新生編8話 あれ?こんなところに逆鱗が…
出立前に御門グループの企業傭兵団「スリーフットレイブン」の宿舎である三足館に立ち寄ったオレは、通信室で傭兵団副長のカレルから現在状況の報告を受ける。
「カレル、残敵追討作戦は順調なようだな。」
「はい。しかし肝心要の主戦場への到着が間に合わなかった事は、痛恨事でした。侯爵だけが戦場に急行する事態になるとは……」
「ブレイザー1~5の足では到着前に戦線が瓦解していた。
「ハッ!引き続き、残敵の掃討と周辺都市の治安回復任務を続行します。」
「頼む。特に残敵の掃討は徹底的にやれ。帰る場所のなくなった敗残兵が、荒野をたむろするヒャッハーに転職ってのが、一番よくあるパターンだ。」
「ロードギャングに元軍人が多い訳ですな。入念に潰しておきます。実戦訓練にも丁度いい。」
「状況が安定するまでは現地に残ってくれ。せっかく守った街がヒャッハーどもに荒らされたんじゃ、なんの為に戦ったのかわからなくなる。」
「お任せください。それでは。」
通信を終えたオレは、窓に面した廊下を歩きながら、三足館の中央に位置する命龍館を眺めてみた。あれ? 命龍館に龍の旗が翻ってる。あの旗の掲揚は館の主人、御門ミコト様が在館している証。ミコト様はリグリットに出張中で留守だったはずだが、お帰りになられたみたいだ。……考えて見れば、昨夜はミコト様の警護役を務めてくださる大師匠と飲んでたんだよな。ってコトは大師匠と一緒に帰って来てたに決まってるか。あ、それで基地内では和装で過ごしてる大師匠が、昨夜に限って軍服姿だったんだ。
なにはともあれ、ミコト様が帰ってこられたのならば、ご挨拶に赴かねばなるまい。
─────────────────
面会した命龍館の主は、仏頂面をされていた。高貴さと美しさを兼ね備えたお顔だけに、仏頂面も絵になるのだが……リグリットで機嫌を損ねる事件でもあったのだろうか?
「ミコト様、リグリットで何かあったのですか?」
訊ねるオレに、ぷぅと頬を膨らませた御門グループ総帥は、素っ気ない返事を投げつけてきた。
「いえ。リグリットでは何事もなく、予定をこなして参りました。
そうか。リグリット行きの主目的は
「でも、そのお顔を見るに、何かあったとしか思えない訳ですが……」
「カナタさん、言葉にせねば、
「オレはミコト様みたいに人の心を読める目を持ってる訳じゃありませんから……」
龍の意匠を凝らした執務椅子に座る不機嫌顔の龍姫、一歩控えて立っていた執事役の侘助が、苦笑しながら教えてくれる。
「お館様、ミコト様はお館様が会いに来られなかったので、拗ねておられるのです。」
へ? なんば言よったと?
「待て待て、侘助。オレはこうやってご挨拶に参内してるじゃないか。」
「ミコト様は昨夜の間にお館様のお顔をご覧になりたかったのです。」
「いやいや、ミコト様のお帰りって大師匠と同時のはずだから、昨夜遅くだろ? いくらなんでも…」
両手を振って抗弁するオレに、ミコト様は拗ねっ拗ねのご尊顔を見せてくださった。
「遠路の旅から姉が帰ってきたというのに、顔も見せないとは……カナタさんは少し薄情なのではありません事?」
「……え~。でもオレも昨日帰投してきたばっかりなんですよ。それに……」
「お酒も入っていたし、ですか? カナタさんも兵士の嗜みとして、アルコール分解アプリはインストールしているのですよね?」
アルコールを分解してくれる戦術アプリ"呑む蔵クン"はインストしてますよ。してますけどね……
「姉である私に会いにもこないで、マリカさんと楽しく飲んでいたのですよね?」
ミコト様はハンディコムを取り出し、オレの鼻先に突き付けてきた。ハンディコムには、へべれけになったオレが、マリカさんにヘッドロックをかけられてる姿が映っている。マリカさん、片腕で楽しそうに羽交い締めにしておいて、もう片方の手でピースサインですか。おいおい、おっぱいに思いっきり頬が当たってるじゃん。……こんな素敵な出来事が、昨晩あったってのか。記憶がないのが恨めしい。
「え、え~とですね。ミコト様、この宴席には大師匠もシグレさんも居たんですよ。決してマリカさんと二人きりで飲んでいたという訳ではなく…」
つーか、マリカさんもこんな写真をミコト様に送り付けないでよ。……こーなるに決まってんだからさぁ……
「私に会いにこないで、楽しくお酒を飲んでいたという事実は消せません!姉さんが不機嫌になるのも当然でしょう!」
わ、侘助。助けてくれ。オレが目で訴えると、情けないお館を救うべく、侘助が取りなしモードに入った。
「ミコト様、お館様はミコト様の帰館のご予定をご存知ありませんでした。情状酌量の余地はあるかと……」
「……侘助。あなたはどちらの味方なのですか?」
「もちろん、ミコト様のお味方でございます。
牙を剥く龍に、狼の血族であるはずの執事役はあっさりと尻尾を巻いてしまった。
(おい、侘助!おまえ八熾の眷族だよな!)
