回は大目に見たが、次はない。似たようなコトをやらかしたら、白狼衆から外して…」


「ガラクのぶぁっかモンめがぁ!!お館様、儂の孫とて情けは無用!大目になど見ず、白狼衆からお外しくだされ!」


あ~あ、休眠火山が噴火しちまったよ。血圧高めなんだから、少しは自分を労ってくれ。


「爺様、落ち着け。とりあえず反省はしたようだから…」


「孫の増上慢は少々痛い目をみたぐらいでは治りませんわい!ええい!この儂が折檻してくれるわ!」


刃を仕込んだ仕込み杖を手に立ち上がろうとする爺様の袖を、シズルさんが掴んで座らせる。


「ご老体!折檻が必要なら、私が電撃で仕置きしておくから落ち着いて!」


「そういうのはラムちゃんにでも任せとけ。とにかく爺様、もう訓戒はくれてやったから!」


「ラムちゃん? 誰ですか?」 「ラムネの親戚ですかのぅ?」


ラムちゃんは虎柄ビキニの素敵な押し掛け嫁だ。電撃こそ放たないが、押し掛け嫁みたいなのなら、オレにもいるが……


血気盛んな爺様を二人がかりで座らせ、今後のコトを談義する。


「私が戦場に残って残敵掃討にあたったのがマズかったのかもしれませんね。」


あの時は指揮中隊にシズルさんがいない状態だったからな、オレの注意はヘルゲンに向いちまってたし……


だが救出した友軍は精鋭とはいえないレベル、負けの一歩手前まで追い詰められた敗残兵もどきだ。ヒルシュベルガー追撃を急ぐ必要があった以上、頼りになる指揮官を残して後詰めさせる必要があった。


「それはオレの指示だ。シズルさんの責任じゃない。」


「お館様の責任でもございませぬぞ。誰かが手綱を握っておらねばならぬようでは、白狼衆たる資格はございませぬ。寿蔵が軽傷で済んだのはなによりでしたが……万一の事あらば、射場善蔵の墓の前でこの皺腹を掻き切って詫びねばならぬところじゃったわい。」


「爺様、白髪首も皺腹も大事にしてくれ。オレやシズルさんが戦場いくさばに赴いている間、八熾の庄を預かる人間も必要なんだ。自身の後釜の育成を含め、爺様の仕事は山ほどある。」


「それこそ孫が務めるべき御役目だというに、あの小天狗めは少しばかりの才気を鼻にかけて増長しおって!」


「爺様、たとえガラクが分別を覚えても、次席家人頭を務めるのは難しいかもしれん。」


ガラクは典型的な荒武者気質、内政の重鎮は細やかな心配りが出来るようでなければ務まらない。むしろ内務の才に秀でるのは……


「……やはり孫には荷が重うございまするか。」


「少なくとも今はな。今のガラクが次席家人頭になれば、居丈高に命令するばかりで領民の反感を買うだけだろう。武力の素質は豊かなだけに、小さな街の独裁者なら務まるかもしれんが、オレの目指す領地の未来像とは違う。」


「いかに天狗とはいえ、独裁者などと……孫にはそんな器量もなければ、カリスマ性もありませぬ。それは儂がようわかっておりますゆえ……」


「ご老体。ガラクにもその事を分からせておく方がよい。武力に秀でるとはいってもガラクより上はいくらでもいるし、内務に関しては言わずもがなだ。自慢の武力にしたところで、素質の限界まで成長しても、私と同等が関の山だぞ?」


シズルさんと同等なら大したもんなんだがな。実質、アスラの中隊長級ってコトなんだから。アスラの中隊長なら、ほとんどの部隊でエースになれる強さだ。


「爺様、ガラクは今が大事な時なんだ。領民から頼られる名士となるか、名士の家に生まれた粗忽者で終わるか。心配りが出来るトシゾーと仲がいいのだから、友の長所を学んでくれればいいんだが……」


「そんなお考えで寿蔵と組ませてくださったのですな。なるほど、善蔵の倅は確かに人望がある。お館様、孫めがその任にあらずと思えば、射場寿蔵を次席家人頭に選んでくだされ。」


「それでは天羽の面子が立つまい。」


「お館様は主家ではなく、全ての領民に尽くせと仰いました。それは孫とて同じ事のはず。御役目を外されたとて、天羽の家が無くなる訳ではございませぬ。孫に器量があるのならば、友に補佐してもらって御役目を務めようと考えるでしょう。」


「ああ。オレがシズルさんや爺様に支えてもらっているようにな。次席家人頭、天羽ガラク、同補佐、射場トシゾーが理想のカタチだ。ガラクは思い切りよく、即断即決は出来るが配慮に欠ける。トシゾーは気配りし過ぎる性格が災いして、決断を躊躇する傾向がある。互いの欠点を補い合えば、領民にとってなくてはならぬ柱石となれよう。」


