新生編9話 名物市長の公私混同



命龍館を後にしたオレは、専用バイク"カブトGX"を停めてある駐輪場に向かった。


このスーパーマシン、見た目はオンロードバイクだが、悪路も苦にしない。走る為のバイクではなく、戦う為のバイクだが、速度もレーシングマシンに負けやしない。世界最高の専用バイクだ。


脳波誘導装置を使って純炎素エンジンを起動、走ってきたバイクにオレは跳び乗った。鉄条網と有刺鉄線に見送られながらガーデンを出て、私有領のあるロックタウンに向かう。


赤茶けた荒野は正式名称"ロードギャング"、慣用名"ヒャッハー"どもがたむろするってのが戦乱このの星の常識だが、この周辺にはタトゥー付きモヒカンどもも近寄らない。ガーデンマフィアに見つかれば、間違いなく死ぬってコトぐらいは、ヤツらの軽いオツムでも理解出来るからだ。


信号も無ければ人影もない、文字通りの無人の荒野を時速250キロの猛スピードでかっ飛ばし、1時間ちょいで目的地であるロックタウンに到着した。この人口5万人あまりの小都市の一角に、オレの私有領"八熾の庄"はある。


検問所を抜けたオレは、西部劇みたいな街並みの市内をバイクで走り、軽食を摂ってから八熾の庄へ入った。市内で食事を済ませたのは下屋敷で食事を摂ろうとすると、漆塗りの重箱に入った仰々しいのが出てくるか、何度もお膳を持ってこられるかの二択になるからだ。領地内の店で外食するのはもっと面倒、"お館様から金子を頂く訳には参りません"と言われ、押し付けるように金を掴ませて店を出るコトになる。


"我らのお館様だ"と、オレを立ててくれる気持ちは嬉しいんだけど、一族の連中、特に爺婆達の封建主義は度が過ぎる。科学こそ元の世界より進んじゃいるが、政治制度は遅れてるんだよなぁ。領主としての制度改革の一環として、上院下院に相当する賢人会議と領民議会を制定してみたが、まだ自主自律の気風が開花する様子は見えない。軽めの課題なら議題を上げて採決し、運用してくれるんだが、重要事項となると"お館様の下知を仰ごう"で一致してしまう。……まだ民主主義のタネを植えたばかりだ。焦らずに芽吹かせ、開花する日を待とう。


私有領に入ると街並みは一変し、西部劇の世界から時代劇の世界に入ったような錯覚に囚われるが、これはわざとそう造ってあるのだ。メイン道路に面した家屋や建造物は、古めかしい造りになるよう、条例が定まっている。というより、オレがそう定めた。京都の景観保護条例に似ているが、縛りはもっと厳しい。言うまでもなく観光地として繁栄する為の施策で、元はロックタウン市長、コムリン氏が発案者だ。いいアイデアなので八熾の庄でも踏襲し、時代劇のセットみたいな街並みが誕生した。メイン道路から中に入れば現代風の建物がちゃんとあり、近代化も進んでいる。治安のいいロックタウンは映画やドラマのロケ地としても人気で、街の経済振興に一役買っている。コムリン氏は、代々世襲の"市長という名の専制君主"だが、市民の支持は極めて高い。仮にロックタウンに普通選挙法が施行されても、対抗馬は出ないだろう。圧勝するのが目に見えてるからな。


おや? あれは、その有能市長じゃないか。八熾の庄に来てたんだな。


「コムリン市長、八熾の庄の視察ですか?」


バイクを停めたオレは、茶店の前に置かれた赤座敷に座って団子を頬張ってる市長に声をかけてみた。


「やあ侯爵。またご活躍だったみたいだね。まあ、茶でも飲んでいかんかね?」


赤座敷に座ったオレは、団子と昆布茶を注文した。


「なんとか生きて帰ってこれましたよ。市長、そのジャンパーはなんですか?」


Yシャツの上に真っ赤なジャンパーを着込んだコムリン市長は、オレに蜘蛛のプリント図柄の入った背中を見せてくれた。


「マリカ君をモチーフにしたオリジナルジャンパーだよ。もちろんロックタウン限定モデルで、通販はやってない。欲しければこの街に来るしかないのだよ、ワハハハッ。」


「マリカさんが人気者なのはわかりますけど、街を活性化させるほどの効果あります?」


「あるとも。マリカ君は同盟のエースだし、あの美貌も相まって、兵士に限らず人気があるからねえ。オリジナルグッズ欲しさに遠路はるばる訪れる観光客は引きも切らん。無論、マリカ君だけに頼ったりもしてない。ダミアン君はあの通りの色男だから、女性にすこぶる人気がある。ロックタウンの新しい観光地図にはダミアン・ザザ大尉の出現多発ポイントも明記してあるのだ。」


