新生編7話 そのフライパン、調理用具にあらず
「それで
杯を交えながら、かつての上官に問題児の扱いについて相談してみる。
「そうなんです。隊から外そうかと思いましたが、ガラクと組ませた相棒、トシゾーが懸命に頼んでくるので猶予を与えました。本人も援護がなければ死んでいたのはわかってるみたいでしたし……」
「少し甘くないか? 功名心とは少し影を潜めていても、機会があれば鎌首をもたげるものだ。名家に生まれた事は、ガラクにとっては不幸だったのやもしれんな。」
師匠も甘いと思うのか。……だよな。死人が出なかったからよし、つまりは結果オーライってコトだ。
「カナタ君、一度私のところへガラク君を連れてきたまえ。私が教えられる事があるかもしれない。」
「お願いします。素質はあるんですが、とにかく思慮が足りない。」
大師匠の好意に甘えよう。同盟軍剣術指南役に指南されれば、少しは分別を弁えるかもしれない。釘は刺しておいたが、念には念を押しておいた方がいいはずだ。
「問題児は親父さんに指導してもらうとしてだ。カナタ、先輩部隊長としてアタイからも言っておく事がある。他の部隊長の"格"には配慮しろ。さっきバクラにやったみたいにな?」
マリカさんの言葉の意味がわかんねえな。オレはさっき、なにかしたっけ?
「格に配慮?」
「精鋭揃いの薔薇園といえど、もうカナタ君とまともに戦えるのは完全適合者である司令、マリカ君、トゼン君ぐらいだ。カナタ君は未熟な頃の気分のまま、気軽に教えを乞おうとするかもしれないが、部隊長には格も矜持もある。摸擬戦であっても負かしてしまえば、微妙なバランスに狂いが生じる、とマリカ君は言いたいのだよ。」
「大師匠、オレはそんな大層な男じゃ…」
「カナタ、父上の言う通りだ。私はカナタの師だから、手塩にかけて育てた愛弟子が自分を超えてゆく事に喜びを感じる。だが新参の部隊長に遅れをとったとあれば、私とて複雑な気持ちになる。」
そう言えば部隊長達は、技術交流はしょっちゅうしてるが、真剣勝負をやってんのは見たコトがない。……なるほど、明確な格付けをするってコトに抵抗感や、弊害を見出してるんだな。
「部隊長達は皆、未熟な頃のカナタを知っている。例外のダミアンを除けば、カナタに兄貴、姉貴ヅラしたい連中ばっかりなのさ。おまえは短期間に強くなりすぎた。だから皆、カナタの事を"自分以上の戦闘能力を持つ部隊長"だと思えず、入隊した頃のイメージ、"可愛い弟分"って意識がまだ抜けてない。そのうち皆も認識を改めるだろうが、それまでは一歩引いて、今までみたいに他の部隊長達を立ててやれ。」
マリカさんはポケットから煙草を取り出し、火を点けながらそうアドバイスしてくれた。
「オレはいつまで経っても"十二神将の末っ子"のままですよ。それに照京動乱の時に、バクラさん達は部隊長でもないオレに指揮を執らせ、顔を立ててくれました。そうまでして未熟な若僧を大事に思ってくれる先輩方を、オレも大切にしたい。例えオレが完全適合者になれたとしても、育ててくれた先輩部隊長達はオレの兄貴分、姉貴分です。その関係性は変わりません。」
「私達の心配は杞憂だったようだ。"実るほど、
大師匠、そんな大層なもんじゃありませんよ。オレは十二神将の先輩達に、後輩として可愛がってもらえてるのが嬉しいんです。……誰からも必要とされてなかった、地球にいた頃のオレにはもう戻りたくない。
─────────────────
恩師と恩師の師、憧れの先輩と酌み交わす酒を楽しむ夜は終わり、今日も朝日は昇る。
……背中にあたるおっぱいの感触。またナツメだな。シオンが何度言い聞かせても、ナツメとリリスはオレの寝床に不法侵入してくる。いや、貧乳も大好きなオレとしては望むところな訳だが……今朝は貧乳じゃない!
まさか、極度の着痩せのせいで、あまり知られていないが、実はガーデン巨乳ランキング10傑に入る実力を持つシオンさんが同衾してんのか!……違う!この巨乳の感触はシオンさんでもない!
