第10話 “堅牢公”との戦闘
板金鎧に身を固め、冗談みたいな大剣を背負った老騎士。
表情から感情はうかがい知れない。
“監視者”に攻撃されていないということは、俺に敵意を抱いていない。
いきなり撫で切りにされる心配はなさそうだ。
「むかし迷惑をかけたみたいで、申し訳なく思うよ」
俺は軽口を叩いた。
「こちらこそ、あなたに働いた非道の数々を思うと眠れなくなる。若さを言い訳にはすまい」
「聖墓騎士は止めたの?」
アルゴー公は頷いた。
「気づいたのだ。盟約で、人類正義で心を鎧えば、どこまでも残虐になれてしまう、自分の愚かさに」
「たしかにあんたは、俺を殺すために父と母をなぶり殺しにしたけど……まあ、誰だってそんなものだと思うよ」
どういうつもりで出てきたんだこいつは。
俺はベルトにぶら下げたスクロールに手を伸ばした。
触れれば、ただちにスキルが発動する。
「我がアルゴー公国と兄のアルージャ王国には、力が必要だ。教皇庁を打倒するための力が」
「だから、聖殿騎士団から何もかも分捕るつもり?」
「そうだ。どうか、ここで命を絶ってはくれないか」
俺は首を横に振った。
「最初はそのつもりだったんだ。でも、あんたらが始めたんだよ」
「息子の不始末を詫びよう」
「似た者親子だな」
俺の皮肉に、アルゴー公は応じなかった。
「魔王よ。一騎打ちを所望する」
「騎士だね」
「勝利が見込めぬ戦こそ、誉れなれば」
こいつは、捨て駒になる覚悟でここにいる。
五歳の魔王なら、ぶち殺せるかもしれない。
魔法を使わせれば、相討ちに持ち込めるかもしれない。
仮に俺が生き延びても、消耗してよれよれになったところを他のやつが討ち取ればいい。
俺に選択肢はない。
無視して進めば後ろから斬り殺されるだけだ。
「よし、やろうか」
俺は“思慕のフレシェット”を手にした。
「参る」
アルゴー公が、大剣をぞろりと抜き放った。
あんなもんでぶった切られたら真っ二つだ。
剣の届く範囲まで寄せられた瞬間、終わる。
俺はフレシェットをまとめて五本投げ放った。
アルゴー公は横っ飛びに避けるが、“思慕”は対象を逃さない。
「玩具で様子見か、魔王!」
「最初から本気だよ」
俺はスクロールに触れた。
風景をゆがめて映す銀色の金属球が、俺の背後に扇状に五つ展開した。
これで残りのスクロールは四つ。
「“裁く水銀”!」
アルゴー公が着地し、切り返しのために止まった瞬間を狙って俺は叫んだ。
金属球の表面に波紋が立ち、水銀の針が射出された。
着弾した瞬間に蒸発し、高濃度の水銀蒸気を吸わせて中毒を引き起こすスキルだ。
わざわざスキル名を叫んだのは、喰らったら確実に死ぬと思わせるため。
怯えて判断が鈍れば、“思慕のフレシェット”で食える。
が。
「下らん!」
アルゴー公は大剣を振り回し、水銀の針を切り払った。
蒸気をかきわけ、俺めがけて突っこんでくる。
「うそだろ!」
なんなんだよこいつ、怖くないのか?
