第十八話 欠片 5



 祭りの日がやってきて、例年通りにククルは女踊りを、ユルは二才ニセー踊りを披露した。


 地元のひとも、観光客も大いに盛り上がっていた。


 御獄うたき回りも終わり、宴会の時間になる。


 ククルはごくごくと桃のジュースを飲んで、息をついた。


「やあ、ククルちゃん。お疲れ」


「弓削さん。ありがとうございます」


 隣に、ビール缶を手にした弓削が座る。


「といっても、私の舞は昨日だったし……今日のお疲れ、はユルなんですけど」


 ちらりと、ユルのほうを見やる。彼は少し離れたところで、せがまれて三線サンシンを弾いていた。ユルの弾くどこか淋しげな民謡に耳を傾けて、ククルは目を閉じる。


「そうだったね。でも、昨日はろくに話せなかったし」


「あはは……。すみません」


 ククルは舞が終わったあと、自室で気絶するように眠ってしまったのだ。夕食を取るのも忘れて寝入ったのは、緊張が解けたからだろう。今日は今日で朝も早くから神事をこなして、ユルの舞が始まる前に裏方の手伝いもしていたので、弓削と顔を合わせられなかったのだ。


「ククルちゃんの舞、きれいだったよ」


 褒められて、頬が熱くなる。


「えへへ、未熟な舞で恐れ入ります……」


「ほんとほんと。お世辞じゃないって。それに、夜はさすがだね。あんな激しい舞とは思ってなかったよ。かっこいいね、二才ニセー踊り。観光客の女の子も黄色い悲鳴をあげてたよ」


「ユルは本当に、上手ですし。剣術を習ってたから、剣を振るう振り付けがすごく様になりますよね」


 自分が褒められたかのように嬉しくなって語ると、弓削は微笑んだ。


「そうだね。……剣術を習っていたのか。夜は昔から、天河ティンガーラを?」


「あ、違うんです。前にも言ったように、私が祈ってユルが力を振るう……って構図で。ユルが使っていたのは、普通の武器でした。私たちがニライカナイに渡ったとき、神様が私たちの力を分離したみたいなんです。天河は、ユルの霊力の結晶みたいなもの……かな」


 ククルの説明に、弓削は「ふうん」と返事をしてビール缶をプシュッという音を立てて開けていた。


 今になっても、ユルは弓削に身の上話をしていないようだ。


 ククルもあれ以来、ユルにお願いすることはなかった。本人が嫌がっているのに、無理強いするのは酷な話だと思ったからだ。


「あー、明日には大和に帰らないとな。君たちは、もう少しここにいるんだよね」


「はい」


「……なんだか、名残惜しいな」


 弓削は缶ビールを飲んで、ぼそりと呟いた。


「懐かしかったですか?」


「うん。多分、僕のなかにいる君のお兄さんが無意識下で喜んでいるんだろうね。辛い思いもしたようだけど、きっと故郷が恋しかったんだよ」


 そう聞いて、ククルは涙をこらえる。


 目を閉じれば、まなうらに色あせない思い出としてティンの姿が蘇る。優しい笑顔で、トゥチと手をつないでいる。


「僕と君たちの関係性もわかって、よかったよ。所長に報告してもいい?」


「もちろん。でも、所長さんは既に知ってるんじゃ……?」


「さすがに、所長もわかってなかったんじゃないかな? 千里眼といっても、何でもかんでも見えるわけじゃないらしいからね。でも、僕と夜を組ませたのは、何か感じるものがあったからなのかもね」


「なるほど……」


 伽耶は、どこまで見透かしていたのだろう。




 翌日、弓削は朝早くの飛行機で一足先に大和に戻っていった。


 彼を見送ったあと、ククルとユルは空港から出る。


 今日もいい天気だ。見上げれば、雲がいくつか風に流されていっている。


 髪と服を、風があおる。


「おい、ククル。立ち止まって、どうしたんだ?」


「……ううん。何でもない」


 ユルの言葉でハッとして、ククルは数歩先に佇むユルに追いつくべく、駆け足になる。


(本当は……ユルのお父さん……空の神様が何か、教えてくれないかな、って思ったのだけど)


 並んで歩きながら、ククルはユルの横顔をちらりと見た。


 八重山の海で完全に浄化を終わらせたのに、ユルの霊力に未だに違和感がある。


 ククルには、それがなぜかよくわからなかった。


(大和に戻る前にもう一度浄化させてもらって……。あとは、所長さんに聞いてみよう)


 そう決めて、ククルはユルの手を取った。


「……何なんだよ」


「なんとなく。嫌?」


「別に……」


 素っ気なく答えた割に、手は存外にしっかりとした力で握り返された。


『君が一歩進まない以上、関係は変わらないよ』


 河東の言葉を思い出す。


 この、言葉にできない関係が心地よいのに。どうして変えなければならないのだろう。


 ずっとこのままでいられたらいいのに、と思ってククルは握った手を意識した。




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