ダミアンが"街に行くのは気乗りしない。なぜだかいつも女性に囲まれてしまう"とボヤいてたけど、そういうコトだったか。ガーデンの武器屋ウェポンショップ、「剣銃小町」のおマチさんが"商人あきんどの鑑"と評するだけのヤリ手なだけはあるな。


「なるほど。商売熱心な市長は、オリジナルグッズの販促に自らも参加ってコトですか。」


「いんや。単にワシがマリカ君のファンじゃから着ておるだけじゃよ。見てみい、数量限定のこのジャンパー、シリアルナンバーが打ってあるんじゃが、これは001番なんじゃぞ。マリカ君は1番隊の部隊長じゃし、最高じゃろ?」


「……市長。その栄光の001番、市長権力を使って入手したとか言いませんよね?……なんで顔を背けるんです? やましいコトがないなら、コッチを向きましょう。」


「さて!ワシはそろそろ庁舎に戻らんとな!ああ、今日も執務がワシを待っとる!」


原付バイクに乗った市長は、そそくさと去っていった。グッズ欲しさに権力を不正使用ねえ。不正は不正なんだけど、世界に蔓延はびこる悪徳世襲権力者に比べりゃ可愛いもんだよな。


「お館様、お茶とお団子を持って参りました。ごゆるりとお過ごしくだされ。」


茶店の婆ちゃんに札入れから取り出した紙幣を渡そうとしたが、案の定、首を振られる。


「婆ちゃん、これはお茶代じゃない。孫の入学祝いだ。」


「孫の入学をご存じなのですか!」


孫がいるコトは知ってる。入学までは知らなかったがな。だが、こないだまでは平日でも店の軒先で遊んでたのに、今も作戦前に来た時にも、姿が見えない。つまり"学校に通い始めた"ってコトだろ?


「知っているに決まってるだろう。婆ちゃん、孫の入学祝いを受け取れんとは言うまいな?」


「……ありがとうございまする。お館様のお心遣い、確かにお受けとりしました。」


「ピン札でもない裸銭で悪いが、店の前を通りかかって思い出したのだ。無礼は許せよ?」


深々と頭を下げる婆ちゃんの肩を叩いてから、団子を頬張り、茶を楽しむ。……お足を受け取ってもらうだけで一芝居打たなきゃならんとは、"お館様"って窮屈過ぎねえかねえ……


──────────────────


ロックタウンの平和の為、小さな悪には目を瞑るコトにしたオレは、独立区画の行政機関を兼務する下屋敷へ向かった。


コムリン市長がマリカさんの熱烈なファンとはねえ、可愛いところがあるじゃん。領主としての職責上、市長との接点は多い。気さくで有能な市長をオレは気に入っていたが、今日、その気持ちは強くなった。今度時間を作って為政者としての教えを乞おう。コムリン氏は市民から慕われてる名物市長だが、綺麗事だけで乱世を生きてきた訳じゃないはずだ。


"有能な悪"と"無能な善"なら前者を選ぶのが、オレの流儀だ。"有能な善"が最良なのはわかっているが、為政においては存在しない。"宰相として名高い政治家に聖人じみた人物はいない。非情と非難されたが、遺した事績は偉大な者はいても"とはエリート官僚をやってる親父の言葉だ。


昭和の時代、強大国との安全保障条約改定に政治生命を賭けた宰相がいた。彼は世論の一斉砲火を喰らい、邸をデモ隊に包囲されて罵詈雑言を浴びせられてもなお、国民と国家の未来を見据えて信念を貫いた。"真価が分かるのは半世紀先だろう"と呟きながら。


"昭和の妖怪"なんて有り難くもない称号で呼ばれる政治家を、親父は尊敬してたっけな……


……でもなぁ親父、"非情に徹して改革を成し遂げた名宰相がいたにせよ、非情であれば偉大な事績を遺せる"訳じゃあないんだぜ? "国民と国家の為ならば、非情と非難されようとも信念を貫く"政治家がいただけなんだ。そこの違いが、わかってるかい?