あの二人がうまく成長してくれれば、理想的なコンビなんだ。八熾の未来の為、オレがお飾りの領主になる為にも、なんとしても二人を育てなければ。シズルさんに負荷が掛かりすぎるようでは、お飾りにはなれない。戦争を終わらせた後にお気楽ライフを送りたいなら、皆でシズルさんを支える体制を構築するんだ。


「お館様のお考えは分かり申した。孫と寿蔵には儂からも後継教育を施しまする。ガラクめは、腐った性根を叩き直すところから始めねばなりませぬがな!」


爺様は、杖で囲炉裏の縁をカンカン叩きながら、孫の再教育を約束してくれた。


──────────────────


爺様の庵を後にしたオレとシズルさんは、下屋敷の本館へと向かった。


ん? 下屋敷の入口から、ちっちゃい男の子が出てきたみたいだが……


オレの姿を見た男の子はテッテッテッと走ってきて、丁寧に一礼してくれた。


「坊や、偉いな。シズルさん、この子はどこの子だ?」


「お館様、この子は…」


「ボクは"射場ライゾー"と申します!射場トシゾーの弟です!お館様、お初にお目にかかります!」


言われてみれば兄貴に似てるな。トシゾーに幼い弟がいるとは聞いていたが、この子がそうか。


「元気があってよろしい。射場雷蔵、兄の話では雷撃の能力を持っているそうだな?」


「ボクの能力を知って……じゃない……ご存知なのですか!」


「知っているとも。見せてくれるかい?」


「はいっ!お目にかけますから、見てて……ご覧になってください!」


噛み噛みしながら一生懸命敬語を使おうとしている姿に、シズルさんがキュンキュンしてるな。トシゾーは"可愛げのない弟"と言っていたが謙遜だったようだ。


天にかざしたライゾーの両手に、バチバチと音を立てながら電気の帯が纏わり付いてゆく。年端もゆかぬ子供とは思えない放出量だ。


フフッ、これは先が楽しみ……まだ放出量が上がるのか!これ以上は危険だ!オレはライゾーの両腕を掴んで、強制的に放電を止めた。


「いたたっ。お館様、ちょっとビリッときちゃいました。でも見ま……ご覧になったでしょ、ボクの雷撃!」


「ああ。ライゾー、オレが防電手袋をプレゼントするから、それまでは雷撃を使っちゃダメだ。いいな?」


「わぁい!兄者が言ってました!お館様からのプレゼントは"たまわり物"っていうんですよね!ボクの宝物に……え~と、シズル様、こういう時はなんて言えばいいんでしょうか?」


「我が家の家宝に致しまする、だ。強い雷撃能力を持っていると思っていたが、驚いたぞ。ライゾーがもう少し大きくなったら、私が雷撃の操り方を教えてやろう。」


「はいっ!シズル様、きっとですよ!約束ですからね!……え~と"武士に二言はない"んですよね!」


「うむ。早く大きくなって兄を助けてやるの…」


「ライゾー!どこだ、ライゾー!」


「あっ!兄者の声だ!兄者!ここです!」


入口から出てきたトシゾーは、オレとシズルさんの姿を見て、慌てて駆け寄ってきた。


「お館様にシズル様、弟が迷惑をかけたみたいで申し訳ありません!」


「兄者、ボクは迷惑なんてかけてないです!ボクの技を…」


「ライゾー、僕の仕事が終わるまで、部屋で大人しく遊んでいると約束したよね?」


「そ、それはそうですけど……でも!窓の外にお館様とシズル様のお姿が見えたのです!挨拶せねば"ふちゅーもの"なのです!」


こういう子が大きくなったら、シズルさんみたいな時代錯誤人が出来上がるんだろうな。……領地の教育システムの現代化を急ごう。


「トシゾー、まあよいではないか。こんな幼子がお館様への忠義の心を持っているとは、感心したぞ。」


こういう人がいるから、封建主義的体制が維持されちゃってるんだよなぁ。


「兄者、仕事がおわったならアイスを食べに行きましょう!ボクと約束したでしょう?」


「ライゾー、自分は僕との約束を破っておいて、僕には約束を守れというのかい?」


「……ううっ。アイス、楽しみにしてたのに……」


どうみてもライゾーは小学校の低学年って歳だよなぁ。約束事の大切さは、アイスを食べながら教えればいい。


「妙技の見物料として、オレがアイスを食べに連れて行こう。トシゾー、それなら文句あるまい?」


「お館様、弟を甘やかさないでください。約束事の大切さを…」


「甘いものを食べながら、甘えを正そうという話だ。ライゾーはどんなアイスが好きなんだ?」


「抹茶アイスが大好きです!」


「いい趣味だ。オレも抹茶アイスが大好きでな。」


「お館様とボクは気が合いますね!」


「そうだな。トシゾー、車を回してきてくれ。四人でアイスを食べに行こう。」


「はい。良かったな、ライゾー。」


「うん!」


紅葉みたいにちっちゃな手をシズルさんが握り、車が来るのを待つ。




ライゾーみたいな利発な子がいるんだ。領地の未来はきっと明るい。



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