第13話 我と我らが働きの内――

「……眷族を差し向けたか。卑劣だな」


 ヴェラが言った。

 眷族?

 ああ、俺のことか。

 もう完全に化け物の見た目なんだな。


「まあ、いいさ。魔王よ、聞いているのだろう?」


 俺は視線を滑らせた。

 ヴェラの背後に、怯えた修道士たち。

 誰にって、俺に怯えているのだ。


 ツィンカは……いた。

 他の修道士たちと、同じ目をしていた。


「私はなにも怖れていない。ここが、正しき側だからだ。父を、愛すべき仲間を喪おうとも、我が心は揺るがない」


 ヴェラは抜剣した。


「“ウインドブレード”!」


 俺の皮膚が、風の魔法に飛び散った。

 

「さすがに硬いな。だが、棒立ちにさせておくつもりか? おまえが生まれ落ちた汚泥に還るまで、風の刃は切り裂き続けるぞ!」


 剣を振り回す度、風は俺の肉を削った。

 俺は魔法を浴びながらじりじりと前進した。

 もう、痛みさえ感じない。


「なぜ自ら命を絶たない! おまえは文明の敵だ! 人類世界を毀損せず! 一欠片の希望もなく! 一片の慈悲すら与えられず! 地の果てで孤独に果てるべき存在だ!」


 筋がちぎれ飛び、骨が割れた。

 俺はただ、切り刻む颶風ぐふうの中を進んだ。


「おまえの憎悪は何もかも筋違いだ、魔王! 正しき人々への逆恨みだ! おまえに許される愛などあろうはずがない!」


 残った左腕を、がむしゃらに伸ばす。

 ヴェラは剣を振り下ろした。

 刃は俺の鎖骨を割って止まり、ヴェラは剣を手放しながら飛び退いた。


 身体を旋回させて、ヴェラの動きを追う。

 飛び退いた先には、ツィンカがいた。


 ヴェラはツィンカの腕を掴んで引っ張り上げ、首に短剣を突きつけた。

 

「黙って刑に服していろ、魔王! 人類世界に余計な邪魔立てをせず!」


 いつも、こうだ。

 いつもいつもいつも、こうだ。


 正しさを保つための悪は、あんたたちにとって崇高なんだろう?


「……分かった、ヴェラ」


 俺は言った。

 まともに喋れているのかは分からないが、とにかく。


「さっさと殺せ」


 ヴェラは安堵のため息をついた。

 どうやらちゃんと口が利けていたらしい。


「もっと早く決断すべきだったな、魔王」

「異論はないよ」


 ツィンカの首筋に刃先を押し当てながら、ヴェラはじりじりと近づいてきた。

 俺の肩から剣を引き抜き、振り上げた。


「リゲル」


 ツィンカが、微笑んだ。


「わたしは、逃げませんから」


 おい、嘘だろ。


「生きてください」


 やめろ、そんなことする必要がどこにある!


「お願い、生きて」

「貴様!」


 ヴェラは刃を引こうとしたが、手遅れだった。

 ツィンカは身体を傾け、自らの首筋に、ナイフを柄まで突き立てた。


「ボーサの狐耳ィいいい!」


 真っ赤な動脈血を噴き出して、ツィンカの身体が倒れる。


「うああああああ!」


 俺は絶叫し、魔力を解き放った。

 直撃を受けたヴェラは壁をぶち抜いて外に放り出された。


 ああ、くそ、くそ、なんでだよ!

 どうしてこんなことになるんだよ!


 肉体がぼろぼろと崩れ落ちていく。

 腐って干からびて、剥がれ落ちていく。


 俺は走った。

 ツィンカは血の池の中で小刻みに痙攣していた。

 駄目だ、ふざけるな、そんなことは許さない。

 俺が誰かのために死ぬのはいい、でも誰かが俺のために死ぬのは許さない。


「滅びろォ!」


 背中に剣が突き立てられ、俺は床に縫い止められた。

 目から、口から血を吐きながら、ヴェラが仰向けにひっくり返った。


「邪魔だ、邪魔だ、邪魔だ!」


 俺は背中に刺さった剣を引っこ抜いて、ヴェラにのしかかった。

 ずたぼろの左腕で、力の限り振り下ろす。


 ヴェラは、まっすぐ落ちてくる切っ先を右掌で受け止めた。

 手甲を貫いた刃が、ヴェラの喉仏のすぐ手前で止まる。


「我と、我らが働きの内……」

 

 ヴェラは左手を伸ばし、刃を握った。

 両手に力をこめ、剣を押し返そうとする。


「報いに値せぬものは無し!」


 剣が、少しずつ持ち上がっていく。

 届かない。

 せめてあのとき、右腕が燃え落ちていなければ――


 腕?


「ひッ……ふ、ふはッ、あっはははははは!」


 ヴェラが狂ったように笑った。

 なぜかというと、俺が背中の翼腕よくわんで剣の柄を握ったからだ。


 翼腕にありったけの力を入れる。

 刃が、ゆっくりとヴェラの喉に沈んでいく。

 ずぶずぶと、音を立てて。


「あっ、がっ、ぐっが」


 ヴェラは俺から逃れようと、必死で脚を動かした。

 プレートメイルの踵が、石畳を削ってがりがりと音を立てた。


「な、ぜ、殺す、魔、王……」


 気管を貫き、頸椎を割り、切っ先が床に達する。


「あんたらが、始めたんだ」

「がっ」


 

 肺に残った最後の息が吐き出され――



 生が、失せた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る