声には出せないので、テレパス通信を使って侘助を糾弾する。
(ですが今はミコト様の執事。この御役目をお命じになられたのは、お館様でございますぞ!執事とは、いかなる場合においても主に忠実である事が、その役責なのです。)
(そりゃそうだが、ちったぁ庇おうかって気にならんか?)
(庇いたい気持ちは山々なれど、逆鱗に触れられた龍の怒りは恐ろしゅうございます。まさかかような所に逆鱗がついているとは、この侘助も思いませなんだ。)
確かに。やべーとこに逆鱗のついてる龍もいたもんだ。
「カナタさん、侘助、テレパス通信でコソコソ内緒話はやめなさい。」
「ミコト様、なんでも言うコトを聞きますから、機嫌を直してください。」
「なんでも、ですか?……本当にですか?」
「はい。オレに出来るコトであれば、なんでもです。」
「よろしい。ではこうしましょう。カナタさんは今後、私の事を"姉さん"と呼ぶのです。いいですね?」
「え!?」
「可能な事でしょう? 呼び方一つの問題なのですから。さあ、姉さんと呼んでみて?」
満面の笑みで促してくるミコト様、もとい、姉さん。血縁関係はなくとも、御門ミコトはオレの姉だ。でも、いざ"姉さん"って呼ぶとなると……やっぱ恥ずかしい。
「……ね、姉さん。」
「よく出来ました♪ 今後は常にそう呼ぶ事、これは姉さんとの約束です。いいですね?」
「はい。でも権力闘争において、"ミコト様"とお呼びした方が有利な場面もあります。その場合だけは、お見逃しください。」
「言わんとする事は分かります。御門グループの総帥は、御門ミコトであるとアピールしたい場合などですね。私に御堂司令のような強い指導力があれば、弟にそんな気苦労をかけずに済むものを……」
司令は"オレ様イスカ様"を地でいってるからなぁ。でも姉さんには司令みたいになって欲しくないですって。ああいう人は一人で十分だ。
「そんなコトはありません。ミコト様の人徳があってこそ、オレが御門グループに影響力を行使出来るんです。」
「姉さん、です。」
「そうでした。姉さんは姉さんのままでいてください。これまでと変わらず、ずっと……」
オレの大好きな姉さんのままでいて欲しい。心優しき龍のままで。これって弟のわがままなんだろうな……
「はい。私は未来永劫変わる事なく、カナタさんの姉です。」
椅子から立ち上がった姉さんは、オレを優しく抱き締めてくれた。その腕のぬくもりの中で誓いを新たにする。
……この笑顔を曇らせる敵はオレが誅滅する。オレは時空を超えて地球に来た男、八熾羚厳の孫。八熾宗家の惣領だった爺ちゃん、その遺志はオレが受け継いだ。オレは御門の龍を護る狼として、己に架した任務を遂行する。命と引き換えにオレをこの世界に送ってくれた爺ちゃんの為、そしてオレ自身の為に。
爺ちゃん、見ててくれ。オレも爺ちゃんみたいに、気高き狼の生き様を、この戦乱の星に刻んでみせる!
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