第十話 退治 6
眠ったユルをまた起こしたくなくて、ククルは携帯電話を片手に病室から出た。
幸い、すぐ近くに開けた休憩スペースがあったので、そこに向かいながら携帯を耳に当てる。
『あー、雨見くん聞いてる? 君に頼まれてた本だけどさ、あれ以外はどうも見つからないんだよね。君、もうすぐ琉球に帰るって言ってたからさ。これだけ言っとこうと思って』
ククルが椅子に座るまで、河東は相手がユルだと信じて滔々と話し続けていた。
『あと、琉球に帰るなら珍しい本あったら買ってきてほしいな。琉球にしかない本、ってのもあるはずだろうからね。あーでも、君って離島の出身だっけ。でもどうせ、ナハには寄るだろ? 乗り継ぎの時にでも、頼むよ。あとお土産よろしく。ちんすこう以外の、お菓子でね』
(本? 本って何だろう)
お土産のくだりを聞き流しながら眉をひそめた時、さすがに返事がないことを不審に思ったのか、河東が呼びかけてきた。
『おーい、雨見くん?』
「は、はい」
『え!? 女の子の声?』
「あのー、先日お会いした、和田津ククルです」
『えええっ!? ギャルゲーに出てきそうな、幼馴染み系巫女さん!?』
何やら勝手に定義されていて、ククルは思わず笑いを漏らした。
『あれ? 君が出たってことは、雨見くんはどうしたんだい』
「ちょっと……ユル、具合が悪くて。代わりに出ておいてくれって言われたんです」
入院している、とまでは言わないでおいた。どうせ、明日には琉球に帰ることになっている。河東に心配をかけるのも野暮だろう。
『そうなんだ? 大丈夫なのかい?』
「…………少し休めば、おそらく」
ククルは言葉を濁しておいた。
『そうかあ。じゃあ……』
電話を切る気配がしたので、ククルは思い切って気になったことを聞いてみることにした。
「あのー、河東さん」
『ん? 何だい?』
「ユルの、独逸人の彼女だったってひとについて、聞いてもいいですか」
『えーっ、なんでいきなり』
「お願いします!」
『僕が雨見くんに殺されたら、どうするんだよ!』
さすがに、ユルはそこまで物騒ではないと思う。多分。
『…………まあいいけど。もう。僕を、ややこしいイベントに巻き込まないでくれよな』
「いべんと?」
『こっちの話。何が聞きたいんだ? 容姿については言ったろ。美女だったって』
「そうですけど…………」
たしかに、何を聞きたいのだろう。たとえ聞いたって、このもやもやした気持ちが晴れるわけがないのに。
『まあねえ。君の気持ちも、わかるよ。信じていた幼馴染みが、大都会に行ってしまって彼女をこさえていたなんてさ。しかも、相手は金髪美女と来た。これはイベントでもきつい。これがギャルゲーで男女反対なら、僕は発狂しそうになるだろう』
「あ、あの?」
『悪い、何でもない。でもまあ、あの時は時間がなくて言えなかったんだけどさ。どー見ても二人は恋人同士に見えたよ。しょっちゅう、一緒にいたし。雨見くんの家に彼女が訪れていたみたいだし! でも、雨見くんをからかうと、むすっとした様子で〝英語を習っているだけだ〟って言ってたんだよね』
「英語を?」
『そう。彼女は母親が
それなら、ユルの言い分は間違っていないのかもしれない。周りにはそう見えただけで、本人は本当に英語を学んでいるだけだったのかもしれない。
『ただ、これは雨見くんからの発言。彼女側は、友達に付き合ってると言っていた。だから僕も、そう思っていたわけだけど。なんだかねえ』
「どうしたんですか?」
『いや。雨見くんは照れ隠しで嘘をついてたんじゃないか、と思い込んでいたんだ。でも、君に会って二人の様子を見ていたら…………雨見くんのが、正しかったんじゃないかなと思えてきた。だからまあ、心配しなさんな。大体、どっちにしろ彼女はもういないんだし』
「……はい」
『あー、お助けキャラみたいなこと言っちゃった! まあいっか。とにかく、雨見くんに頼まれてた本はあれ以外になかったとだけ、伝えておいてくれる? そう言えばわかるから。あと、お大事にってね』
「はい、伝えます。ありがとうございます」
『じゃあ、また。和田津さんも気をつけて、琉球に帰ってね』
通話を終えて、ククルはホッと息をついた。
病室に帰ると、弓削が椅子に座っていた。入れ違いになっていたらしい。
「あ、ククルちゃん」
彼は爽やかに笑って、手を挙げる。
「どうしたの? 電話してたの?」
弓削はめざとく、ククルが手に持った携帯電話に気づいたようだ。
「はい。ユルが、代わりに話聞いておいてくれって言ったから」
ククルは自分が寝ていたベッドの上に腰かけた。改めて、ユルの携帯を見る。電池が残り十五パーセントとなっていた。
「充電しないと…………」
「充電? ああ、それなら僕の充電器を使えばいい。機種が一緒だからね」
「はあ」
弓削は持っていた鞄から、充電器を取りだして、病室のコンセントに刺して、それをユルの携帯につないだ。
(ど、どうなってるんだろう)
何とか電話やメールぐらいはできるようになったが、やはりククルにとって機械は摩訶不思議だ。機種が同じ、という意味さえわからない。
「さっき、ユルの目が覚めたんですよ」
弓削の背に声をかけると、彼は「おや」という声と共に振り返った。
充電器につないだ携帯をテーブルに置いて、弓削はまた座った。
「それはよかった。調子はどうだった?」
「意識は、はっきりしていました。でも、腕も動かせなくて。こんなので、琉球まで行けるのかな」
「そうか……。さっき、所長と電話で話していたんだけどね。なんとか、チケットをもう一枚取れたらしい。なにせ、夏休みでオンシーズンだろう? 大和から琉球への里帰りするひとも多いし。だから、君たち二人のチケットを取るのも大変だったそうだ」
弓削の話を聞いて、ククルは大和から琉球へのチケットについて全く考えずに来てしまったことに思い至り、青ざめた。
政府とつながりのある伽耶が手配してくれて、ようやく取れるような難易度だったのかと、ククルは目をぱちぱちさせた。
「そうだったんですか。……ん? でも、もう一枚って?」
「僕が付き添うよ。君だけだと、不安だろう」
「弓削さんが? たしかに、助かりますけど」
ククルでは、ユルを抱えることも無理だ。肩を貸しても、ふらふらになってしまう。
「でも、いいんですか?」
「もちろん。所長命令だし、送り届けたらすぐに帰るけどね。君の故郷、神の島は民宿が数えるほどしかないから、僕は信覚島に泊まることにするよ」
既に、手配を終えているような口ぶりだった。
(弓削さんが付いてきてくれるなら、安心だ)
ククルは心から安堵して、息をついた。
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