皮膚も喉もズタズタで、凄まじい痛みを覚えているはずだ。
“裁く水銀”は、激痛でのたうち回る兵士を戦場に量産するため生み出された。
酔いつぶれた虐殺フリークスが見る悪夢にしか出てこないような、最悪の設計思想だ。
正直に言って、このスクロール一つあれば十分だと思っていた。
俺はありったけの水銀針を射出した。
アルゴー公は止まらない。
致死量の蒸気を浴びながら、大剣を盾に距離を縮めてくる。
これ以上はこっちまで曝露してしまう。
“裁く水銀”を消すと、蒸気を切り払ったアルゴー公が眼前にいた。
次の一歩で、こいつの剣は俺に届く。
俺は次のスクロールを起動した。
あと三つ。
「終わりだ、魔王!」
俺の頭を粉々に吹っ飛ばす、横薙ぎの一撃。
風切り音を立てて、空を切る。
「消え――ぐッ、があああ!」
動揺したアルゴー公の背中に、“思慕のフレシェット”が突き刺さった。
小爆発が巨体を揺らす。
俺はすかさず、残り四本のフレシェットをまとめて放った。
アルゴー公の、背後から。
“時間噴流”、コンマゼロゼロ数秒先の未来に跳躍するスキル。
副次効果として、自転分だけ空間距離も移動する。
たまたま後ろに出たからいいものの、出現地点が建物と重なったら死んでいた。
もう二度と使いたくない。
合計九発のフレシェットに、致死量の水銀蒸気だ。
まともな相手なら死んでいる。
次のスクロールに指を添えながら、俺は爆発の起こした煙を睨んだ。
「おかしいか、魔王」
立ちこめる塵埃を、アルゴー公は切り払った。
「なにを笑っている」
「俺が?」
顔に、手を当てる。
たしかに俺の口元は、持ち上がっていた。
「虐殺こそが愉悦か。やはりおまえは
自分じゃそんなつもりはないんだけどな。
そうか。
俺、そういう奴だったのか。
なんか落ち込むな。
「ここで討ち果たす!」
アルゴー公は、残り僅かな命を燃やし、獣のように最短距離を突進した。
すかさず、俺はスクロールを起動した。
生じた炎の長槍を掴む。
魔法武器、“
スクロールはあと二本、ここで終わらせたい。
まっすぐやって来るアルゴー公を十分引き込み、俺は槍を突き出した。
掠っただけでも燃え上がり、肉体を燃やし尽くす確死の炎だ。
板金鎧と大剣の重量を抱えたアルゴー公は、止まれずに槍まで突っこんでくる。
「来い、“スクトゥム”!」
アルゴー公が、吠えた。
眼前に出現した大盾が、穂先を弾く。
“火刑の杖槍”が俺の手から消え、盾を焼く。
態勢を崩した俺の真横に、アルゴー公が回り込んだ。
「生まれた罪を
アルゴー公が大剣を振りかぶった。
振り下ろされれば、俺は死ぬ。
「やれ、“監視者”」
黒い太陽から、炎の杭が降った。
そもそも、アルゴー公はなぜ“監視者”に撃たれなかったのか。
敵意が無いのではない。
魔法盾を上空に浮かせ、射線を遮っていたのだ。
かつて俺の魔法から生き延びたのも、この盾を生む魔法“スクトゥム”によるものだろう。
“監視者”の性質に気付き、対応してみせたのは見事だ。
“堅牢公”の異名はこの男の本質を捉えている。
“火刑の杖槍”を“スクトゥム”で防ぎ、“監視者”に焼かれる前に俺を殺す。
あるいは、“監視者”の攻撃を、避けるなり切り払うなりする。
アルゴー公が立てたのは、そんなプランだろう。
だとすれば、“
「がッ……」
アルゴー公の土手っ腹を、炎の杭がぶち抜いた。
姿を晒す、射線を通す。
この最悪に使いづらい条件を満たさなければならない“監視者”の攻撃は、必中の概念を帯びる。
大剣を振り上げたまま、アルゴー公は大量の血を吐いた。
「だが……魔王の首は、ここで、獲る!」
「うそだろ、死んでろよ!」
血泡を吹きながら歯を食いしばり、アルゴー公が剣を振り下ろした。
刃は俺の身体にぶつかり、あえなく弾かれた。
“無垢の加護”は、物理攻撃を遮る“無垢”を十秒間肉体に与える。
ここで使わされたのは最悪と言っていい。
「ああ――」
アルゴー公はのけぞり、天を仰いだ。
「これで、
大剣を手放し、仰向けに倒れ――絶命した。
俺は呼吸を整えながら、アルゴー公の死体を見下ろした。
かけるべき言葉は、なにもなかった。
手持ちのスクロールはあと一本、残った敵は、なんかいっぱい。
思ったよりも追い込まれた。
しかし、大将首は落とした。
向こうにも動揺が広がっているはずだ。
もしかしたら、降伏してくれるかもしれない。
修道院の扉を押し開ける。
殺気だった数十人の
「元気じゃん」
俺は言った。
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