4 同情しない、共感もない。
BSB現象の発症時、肉体はもちろん、発症者は精神にも多大な変調を来すといわれている。
その最たるものが発症直後などに見られる、己が身もいとわないようなおよそ正気とはいえない状態だ。
原因として考えられているのは、発症に伴う脳内物質の過剰な分泌である。それにより極端な興奮状態となって攻撃性が増し、他者への暴力をはじめとした犯罪行為に走るのだ。
そうした暴走傾向にある発症者に待っている結末は、ほとんどの場合がその死である。
暴走を鎮圧できず射殺されるケースもあれば、異能の酷使に耐え切れず細胞が壊死し、そのまま死に至るケースもある。
鎮圧に成功した場合も、暴走傾向が強ければ鎮静剤を打たれたうえで拘束され、症状の進度によっては意識が戻らず肉体が衰弱、宣告された余命よりも早く亡くなることがほとんどだ。
そして、仮に無事〝保護〟されたとしても、彼らに待っている〝残り時間〟は悲惨なものである。
BSB発症による周囲への被害は、心神喪失による責任能力の欠如を理由に、基本的には無罪として扱われるものの、先のとおり特別病棟などに隔離され、監禁といっても過言でない余生を強いられることとなる。
世間的にはそうした扱いを良しとせず、患者の人権を訴える向きもあれば、被害者遺族たちによる抗議も後を絶たず、また政治的にも「患者の保護に国民の税金を使うのはいかがなものか」等の議論も尽きない。
――そんな世論や、隔離・拘束される生活によって抑圧され続けるBSB発症者の心情とは如何なるものか、それは想像するにあまりある。
一部の『被験者』は発症した当時を振り返って、「まるで世界の全てが敵になったようだった」と語っている。
異能を使って病院を抜け出し、自棄になって自覚的に罪を犯すものが現れるのも仕方のないことなのかもしれない。
一方で――そんな彼らに銃を向けるものたちの心情もまた、計り知れない。
義務感だけで人を殺せるだろうか。そこには敵意があるかもしれない。同情があるかもしれない。後に尾を引くような罪の意識が残るかもしれない。
この世界に、呪いしか生まない。
そんなものの、何が『
■
屋上に出た
そして、彼らを挟み込むようにして向かい合う、屋上入り口側に立つ三人の警官、フェンスを背にした病衣姿の女性――彼女が、そうなのだろう。警官の一人が拳銃を向けている。
「…………」
状況を確認すると、次凪は前に踏み出した。
ほとんど音もなく、警官たちの横を抜ける。
「ちょっ――」
我に返った
「あつ……ッ」
伸ばした手が空を切る。摩擦熱のような痛みが指先を襲い、雪末はとっさに手を引っ込めた。
「何……?」
周囲の景色に変わりはない。にもかかわらず、一歩でも進めばそこはまるで炎の中だ。そう思わせるほどに高温だ。
熱い。先ほどにも増して暑い。
緊張からではない汗が手の平に滲む。
雪末は同僚たちと顔を見合わせた。引き止めるべきだが進めない。しかし相手は〝一般人〟だ。
そんな空気の中を、その少年は顔色一つ変えずに進んでいく。
ふと足を止めたかと思うと軽くしゃがみ込み、横たわる警備員が手にしていたものを拾い上げた。
「…………」
それを手に、屋上の縁へ向かって進む。
震えていた病衣姿の女性は、呆然とした顔で少年を見つめていた。
「こんにちは」
変わらぬトーンで声をかける彼の行動を、雪末たちはただ見守るしかない。
「どうしたんですか」
場の雰囲気に似合わない言葉、その口調。独特な空気が流れ始める。
成り行きを見守らざるを得ない雪末たちの前で、彼は、
「死にたいんですか」
そう言って、手にしたそれを女性に突きつけた。
『――――!』
その場に動揺が走るも、次凪はただ真っ直ぐに女性を見つめている。
ともすれば軽く引き金をひいてしまいそうなその様子に、固唾を呑みこんだ雪末は、とっさに見えない炎の中へ飛び込もうとした。
「わ、たし……」
瞬間――ふたつの出来事がその場に起こった。
「死にたくない……ッ!」
悲痛な叫びが空に響き――
「……?」
詩稲次凪は目を見開く。
少年はその瞳に、フェンスの向こう側に消えていく人影を映していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます