サードダンス
踊り疲れた私は病院のベッドで寝ていた。なんで私が病院にいるのか。刺されたのは私じゃないはずなんだけど。それともウソデに刺されたのに気がつかなかったのか。シニンの奥さんに一緒に刺されたのか。シニンから渾身の力で刺されたのか。妄想上とはいえ刺されすぎだろ。それにしても痛みがない。麻酔でも打たれたのか、それでも痺れのようなものもない。もしやここは冥界病院ではないだろうか。今にもそこから死神が、と思ったら普通に看護婦さんが現れた。B級ホラーも一瞬で終わって聞けば私は意識不明に陥って丸一日寝ていたらしい。寝過ぎだろ。自分にツッコミを入れると頭に血が上って頭痛が襲ってくる。
シニンはなんとか一命をとりとめたらしい。なかなかにみんなしぶといな。次のダンスではひとりぐらい死んでもいいのではないか。よくないか生還おめでとう。後遺症次第でおめでとうでもないな。寝ていただけの自分が一番めでたいやつだな。それで病院送り。シニンの奥さんとウソデはどうなったのだろうか。ふたりとも人だかりの中で銃刀所持バリバリだったしひとりは思いっきり人刺しているし。
足に若干の痙攣がみられるものの(緊張がまだ解かれていないのではという見解)特にケガをしているわけでもなし頭痛も時期に治まるだろうと言うことで退院ということになった(なんかいいかげんな診察だな)さて退院手続きというところで警察がまた事情聴取にやってきた。また警察だ。この一週間で一生分の警官の厄介に遭っている。最後に警察にお世話になったのはいつだ。小学生のときにデパートで迷子になって以来ではないか。それだって警察ではなくて警備員だったのかもしれない。
私はただの被害者でしかないので逮捕されることはなかったが今の体力ではちょっと尋問されただけでえん罪をなすりつけられてもなすすべなしかもしれない。目撃者もたくさんいて助かった。って逮捕されてたまるか。
翌日。そりゃそうだって独り言もでちゃうっていうぐらい憂鬱な出勤だ。
会社に入るとみんな慌ただしく動き回って誰も私のことなど気にしていなかった。なんか人数も減っているし電話ではほとんど謝っているし、怒号が飛び交っている。とても声を誰かにかける雰囲気ではなかった。
と思っていたら誰かが私の名前を呼ぶと、その喧噪は破れて一気にみんなが注目してきた。
「お前、今頃のこのこなにしに来たんだ」誰だかわからない人がほぼ初対面だというのに顔を真っ赤にして怒ってきた。なにしにって一応ここの会社員として属しているのでここで仕事をしようかと、それで給料日にはしかるべくお賃金を拝領しようかと考えておるでヤンス、へへっ。とおでこのひとつでも叩きたいところだけど、なにしろ会話の思考能力ガソリンがエンプティーをきってしまっている今、あうあうしか言えなかった。そうしていると「この件については社長個人の問題でしょう」と横からまた誰だかわからない人が声をあげる。ここの会社に所属しているといっても興味なかったり直接の関係がないと本当に誰が誰だか覚える気ないから、わからなすぎ、というのもここにきて困ったものだ。というかなんの話だ、いや話はぜんぜん見えてこない。
「あの私ちょっとこの二日ほど入院していて情報というか状況がまったくわからないのですけど、なにがあったんですか」私はやっと言葉に出して言う。
「社長が会社のお金を全部持ち出してルーマニアに高飛びしちゃって不渡りで会社が倒産してしまうのよ」
「そこまで言わなくていい」なんだかこの会社の偉い人かと思われる人はえらい剣幕だ。倒産してしまうとこの目の前にいる偉そうな人は会社の偉い人の肩書きがなくなってただのハゲデブオッサンに転落してしまうのだろうか。話はこの会社が倒産してしまうということか。ええええ。
ガナイを見つけた。飲み会のときとは違ってまた顔が真っ青になっている。唇は夏も過ぎ去ったプールでむりやり泳がされている小学生さながらにムラサキ色になって震えている。本当にドザエモンのようだ。どこで溺れた。ここでか。ショウガナイヨで済まされない事案のようだ、受話器からは怒鳴っている声が漏れている。顧客からなのかどこかで情報得た暇人か、クレームのえげつなさを伝えている。電話はさっきからどれも鳴り響いている。
ガナイは私に気がつくと幽霊がごとく近づいてきた。私の腕を掴むと廊下に連れ出した。力が強い。なんだこの異様な雰囲気に興奮して犯そうとでもいうのか幽霊のくせして。と思ったら力尽きて膝に手を置いて息を切らせている。体力なさすぎるだろ。
「おい、社長が会社のお金を持ち出して逃げたらしいぞ」それ、さっき聞いたわ。「その理由がこの一週間で人は車にはねられるわ殺傷事件が起こるわで社長の気が触れてルーマニアまで祈祷に行ったらしい。それ、全部お前のせいだろ。おい、どうするんだよ」
ルーマニアってそんな呪術がさかんだっけ。ヨーグルトで有名なのはなんて国だっけか。吸血鬼とかってルーマニア発祥だったような、宇宙人もルーマニアだったようなって咄嗟にでるルーマニア無駄知識。っていうかパワースポットならハワイとかチベットとかマチュピチュのほうがよくないか。祈祷ならアフリカとか。なんで野犬がうようよいるルーマニアなんかに。って問題の焦点はそこじゃないか。ってなんで私のせいなんかーい。ツッコミをガナイに入れてもノーリアクション。ノーリアクションどころか地蔵のように立ち尽くして眉ひとつ動かさない。どうしたメドゥーサにでも睨まれたか。
もうこれ以上石になってしまったガナイを相手しても仕方ないので、もうこうなったら逃げよう。私のせいにされたらかなわない。
非常階段から降りようと重い扉を開けたらウワーッ。肉の燻製場みたいにいっぱい肉がぶら下がっている。よくみたらこの前私にツバをあびせまくって説教した名前も知らないオッサンたちじゃないか。なんであんだけ怒るエネルギーがあってここで吊られているんだ。ひとりやふたりじゃなくてもう偉い人いっぱい心中しちゃってるよ。天国の鳥貴族で飲み会の予約でも入れたのか。
重い扉を閉めてふと目をあげると、血走った連中が何人も私に向かってゾンビよろしくにじり寄ってくる。バイオハザードというゲームでは銃を使えたけどここはあいにく日本だ。銃を保持しているのは警察とヤクザと野比のび太しかいないのだ。そして当然私は持っていない。ナイフも火気もない。カッターですらない。いや相手はまだゾンビではない。まだっていうかその予定もないのだけど。でもどんどん私を囲んでいく。もう思考がうまく回らない。みんなもそうでしょう。
どうしたらいい、こういうとき、どうしたらいいの、こんなとき、そんなときは、そう踊るしかない。さあこの際みなさんご一緒に。
ワンステップ私が一歩踏み出せばワンステップ相手も一歩引いていくわ。
ワンステップ私が一歩弱気を出せばツーステップ相手は強気に出るの。
思い通りにならない人生とはいうけれど少しぐらい私の思いをきいてくれてもいいじゃない。みんなも思い通りにならないのに、どうして人は思い通り以上の希望を描くの。
ワンステップ勇気をだしてワンステップ自分を変えてツーステップ行動おこして未来を少しでもよくしたい
私がおこしたワンステップで人を幸せにできたらいいな。弱気になっても後ろにいかない。立ち止まってもいいからワンステップ。ワンステップを大事にしたい。これからはじまることもワンステップ。みんなも動きだそう。まずはワンステップ。これからもずっとワンステップ、ツーステップ、トマトケチャップ。アンドゥトロワ、アンドーナッツ、あれどうなってんの、そういうときはジャンピンでゴー。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます