第二話 旅人 5
とりあえず毎夜、浜辺に見回りに行こうと、ククルはユルと約束した。
皆が寝静まった頃に二人は起き出し、浜辺に出た。
空を見上げると、無数の星が瞬いていた。この島から見上げると、信覚島より星がよく見える。昔と同じぐらい、とはいかないが――それでも、かつての夜空を思い出すような星空だ。
ククルは波打ち際にやって来て、ユルを振り返った。
「……いる、よね」
「そうだな」
二人とも、勘づいていた。魔物が、近くにいると。
まさか連続でこの浜に出るとは想定外だった。二人とも油断して、寝間着の浴衣姿で来てしまっていた。
ユルは静かに「
強い風が吹き、木々が揺れる。
海の向こうから、黒い何かがやって来た。
「お前は家に入ってろ!」
「……でも」
ククルが逡巡している内に、魔物が浜辺に近付いてきた。
ひたひたと黒い波が打ち寄せる。
ククルは魔物の姿を凝視した。足が、すくむ。
それは巨大なチョウチンアンコウ――のような、形の魔物だった。本物のアンコウではない。こんなに大きな魚は存在しないからだ。魔物の姿は、一軒家に匹敵するほど巨大だった。
ククルは、ハッとした。
魔物の体内で、光るものがある。あれは――
「この魔物、人間の
益々集中して行くと、マブイの形も見えて来た。
昨日話した、あの女性もいる。
「……とにかく、退治するしかないか」
「うん。私、邪魔にならないようにするけど、家には帰らないよ。ユルに何か教えられるかもしれないから」
「わかった。――下がってろ」
ユルは素直に頷いた。
(戦えないけど、私もユルを手伝うことができる。ユルは、私ほど魔物のことが見えてないみたいだし)
ユルが刀を構えると、魔物が咆哮をあげた。ユルを頭から食おうと、口を開けて襲って来る。
ユルは飛びずさり、刀を一閃した。しかし皮が厚いのか、ちっとも効いていないようだった。何度も、その応酬が続く。
相手があまりにも巨大で、ユルは戦いにくそうだった。
(このままじゃ、こっちが不利だ)
傷つけられないまま、ユルが消耗してしまう。以前ならククルの祈りの力で身体能力も上がったのだが。二人の力が分離した今、ユルは普通の人並の体力で戦わねばならない。
魔物は緑の液体を吐き出し、ユルにかけた。
「……くそっ」
避けたものの、腕に傷が走り赤い血が噴き出す。
「……
小刀を呼び出し、ユルの腕に当てる。たちまち、傷が癒えた。
「ユル。これじゃあ、きりがないね」
「どうすりゃいいんだ?」
「それは――」
ククルが続けようとした時、急にユルに突き飛ばされ、砂浜に尻もちをついた。魔物が襲って来たからだ。
ユルは刀を魔物の目に当てたが……固い何かで覆われているのか、弾かれてしまった。
(目なら普通、弱点になるのに)
ククルは起き上がりながら、必死に魔物の体を見据えた。顕現したままの命薬を握りしめ、集中する。
(お願い、教えて)
意識が澄んで、闇越しに何かが見えた。魔物の横腹に、何か
魔物の本体――ないし弱点は、あれかと知覚する。
「ユル! 魔物の左のお腹にくっついているのが本体だよ!」
「……わかった!」
ユルも認識したらしく、砂を蹴って海に飛び込んだ。
「気を付けて!」
ククルは警告を発した。夜の海は魔物の領域だからだ。
魔物が叫び声をあげた。海中で、ユルが斬ったのだろう。魔物が暴れ、波が起こる。
浜辺に打ち上げられた波の中から、ユルが立ち上がった。
「惜しかったな。海中じゃ、刃が鈍る」
呟き、ユルは血の混じった唾を吐き捨てた。
魔物を浜辺に寄せるには……と考えて、ククルは閃いた。
「ユル! 私が囮になる!」
「ばっ、馬鹿!」
「その隙をついて、斬って!」
ククルは魔物に近付き、ゆっくりと後ずさった。ユルは眉をひそめ、こちらを見守っている。
(今思ったら、ユルも近くにいるしユルを襲ってしまうんじゃ……)
と、そこまで考えたところで思い出した。
“行方不明者は女性ばかり”とミエが言っていたことを。
ぞっとした瞬間、魔物はククルに向かって襲って来た。
ユルは青ざめたが、冷静に魔物の横腹に飛びかかる。彼の刀が、横腹に付いた小さな雄と思しき物体を引き裂く。
魔物は絶叫したが、速度を緩めることもなく大口を開けてククルに喰いつこうとする。
尻もちをついてしまい、思わず目をつむった時、走って来たユルがククルの前に立った。
彼は気合の声と共に、太刀で魔物の口内を突き刺した。どろどろした液体が魔物の喉の奥から滴る。
魔物は絶叫し、のたうちまわる。それに呼応したように海が荒れ、波が魔物と二人を飲み込んだ。
ククルは目を覚まし、まだ暗い空を見上げた。
重い、と思ったらユルがククルの上で倒れている。
「ユル、大丈夫?」
問うも、返事がない。意識を失っているようだ。心臓は規則正しく打っているので、心配ないだろう。
波に呑まれた時はどうしようかと思ったが、二人ともなんとか生きているようだ。
あれからどのくらい時間が経ったのだろう、と思いながらククルはユルの背を撫でる。
(怪我、してないよね……)
ふと、ユルの肩越しに海の方を見やる。光の玉が、いくつも海から昇っている。
光の玉――その一つが、見知った姿を取った。昨日話した、女性だ。
魔物が喰った
「ごめんなさい……」
せっかく思い直したのに、魔物に喰われてしまった女性。彼女に向かって、ククルは謝った。あの時、魔物の気配を無視すべきではなかった。
彼女は哀しそうに微笑んで、また光へと姿を変え、昇って行ってしまった。
その幻想的ともいえる光景に、ククルは目をつむって祈った。
せめて――彼女をはじめとする魔物に喰われた人たちの魂に平穏が訪れますように、と。
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