3 BSB現象




 BSB現象――生体フレアとも呼ばれる、人間の体内から発せられる生体信号が異常に増幅され、その周辺環境にも電気的な影響を及ぼす現象、あるいは「症状」だ。


 世間的には〝超能力〟、もしくは〝異能〟などとして認知されているそれは、おもに健康な――少なくとも本人はそうであると思っていた若者が〝余命〟を宣告された際に発症する。


 唐突に告知された〝残り時間〟に対する拒絶反応、ショックによる生存本能の活発化などが原因と考えられるが、余命宣告はあくまで一つのきっかけであり、災害などで自身の死を身近に感じるような状況でも発症が確認されている。


 BSB現象は、生体信号……中でも生体電位という、動物や植物の生命活動によって生じる電気のようなものが増幅し、電磁波を発生させることで様々な影響を自身や周囲に及ぼす。


 たとえば、携帯電話などから発せられる電磁波が航空機や医療機器に影響を及ぼすという話は有名だ。

 BSB発症者は周囲に対してそうした〝影響力〟を持ち、近づくだけで電子機器に異常を引き起こしたり、場合によっては破壊することが出来るのである。


 また、誘電加熱によって電子レンジのような高熱を発生させたり、筋肉を電気刺激することによって身体能力を飛躍させたりといったことも可能だ。


 BSBはまさしく「超能力」と呼ぶに相応しい力を人に与えるが、それらはであることを忘れてはならない。


 BSB発症者の多くは自暴自棄になり、社会に混乱をもたらすのが常だ。

 命を顧みない暴走、暴動、死を前にしているため犯罪行為もいとわないものがほとんどで、そのため――そうでなくても、BSB発症者は世間から危険視されている。


 生きたEMP爆弾、歩く放射性物質、呼吸するだけで人を殺す、無意識なテロリスト……それらの表現がBSB発症者に対する世間の見解を示しているといえよう。

 本人に犯罪の意思がなくとも、発症に伴う爆発的な電磁パルスによって周囲の電子機器を破壊したり、稼働中の生命維持装置に支障をきたしたりと、おもに医療現場に多大な損害をもたらすことがあるのだ。


 そして皮肉なことに、BSB発症を促す余命宣告が行われるのは、いつだって病院なのである。




                   ■




 BSB発症者への政治的な対応を求められた際、「どうせ死ぬんだから放っておけばいい」――などと、のたまった失言大臣は今頃どうしているだろう。


 そもそも、発症してすぐに死ぬのならいいが、余命とは明日、明後日すぐ死にますなんてものじゃない。数か月から数年と期間があり、発症者にも残された人生がある。

 まあその〝残された時間〟が短いからこそBSB現象が起こるのかもしれないが――


 これは、どういう心理なのだろう、と。


「……近づかないで!」


 金切り声をあげるBSB発症者を前に、雪末ゆきすえかがりは銃を手にしながら考える。


 場所は紗冬さとう大付属病院、屋上。

 その女性は屋上の縁、焼け焦げたフェンスの背に立っている。

 入院患者なのだろう、病衣を身に着けた二十代前半ころの女性で、肌は青白く、痩身の身体を抱くように腕を回し震えている。その姿だけを切り取ればまるで彼女が寒空の下にいるかのように見えるが――


(……暑い……)


 


 その女性を中心とした周囲一帯の空気が熱を帯びていて、まるで炎に囲まれているのではないかと錯覚する。

 緊張のせいもあるのだろうが汗もひどいし、なんだか呼吸も苦しいから本当にどこか燃えているのかもしれない。


 先ほど火災警報があったが――あれは一般の来院者を避難させるためのフェイクだ。BSB発症者が現れた際などにそれを病院職員に通達するサイン。

 それを聞きつけた病院職員……一般医療スタッフは来院者の避難誘導に回り、〝こうした事態〟に対応するための訓練を受けた警備員が発症者の対処に当たる。

 警察の到着はそうした一連の出来事の〝事後〟になることがほとんどなのだが――


 がたがたと震える発症者の前で、倒れ伏す警備員たち。


(……不幸中の幸い、ね)


 幸いにも、偶然別件で居合わせた雪末たち三人が現在こうして発症者と対峙している。


 しかし、事態は膠着しているといっていい。


(警備の人たちが威圧したせいで怖がってるし、この熱のせいで不用意に近づけない。こちらに意識が向いてるからスタンガンのたぐいも使えない……)


 雪末たちの携行しているスタンガンは、針のついたワイヤーを射出し、高電圧を対象に加えて行動不能にするテイザー銃と呼ばれるものだ。しかしこれを使うには射程が足りず、仮に届いても彼女の〝異能〟が針を弾く恐れもある。

 また、スタンガンは高電圧を加えることで筋肉を強制的に収縮させるものだが、BSBの状態によってはそれがきちんと機能しない場合もあるのだ。


 ここは相手が落ち着くのを待って――待っているあいだにも階下の院内で医療機器に問題が起きているかもしらず、彼女が興奮するなどして電磁波が強くなるようなことがあれば、被害はもっと広範囲に及ぶかもしれない。

 こうして向き合い彼女にプレッシャーを与えることもまた、余命宣告と同様のストレスとなって異能発現を手助けしてしまう。時間はない。


 ついでに言うなら目の前で倒れ伏している警備員たちの身も危ない。

 周囲の温度は上昇を続けているようだ。異能とはつまり電磁波である。携帯の電波程度ならともかく、同じ電磁波でもX線やガンマ線は発がん性を持つ。

 BSBによる遺伝子への影響については「場合による」としか言えないが、日用品から放射能まで、BSBはあらゆる波長の電波になり得る〝危険性かのうせい〟をはらんでいる。時間がない。


 しかしそれでも、なんとか彼女を説得して、隙を見て鎮静剤を打ち込むしかないのが現状だ。


(だけど……)


 その女性は、屋上の縁に立っている。

 少し力を加えれば――彼女が異能を使えば簡単に壊れそうなフェンスを背にして。

 すでに異能の影響だろう、一部が焼け焦げているその金網の向こうには、晴れ渡った空とビル群。彼女がもう少し後ずされば、あるいは地上へ真っ逆さま。


 ――どうせ死ぬんだから放っておけばいい。


 なるほど、それなら解決だ。

 ちなみに雪末らの腰には実弾の入った拳銃がある。うまく当たればこれでも殺せる。


 馬鹿を言え。


(EMP爆弾……電子機器を麻痺させる非殺傷兵器……)


 生きたEMP爆弾などと呼ばれるBSB発症者が、その余命以外で死を迎える時――それこそ今のように、発砲されたり、屋上から落下するその瞬間――極限まで増大した生体電位が暴発する。

 理論上では、核爆発による電磁パルスにも匹敵しうる被害が出てもおかしくないといわれているのだ。

 不用意に、引き金はひけない。


 話し合いで解決できるならぜひともそうしたいのだが――


「ね、落ち着いて――、」


「来ないで……!」


 ……相手は聞く耳をもたず、こちらが口を開くほどに追いつめてしまう。


 八方塞がりだ。


 あとはもう、なんとか時間を稼いで、そのあいだに遠距離から狙撃をおこなうしか――


「…………」


 そうやって、雪末が目の前で血を見る覚悟を決めた時だった。



「こんにちは」



 そう言って、一人の少年が屋上に現われた。



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