第9話 “監視者”

 “監視者”のスクロール。

 その効果は、さしわたし数キロに及ぶ現実改変。

 “場”の中では、使用者への敵意に反応し、自動で攻撃が発動する。


 はっきり言えば、ぱっとしないスキルだ。

 

 まず発動するため、人前に身を晒す必要がある。

 太陽から射線が通っていなければならないため、屋根の下に身を隠されたら使えない。

 “場”を上書きされるか、範囲外から魔法を撃たれれば終わりだ。


 なんでこんなものが図書室アルシーヴに保管されていたかというと、使ったときになんかきれいだったから。


 とはいえ魔力をまともに操れない今、オーロラ見物程度にしか使えないスキルでも俺の生命線。

 がんばってもらおうじゃないか。


 頭が痛いしおなかも減ったし背中に腕生えてる感覚がすごく気持ち悪い。

 地面に刺さった矢に足を引っかけて三回ぐらいよろけた。

 俺はフラフラしながらなんとか壕に辿り着いた。

 橋は落とされている。


「攻城戦かあ。だるすぎるな」


 二本目のスクロールを起動する。

 地面から巨大な柱がにょきにょき生えてきた。


 “灰重塔かいじゅうとう”。

 なんということはない、単なるタングステンの柱だ。

 ちょっと燃えにくく、けっこう重い。


 本来、こんな使い方をするスキルではない。

 備蓄・輸送用だ。

 切羽詰まった身の上、四の五の言ってはいられないんだけど。


 半径二メートル、高さ二十メートルの柱が、城門めがけて倒れていく。

 石と鋼と木材が、触れた側から引き裂かれていく。

 あらゆるものが砕ける音、地響き、破壊に巻き込まれた者の悲鳴。

 塵埃が、“監視者”の炎に照らされて赤く輝く。


 俺は地面に埋まった“灰重塔”の上をよろよろと歩いた。

 肉の焦げる臭い。

 血と肉と瓦礫と埃の殺風景。

 なんだか懐かしさを覚えて、俺はちょっと微笑んだ。


 小作人が住む集落へと、足を踏み入れる。

 歩兵はあらかた死んだようで、あちこちに死体が転がっていた。


 俺は修道院区画目指して、人家や農具小屋を足早に通り抜けた。

 血の色をした五枚羽根の風車が、足もとでからからと鳴った。

 引き抜くと、さまざまな情報がどっと頭に流れてくる。


 突入に先がけ、俺は一つのスクロールを起動していた。

 “家父の気がかり”は使用者以外に認識不可能な風車だ。

 撃ち込んだ場所の周辺情報を読み取り、引き抜いた際、使用者に返してくれる。

 感知範囲こそ狭いが、認識されないし魔力も要らないのでなかなか便利な代物だ。


 さっきまでこのコマンドリーには、銀鼠騎士団と修道士と小作人、併せて五百人強がいた。

 うち、武装した者は百名で、これが銀鼠騎士団だろう。

 今、襲撃者は六十人にまで減っている。


 修道士たちは――ツィンカは、おそらく食堂に閉じ込められている。

 修道院の、よりにもよって最奥だ。

 

 ひゅっと風切り音がして、俺の前を矢が通り過ぎた。

 屋内からの射撃だ。

 “監視者”の弱点を見抜いたヤツがいたらしい。


 俺は“家父の気がかり”を投げ捨てながら“思慕のフレシェット”を起動した。

 空中に、十本のダーツが生じる。

 一本ひっつかんで放り投げるなり、爆発音と悲鳴が上がった。

 追尾性と重量に優れる“思慕”の品詞を乗せたダーツ。

 鎧をくほどの威力はないが、小爆発による牽制効果も期待できる。

 バフもないまま顔面に喰らえば、まあ死ぬだろう。


「ああ、くそ。足りるかこんなん。最悪だ」


 残りは五十九人。

 こっちのスクロールはあと五本。

 表に引きずり出せれば“監視者”で焼き殺せるだろう。

 だが、残っているのはどうやら目端の利く奴ばかり。


 こつこつ使っていけば、堅牢公のところまでは保つだろう。

 問題は、こいつだ。


 だんだん、思い出してきた。

 二十年前、俺はたしかに魔法を発動した。

 聖墓騎士をぶっ殺すため、自分の命と引き替えに。


 だが、アルゴー公はどうやらぴんぴんしており、息子と騎士団を連れてこんなところまでやって来た。

 新生児とはいえ、俺の使う魔法に耐え抜いたということだ。


 消耗を抑えつつ進み、大将首を落として降伏を迫る。

 俺の勝ち筋は、そんなところだろう。

 

 生け垣で仕切られた修道院区画に到達した。

 ここにも数人分の死体が転がっている。

 のこのこやって来た俺をしばこうと飛び出し、“監視者”にぶち抜かれたのだろう。


 さて、どうやって攻めるべきか――


「魔王、私を覚えているか?」


 背後から声をかけられ、俺の心臓が鈍く鼓動した。

 振り返ると、アルゴー公カノプス三世が立っていた。

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