ラストダンス

 みんなが踊り疲れているスキに私は会社から懇親の力をふりしぼって逃げ出した。どうしようこれからのこと。今時珍しい公衆電話を見つけた。そうだもう実家に逃げ込もう。とんでもない限界集落の田舎だけど、それが嫌で都会に出てきたんだけど、もう背に腹は代えられない。しばらく潜伏して再起をはかろう。もうそれしかない。実家ならとりあえず迎えてくれるだろう。

 私は実家に電話をかけるとすぐに母親がでた。私だと知ると私がなにか言うのを拒んで母親がまくしたてる。

「あ、エリカ。今こっちはお父さんが家で熊に襲われて大変なのよ。これからいろいろ大変なのよ、ああどうしよう。しばらくアンタの相手できないわ。ここの家ももう出ないといけない。あんたはそっちでがんばりなさいね。もう切るね。ああもうこんなときに電話してきて」一方的に電話を切られた私はしばらく電話のツーツー音を聞いていた。これは宇宙への通信音、ツーツー。もうダメだ。体力ももう残り少ない。思考能力も体力もエンプティー。だけど、つか熊って。熊が家に来るってどんだけ田舎だよ。ツッコミもどれだけ遅れているんだよ。

 私は赤信号になっているのに気がつかないでいつの間に車道に出ていた。向こうからゆっくりとダンプカーが迫ってくる。いや、これはダンプカーがゆっくりなんかじゃない。過去のことが走馬灯のように見えるとかっていう例のアレの状況のヤツだ。こういうとき、だからこその渾身のダンスができるかもしれない。もうダメだっていうこのときこそ


 どうしたらいい、こういうとき、どうしたらいいの、こんなとき、そんなときは、そうやっぱり踊るしかない。

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びっくり箱アンソロジー・JackintheBOX・NoOdd収録 @tatsu55555

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