第12話 人類最後の砦

 死体を乗り越え、俺はのろのろと廊下を進んだ。

 身に覚えのない後悔と怒りが、ぐるぐる、渦巻いている。

 記憶が混濁しはじめているようだ。


 はやいところ決着をつけて、今世をおしまいにしよう。

 もうあと二百年ぐらいは平穏に死に続けたい。


「哀れなものだな、魔王」


 食堂に続く扉の前、四人の騎士が俺を待ち受けていた。


「畜生に身を落としてまで、人を焼きたいか」


 鞘鳴りの音も高く、一斉に抜刀する。


「盟約に従い、我ら銀鼠騎士団、ここで貴様を討つ」


 後ろからも声がした。

 気配から察するに、三人。


「我らこそは人類世界最後の砦! アルゴー公国の誇りにかけて!」


 なんだよ、それ。

 ふざけてんのか?


「我と我らが働きの内、報いに値せぬものは無し!」

「突撃!」


 前から後ろから、悲壮な決意を帯びた騎士たちが突っこんできた。


 突出した一人の頭を引っつかんで、首をへし折りながら目の前の騎士に叩きつける。

 廊下を砕きながら、まとめて肉塊になる。

 これで二人。


「“飛沫しぶく黒い炎”」


 俺の周囲から、どす黒く粘る黒炎が噴き出して二人の騎士を焼いた。

 “はしる魔力の打撃”で砕けた俺の右腕が、今度こそ完全に炭化して肩の付け根からぼろっと落っこちた。

 これで前から来た敵は殺した、次は――


「滅びの時だ! 魔王!」


 背中から入ってきた直剣が、腹を突き破って飛び出す。

 俺はその場で身体を捻り、剣の持ち手を壁に叩きつけた。


「“思慕の炎”」


 めくら撃ちした炎が、壁にもたれる騎士を追って焼く。

 魔法の代償が、俺の顔の右半分を焼いた。

 激痛と共に、右目の視界が失われる。


 追撃は、来ない。

 俺はゆっくりと振り返った。

 最後の騎士は、頭を抱え、へたりこんでいた。


 背中に刺さった剣を引っこ抜き、振り上げる。


「ひっ、ひい、ひいいいい!」


 みっともなく叫び、震えている。

 俺を殺そうと息巻いていた誇り高き騎士が。


「あんたらが――」


 俺は最後まで言い切れなかった。

 大剣が俺の右脇腹に入って脊椎を割り、左脇腹から抜けていったからだ。


 視界がぐるぐる回る。

 ぶったぎられた俺の上半身が、空中で回転しているのだろう。


「取ったぞ、魔王!」

「“かりそめの意思”」


 壁に激突しながら、俺は魔法を放った。

 突っ立っていた下半身が飛び跳ね、俺に斬りかかった騎士の首に足を絡める。


「“眷族の散弾化”」


 下半身の肉と骨を全て魔力に変換する。

 組み付かれていた騎士も、震え上がっていた騎士も、飛び散った魔力弾でまとめて穴だらけになる。


「あっがッ……」


 全身から血を噴きだして、騎士が呻く。


「ばけ、もの……」


 会ったやつ会ったやつことごとくそう言うし、どうやらそうみたいだな。


 立て続けに放った魔法が、反動で俺の身体をぐずぐずにしていた。

 よく生きてるな、俺。


「“強い再生”」

 

 回復魔法を放つ。

 下半身が生えてくる。

 もう、自分でもどうなっているのか分からない。


 こんな急ごしらえの肉体、いつまでも保つわけがない。

 あと一発でも魔法を放てば、さすがに自壊するだろう。


 あと少しだ。

 終わらせる。



 ――君を守る。


 ――どんな手を使おうと、君を守る。


 ――クローディア、君を。



 五百年以上前の記憶が、点いたり消えたりする。

 まるで他人の人生を見ているみたいだ。

 


 そうか、俺は守れなかったんだな。

 


 だから今、執着してるのか。

 守ろうと、必死になってるのか。


 あんたは俺の家族じゃないよ、だって?

 俺も同じだったよ、ツィンカ。


 俺は食堂に踏み入った。


 ヴェラが、静かに待っていた。

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