第一章

 1 一日の終わりと始まり




 ――きっとその日は、人に言わせれば「災難な一日」になるのだろう。


 放課後、校舎を出てから、教室に忘れ物をしていることにふと気が付いた。

 それを取りに戻ろうと思ったのが災難の始まりか。


 最終下校時刻も近づき、日も暮れてきた放課後――野外で活動する運動部も片づけをはじめ、体育館からは未だ活発な物音が聞こえてくる。

 校舎に入るとほとんどひと気がなく、静かな廊下を一人進んだ。


 てっきり教室にも誰もいないだろうと思っていたのだが、近づくにつれ話し声が聞こえてきた。

 聞くつもりはなかったものの、耳に入ってきたのはいわゆる「陰口」に近いやりとり。


「さっき帰るの見かけたよ? 今ならまだ追いつくんじゃない?」


「嫌だよ、詩稲しいなってなんか気味悪いし……というか、なんであたしが」


「そりゃ、委員長なんだから――」


 詩稲次凪つなぐは教室へと足を踏み入れた。

 途端に静まり返る教室には、二人の女子生徒。そのうちの一人が、次凪の忘れ物を手にして固まっていた。


「それ」


 次凪がクラスの友人に貸していたノートだ。

 提出期限が今日までの宿題で、友人は昼休みにそれを思い出してからというもの午後の授業のあいだ、必死に書き写していた。

 放課後には終わっていたのだが、クラスメイトから掃除当番を頼まれた次凪はそのとき手が塞がっており直接受け取りそびれた。適当にその辺に置いてもらったのだが、それをすっかり失念していたのである。


「あ、えっと……はい」


「ありがとう」


 ノートを受け取り、鞄に入れ、踵を返した。

 教室を出ようとしたところでふと思い出し、次凪は振り返る。

 二人がびくりと固まった。


「さようなら」


「さ、さよなら……?」


 上ずった声を背に、次凪は教室を後にした。

 そのまま何事もなく校舎を出ながら、ふと考える。


 ……気味が悪いとはどういうことだろう。


 それは何か、対外的には問題があるのだろうか。

 だとするなら、それはどうすれば改善できるのか――そういったことに考えをめぐらせながら、横断歩道を渡り終えた直後だった。



 詩稲次凪は突っ込んできた車に撥ねられた。



 ――目を覚ましたのは、翌日の午後のことである。



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