「……もう朝か。おっ? カナタ、なかなかお元気じゃないか。若いねえ。」
「マリカさん!どこ触ってんですか!」
「朝っぱらからデカい声出すな。前の二人が起きちまうよ?」
オレの腕の中で猫みたいに丸まって眠っていたリリスは、覚醒すると同時にフルスロットル状態にモードを切り替えたようだ。
「もう起きたわよ!ちょっと!なんでマリカが少尉のベッドで寝てんのよ!ナツメ、不法侵入機を発見!撃墜を許可するわ!」
不法侵入機て。そもそもおまえら二人も不法侵入者じゃねえか。
「……んにゃ……おはよ、姉さん。……姉さんのおっぱい枕で二度寝していい?」
重い瞼をこすりながら、義姉に挨拶するナツメ。火隠忍軍の頭領と上忍という関係を義姉妹へと昇華させたこの二人は、鉄壁の姉妹愛を誇る世界最強シスターズだ。
「おはよう。それじゃあアタイと一緒に二度寝しようか。ナツメはいつもカナタの寝床で寝てんのかい?」
リリスを抱っこしていたナツメをちっちゃいコみたいに持ち上げて抱き寄せたマリカさんは、頭をナデナデしながら姉妹揃って二度寝モードに入る。
「……抱き枕が欲しい時だけ。だいたい毎日欲しいんだけど……」
マリカさんのおっぱいに顔を
「少尉ぃ~!このおたんちん!とうとうマリカにまで手を出したって訳?」
変位性戦闘細胞を仕込んだリリスの髪に首を締められ、安物のパイプベッドから引きずり降ろされる。
「おたんちん? どこの言葉だよ、それ。」
割と容赦なく首を締めるのはヤメれ。オレじゃなければとっくに落ちてんぞ。
「
可愛いお口をそっと手で塞いでストレートすぎる表現を阻止したオレだが、状況はさらにややこしくなる。
「あなた達!また隊長のベッドに忍び込んだのね!いったい何度言ったら分か……マリカ隊長がどうしてここに!」
"料理厳禁、お尻ペンペン専用"とマジックで書かれたフライパンを引っ提げて、部屋に乱入してきたシオンだったが、パイプベッドで二度寝してる忍者姉妹を見て絶句した。
「……隊長、この状況のご説明をお願いします。」
……丁寧な言葉の端々から、溢れる殺意が漏れ出てきてる。戦場よりも日常が大ピンチな指揮官って、同盟軍でもオレぐらいじゃなかろうか?
「え、え~と。シオンさん、これはですね……なんて言ったらいいのか……」
「なんと言ってもいいですが、このフライパンは高精製マグナムスチールで作った特注品です。……ヘタな鈍器より痛い事は保証しておきますね?」
シオンさん専用の懲罰武装か。ガーデンの鍛冶屋も余計なコトすんなよ。
──────────────────
「ん~、ナツメ。卵料理だけは一人前になったみたいだねえ。」
ナツメさん謹製のプレーンオムレツは、めでたく義姉に合格点をもらえたようだった。
「ここまでになんのに、どれだけ卵を無駄にした事かしら。根気よく教えた私に感謝して欲しいわね。」
ちびっ子シェフが大仰に
「ちっぱい様、
ついでに失敗料理を胃袋で片付けたオレにも感謝して欲しい。結構な期間、黒焦げのオムレツを片す人型ディスポーザーをやってたんだからな。
「なんで胸に向かって手を合わせてんのよ!手を合わせるのはもっと上でしょ、上!それにちっぱいって言うけどね!私はいずれは巨乳になる女なんだから!今に見てなさい!」
息巻いたリリスは、自身が考案した売れ筋商品"やらしい牛乳"をグビグビ飲んでみせる。牛乳を一気飲みしたって急に巨乳にはならんと思うが。……"巨乳への道は、一日にして成らず"と、おっぱい革新党を創設した偉人、アレクセイ・ルキャノフ師も仰っている。
あれ? 牛乳のパッケージにプリントされてるカバーガールが新しいコになってる!ホルスタイン柄ビキニのパツキン姉ちゃんなのは変わらんが、前のコはロングヘア、新しいコはショートっすか。いかにもグラビアアイドルって感じの先代と違って、今度のコはロリ顔の巨乳。これがロリ巨乳ってヤツだな。"やらしい牛乳"には金のシール、銀のシールがついてる当たりが存在し、チョコボール方式でカバーガールのヌード写真集がもらえる仕様になってる。もちろんその写真集は非売品だ。
……なるほど、カバーガールの交代は客の射幸心を煽る為か。今のコが交代する前に写真集を入手しなくてはいけない。無事にゲット出来ても新たなカバーガールが登場すれば、また戦いが始まる。顧客を飽きさせず、ライバル商品への浮気を許さない悪魔の叡智。さすが「悪魔の子」の異名を取るリリスさんだ。
「リリス、ナツメ、朝から下品な会話はヤメなさいと言ったでしょう。それでマリカ隊長、どういった事情で隊長のベッドで寝ていたのですか?」
持てる者の余裕、現在既に、紛うことなき巨乳のシオンさんは、おっぱい話に興味がないらしく、同じく巨乳を有するマリカさんに話を振った。言葉こそ丁寧だが、絶対零度の女だけにすごい冷気だ。炎術を得意とする火隠忍軍の頭領で、同盟屈指の火炎能力者でもあるマリカさんは、言葉の冷気を瞳の炎で撥ねつけながら言葉を返す。
「どういった事情もなにも。昨晩カナタ達と飲んでて、話の勢いでアタイとカナタは飲み比べをする事なった。そんでな、勝負に負けて酔い潰れたカナタを背負って、この部屋に来ただけさ。」
マリカさん、オレは"お酒は楽しむもので、勝負の道具じゃない"って言いましたよね? シグレさんも大師匠も"飲み比べなんて大人げない"と言って止めましたよね? なのに"アタイの酒が飲めないってのかい!"って絡んだのは誰でしたか?