─────────────────


フルフェイスのヘルメットを被っていても、専用バイクで移動していれば、領民にはオレが誰だか丸わかりである。振られる手に敬礼で応えながら、どうにか下屋敷までたどり着いた。


「お館様、バイクでお越しになられたのですか?」


出迎えに出てきたのは、八熾一族筆頭家人頭の八乙女シズル。11番隊指揮中隊「白狼衆」の副隊長として、大隊副長シオンと共に、オレを支えてくれる女性だ。シズルさんは帰投後すぐに、先乗りで八熾の庄に来ていたのだ。


「ツーリングがてらな。八熾の庄には変わりないか?」


「はい。我らが留守の間は、天羽のご老体が不備なく領地をまとめてくれていました。領民議会が上申し、賢人会議が施行を決めた法案がいくつかあるようですので、お目通し願います。」


「わかった。まず爺様に会おう。庵にいるのか?」


「はい。ご老体にお顔を見せて、安心させてあげてください。」


下屋敷の外れには小さな庵があり、八熾一族次席家人頭を務める天羽の爺様は、そこに住んでいる。


藁葺き屋根の古式ゆかしい造りの庵、爺様は天羽家の家紋が入った半纏を羽織って、囲炉裏の前に佇んでいた。


「爺様、久しいな。無事に戻ったぞ。」


「お館様!ささ、どうぞどうぞ。武勇伝はシズル殿からお伺いしましたぞ。さすがは羚厳様の血を引くお方、黄金の狼の血は争えませぬわい。」


オレとシズルさんは囲炉裏を囲んで座り、爺様は酒と乾き物を持ってきてくれた。


囲炉裏の火で少しスルメを炙り、香ばしさが出たらすぐ引く。二つに裂いたスルメの片方を爺様に渡し、酒を酌み交わす。


「お館様、羚厳様もそのように少し炙ったスルメがお好きでした。いやはや、懐かしい。まるで若き日の羚厳様が甦られたような……」


「……そうか。ところで爺様、オレは八熾羚厳の妹、牙門シノの血を引いている。」


正確には八熾羚厳の甥で完全適合者、「氷狼」牙門アギトのクローン体に宿った、天掛翔平(八熾羚厳)の孫なんだが……


「言わずとしれた事。なぜそんな事を仰います?」


「爺様がさっき"羚厳様の血を引くお方"と言ったからだ。それはどういう意味なんだ?」


オレが心転移の秘術を使って地球に逃れた八熾羚厳の孫であるコトを知る者は、ミコト様と親友シュリ、その恋人のホタルだけ。爺様がいかに知恵者でも、地球の存在やオレの正体に気付く訳がない。


「……そ、それは……」


「うっかり聞き流してしまったが、確かにそう言った。ご老体、お館様が羚厳様の血を引くとはどういう意味なのだ!羚厳様はお館様の大叔父ではないのか?」


シズルさんは爺様に詰め寄ったが、爺様は答えない。瞑目して、思いを巡らせているようだ。


「ご老体!何か知っているなら話してくれ!私はともかく、お館様に隠し立てするつもりか!」


「爺様、どうしても話せないコトなら無理には聞かぬ。話せる時が来たら話してくれればいい。」


オレが自分の正体を一族に隠しているのに、爺様にだけ話せというのはアンフェアだ。爺様の顔色で、大体の事情は察したしな。


目を開いた爺様の、顔に刻まれた皺が深みを増した。……やはりそういうコトか。


「……お館様は、事情を察せられたようですのう。」


「ああ。」


「八乙女の婆様と共に、「八熾の知恵袋」を自認した儂とした事が、墓場まで持っていくはずの秘密をうっかり喋ってしまうとは……耄碌はしたくないものじゃ……」


「やはり八熾羚厳には隠し子がいたのだな? そしてその隠し子は、身分の低い娘との間に生まれた為に養子に出された。養子に出したのは先代の意志か?」


「違いまする!羚厳様はそのようなお方では決して!悪いのは儂ら家臣団。お館様が羚厳様のお人柄に疑いを持たれるなど耐えられぬ。こうなれば全て話してしまうよりありますまい。」


「話せ。何があった?」


爺様は背中を丸めながら、ぽつぽつと語り始めた。




それは主君を人間として尊敬するのではなく、崇拝の対象とした者の懺悔に他ならなかった。


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