第十六話 失踪 6
ふたりは、家を出てすぐのところにある、ハンバーガーショップで昼食を取ることにした。
ククルもユルもまだ疲れが抜けていないので、ほぼ無言の食事となった。
ククルはハンバーガーを食べ終え、ジュースをすすっているところで、ふと思いついた。
「ねえ、ユル。
ユルは元々口数が多い方ではないが、今は敢えて喋らないようにしているかのようだった。何か、口にすると恐ろしいものを胸に抱えているみたいに。
「……やっぱり、お前は勘は鋭いんだな」
「ん? うん……。何かあったなら、聞かせて」
「…………ウイがいた」
ためらいのあと、ユルはそう呟いた。
「ウイ? ウイって、聞得大君と一緒にいた……毒蛾の魔物?」
「そうだ」
「ユルが、殺したはずだよね」
「間違いない。でも、いたんだ。はりつけになっていたオレを見て、話しかけてきた」
にわかには信じがたかったが、ユルが嘘をつく理由もないだろう。
「数百年かけて、蘇ったってこと? でも、それならどうして琉球じゃなくて大和に来たんだろう」
「それが、オレにもわからない。オレやお前の命を狙っているにしても、行動が変だ。あの無防備なオレに、何もせず話しかけるだけだった。ウイの力なら、鬼女を出し抜いてオレを殺すぐらいのことは、できたはずだ」
「ユルを恨んではいないってこと?」
「それすらも、わからない。魔物の考えは、さっぱりだ」
ユルはだるそうに頬杖をつき、ストローをくわえていた。
(ウイが、ここにいる……)
ククルも、混乱していた。ユルが言いよどむのも無理はないだろう。
「とにかく、それも所長さんに相談しよう。何か知ってるかも、だし」
「そうだな」
ふたりは、ほぼ同時に飲み物を飲み終わり、席を立った。
事務所に入ると、伽耶はククルたちが来ることを見越していたかのように、所長室から出てきた。
「来ると思っていたわ。弓削くんも来て」
伽耶が声をかけると、それまでデスクでパソコンを操作していた弓削が立ち上がった。
「はい」
弓削も加わり、三人は伽耶に続いて所長室に入る。
「エルザさんは?」
「大学だよ」
ククルの問いには、弓削が答えてくれた。
そうか、今日は平日だった……と今更ながら思い出す。
「三人とも、そこのソファに座って」
ククルたちは示されたソファに座り、その正面にあるソファに伽耶が腰かけた。
「……で。雨見くん、なんとか回復したみたいね。ククルさんに感謝しなさいな」
伽耶の言葉を受け、ユルは曖昧に頷いていた。
ククルはその隣で、身を固くしていた。伽耶はおそらく、ククルが生気をユルに分け与えたことを言っているのだろうが、ユルはククルが助けにきたことについての言及だと解釈しているはずだ。
口移ししたことを思い出せば、今更ながら恥ずかしくなってくる。どうか伽耶があのことをユルに明かしませんように、と願いながらククルは伽耶を見つめた。
「それで、ここに来たのは報告のため?」
「ああ。オレが紅葉……あの鬼に会ったところから、報告する」
ユルは全てを語った。数百年前の琉球で退治したはずの、魔物が声をかけてきたことも。
「うーん。難しいわね。私の千里眼も、異界には効かないから。……でも、もしかしたらあの町は他のところにもつながっているのかもしれないわ」
「琉球にもつながってるってことですか?」
ククルが思わず立ち上がりかけると、伽耶は苦笑した。
「わからないわ。その可能性がある、ってだけよ。でも、ククルさんか雨見くんを追いかけてきた……というよりは、可能性が高いと思うわ。妖怪は、意外に自分の土地を離れたがらないものよ。それに、あなたたちに干渉したかったのなら、琉球にいたときに声をかければよかった話。その妖怪は、それほどあなたたちに関心がないのかもしれないわ」
伽耶の話は、一理あった。
ククルは三月までずっと琉球にいたし、ユルも大和に行ったきりではなく、休みには帰ってきている。
わざわざ大和まで追ってくる理由が、わからない。
それなら伽耶の言うとおり、あの町が琉球にも続いていると考える方が、納得できた。
「……だとすると、あんまり心配しなくていいのでしょうか?」
おずおずとククルが尋ねると、伽耶は腕を組んで考え込んでから小さく頷いた。
「そう思うわ。それよりも、雨見くんを捕らえた紅葉という鬼女の方が危険だわ。斬りつけられたことによって、逆恨みしているかもしれない。雨見くんは自分で戦えるからいいけど、ククルさんが問題ね……」
「僕の、護衛の式神を貸しましょうか。呪文を唱えれば、変身できるようにしておいて」
弓削の提案に、伽耶は微笑んだ。
「いい案ね。弓削くん、お願いできる?」
「はい。準備してきます」
弓削は席を立ち、部屋を出ていった。
伽耶は改めて、残された二人を
「雨見くん。今日のことは深く反省しなさいね。ククルさんは、しばらく身辺に気をつけて。……ああ、そうだわ。私、あなたの連絡先を知らなかったのよね。互いに登録しておきましょう」
「は、はい」
ククルは鞄から携帯を取り出し、伽耶に渡した。伽耶はククルが機械音痴なのは百も承知なのか、手早く登録して返してくれた。
(また、連絡先が増えた)
少し嬉しさを覚えるククルであった。
弓削にとりあえず一週間分――七枚のヒトガタをもらい、ククルたちは帰路についた。
歩きながら、ククルはユルを見上げる。
「もう、時戻りなんて考えないでね」
「……わかったよ」
「私が大和に来たいと思ったのは、ユルの……」
傍にいたかったからだ、と告げかけてククルは口をつぐんだ。
これ以上、責任感を負わせるようなことになるのは、本意ではなかった。
「なんでもない。行こう」
二人が歩き出してすぐ、梅雨の始まりを感じさせるような小雨が降ってきた。
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