「同衾する理由になってません!」
シオンに底冷えする瞳で睨めつけられたマリカさんは、大仰に肩を竦めた。
「そんな怖い目で睨むなって。部屋に帰るのが面倒になって、そこにあったベッドで寝たのがそんなにマズかったかい?」
「マズいに決まっているでしょう!ここは
一応、と留保をつけなきゃならないのがガーデンらしいよな。軍隊だってのに、世も末だぜ。
「ここの風紀なんて、誰も気にしちゃいないさ。細けえ事言うな。」
あ~んした義妹の口にフォークで刺した焼きソーセージを入れてやりながら、マリカさんは苦笑した。
「ガーデンの風紀を守る凜誠は、そう思ってはいませんよ? 私はこの事実をシグレさんに報告…」
この基地にだってミリタリーポリスは存在する。凜誠がそれで、その局長はマリカさんの親友、シグレさんだ。
「待て待て!悪かった、悪かったよ。もうしない(と思う)から、シグレにチクるのは勘弁しとくれ。」
「マリカ隊長、"と思う"って小声で言いましたよね?」
「シオンさん、そこまでにしといて。コトの次第を正確に報告されたら、オレもリリスもナツメも営倉入りだ。マリカさんは要領がいいから、上手く言い抜けてお咎めナシになるだろうしね。」
金髪の鬼検事は、拙い弁護人の言葉を聞いて、ようやく矛を収める気になってくれたみたいだ。
「……仕方ありませんね。マリカ隊長、二度とこんな真似をされては困りますから!」
「わかったわかった。まったく、カナタの副官はとんだ堅物だねえ。」
「堅物ではありません!私が普通なんです!ここは軍隊ですよ!」
うん、そーですよね。考えてみりゃシオンは常識を口にしてるだけだ。……常識人のシオンが異端児扱いされるガーデンがオカシイんだよな……
「はいはい、普通だ、普通。(羨ましいなら自分も同衾すりゃいいのにさ)」
「なにか、仰いましたか?」
「なにも言ってない。シオン、おまえの親父譲りの格闘術は大したもんだが、アタイから見りゃまだ甘いとこがある。侘び料代わりに、いっちょ揉んでやろう。」
「それは是非!願ってもない機会だわ!」
フェイントに引っかかりましたな。見事に話題を逸らされてる。マリカさん直々のトレーニングなんて豪華な撒き餌をチラつかせられりゃ、無理ないか。
「姉さん、私も!私も!」
「もちろんさ。おチビはどうする?」
「パス。汗臭い事はやんない主義だから。部屋に戻って本格的に二度寝するわ。」
怠惰なコトで。……ん? ペットドアをくぐって白い忍犬、雪風さん登場ですか。
「バウ!(遊ぼ!)」
「おはよう、雪ちゃん。二度寝はヤメて雪ちゃんと遊ぶ事にするわ。チャオ、皆の衆。」
頬をペロペロしてくる可愛い先輩の頭を撫で、その背中にベンチ座りしたリリスは、忍犬に連れられて去っていった。
「じゃあオレも出掛けるよ。作戦でしばらく留守にしていたから、領地の様子を見てこないと。」
「隊長はロックタウンに行かれるのですか。それだと帰りは遅くなりそうですね。」
「ああ。今夜は下屋敷に泊まって、明日の夕方、ガーデンに帰ってくる予定だ。シオン、オレが不在の間は部隊を頼む。」
「ダー。お気をつけて。」
軍服のまま寝ちゃってたから、そのまま出掛けられるな。シャワーを浴びて髭を剃り、歯を磨くのは下屋敷に着いてからでいいや。
……留守居役を任せてる天羽の爺様に会うついでに、孫のコトも相談しておいた方がいいな。
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