第二話 旅人 2


 翌日、登校して席に着いたククルは早速隣席の比嘉薫に話しかけた。


「おはよう、比嘉さん」


「おはよう」


「昨日もまんが、ありがとうね。少し読んだよ。……でも、あのまんがに出て来る人ユルに似てなくない?」


「えー! 似てるってば。もっと読み進めてみて!」


 ククルが問うと、薫は熱弁していた。


「そうかなあ……」


 そもそもユルは、あんなに喋らない気がする。


「あんまり読んだことのない舞台だから、読むの時間かかるんだよね。返すの遅くなるかもしれないけど、ごめんね」


 謝ると、薫はにっこり笑って首を振った。


「気にしないで。返すのいつでもいいからね。……ああ、そっか。和田津さんって、病気で学校にほとんど行けなかったんだよね。先生が言ってたよ。娯楽もほとんど経験できなかったって……」


「へ? う、うん」


 そういう設定になっているのか、と感心しながら一応頷いておく。


 伊波家が先生に言ってくれたのか、それともユルか――。


(ユルじゃないか。伊波のおじさんだよね)


 違うだろうと見当をつけ、ククルは前の方に座っているユルの背中を眺めた。


「私でよければ、何でも聞いてね」


「比嘉さん……!」


 ククルは薫の優しさに感動した。そして、聞こうと思っていたことを思い出す。


「そういえば、私……まんがの種類ってよくわからないんだよね」


「そうなの?」


「うん。よかったら教えて」


「いいよー。じゃ、今日一緒に本屋に行ってみる?」


「行く!」


 ククルは即座に返事をした。




 ククルは若干緊張しながら、薫と共に本屋に入った。ユルにはきちんと、先に帰っててほしいと言った。ユルは前回のような驚きは見せず、「ふうん」とだけ言っていた。


「和田津さん。ここが、少女漫画のコーナーだよ」


「こーなー……」


 区画っていう意味だっけ、と考えながら薫の指さす一画を見やる。ククルにはお馴染みになった一画だ。


「それで、この反対側が少年漫画だよ。行こう」


「うん」


 薫は丁寧に説明してくれた。


「具体的に、何が違うの?」


「大体、少年漫画は男子向けで少女漫画は女子向けなんだよ。でも、女の子でも少年漫画を読んだりする人は多いみたいだね。逆はあまり聞かないけど、いるはずだよ」


「なるほど。……で、ここは?」


 ククルは周りを見渡す。この区画には馴染みがなかった。


「ここは青年漫画。大人向けの漫画だね」


「……ん?」


 ククルは青年漫画が並んだ箇所の隣に、不思議な表紙が並んでいるのを見つけた。


「あれ? これ、どっちが女の人? どっちも胸ぺったんこだね」


 手を取り合っている二人、という構図としてはありがちな表紙だ。


 それを手に取ってみると、薫が慌てた。


「和田津さん! そ、そこは私も詳しくないジャンルだから……! 少女漫画コーナーに戻ろう!」


「ん? うん」


 薫が必死だったので、ククルはその本を戻して薫を追って歩き出した。


 その後、二人とも漫画本を買って本屋を後にした。


「比嘉さん。せっかくだから、あの店で一緒にかふぃー飲まない?」


 思い切って誘ってみると、薫は嬉しそうに頷いてくれた。


(やった!)


 二人並んで店に入ろうとしたところで、薫が「あ」と声を発した。


「どうしたの?」


「……あれ、雨見くんじゃない?」


 見れば、商店街の道向こうからユルと男子数人が歩いて来ている。


「あれ。ユルも友達と遊ぶことにしたんだね」


 何も言ってなかったから、ククルが言づけた後に決まった予定なのだろうか。


 ああして同年代の男子に交じっていると、ユルは普通の少年に見えた。


「和田津さん、入ろう。それとも、雨見くんに挨拶していく?」


「う、ううん。ユルこっちに気付いてないみたいだし、入ろう」


 なんとなく気まずくて、ククルは店内に入った。


 そしてまた、注文口で立ち往生することになる。


(なんだっけ……この前飲んだやつ……)


 来る度に覚えておこうと思うのに、すっかり忘れて店を出てしまうのが常だった。


「こ、これ! お願いします!」


 メニュー表を適当に――氷のものに限るが――指さすのも、もはやお馴染みになってしまった。


「はーい。ストロベリーカフェラテウィズホワイトチップのフローズンですねー」


「は……はい」


 戸惑いながらも会計を済ませ、商品を受け取って席に着く。薫も少し遅れて、ククルの正面に座った。


 いただきます、と呟いてストローで名前の覚えられない飲み物を啜る。


「おいしい……。いちごの味だ」


 来る度に違うものを頼んでしまうが、どれもおいしいので問題なかった。


「おいしそうだねー。私は抹茶フローズンにしたよ」


「それもおいしそうだね」


「一口飲む?」


「うん。私のも飲んで」


 交換して、ククルは抹茶なんとかを啜った。


(ああ……やっぱり、いいなあこういうの)


 今はもう喋ることもない、美奈と綾香と来た時もこうやって交換し合ったことを思い出す。


(ユルはいつも苦いかふぃーしか頼まないし。それくれ、なんて言わないし。まあ付き合ってくれるだけ、ありがたいけど)


「和田津さんは、この店よく来るの?」


 薫に問われ、ククルは曖昧に頷いた。


「うーん、よく……ってほどじゃないかな。たまに」


「そう。雨見くんと?」


「うん。ほぼ、無理矢理連れて来てる感じだけど」


 あはは、と笑ってククルは一口啜った。


「仲いいねえ」


「……う、うーん?」


 果たしてユルと自分は仲良し、と言える関係なのだろうかと考えてしまう。固い絆があることはたしかだけれども――。


 


「それで、まんがについて色々教わったのでした!」


 ククルは夕食の折、今日あったことを語っていた。


 伊波夫妻とおばあさんは、にこにことククルの話に耳を傾けてくれている。


 肝心のユルは、聞いているのか聞いていないのか、ぼんやりした様子で箸を口に運んでいる。


「ユル、聞いてる?」


「聞いてない」


 冷たい返事を受け、ひどい、とククルはむくれた。


「ま、まあまあ二人とも仲良くね。ところで、そろそろ夏休みね。一旦、あっちの島に帰るんでしょう?」


 伊波夫人が、慌てて話題を変えた。


 ククルは、ゆっくりと頷く。


「夏休みの間は、あっちで過ごす予定です」


 ククルの故郷――神の島。そこの高良家で、夏休みを過ごすことになるだろう。夏にはお盆もあるし、祭りもある。神事を行わなければならなかった。


「連絡船でそんなにかからないし、何かあったらいつでも来なさいよ。お祭りの時には、そっちに行くから」


 伊波にそう言われ、ククルは微笑み、頷いた。

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