キミを撃ち抜く、弾丸になりたい。

人生

プロローグ

 0 ひび割れた景色を望む




 ――目が覚めて最初に感じたのは、違和感だった。


 何かが足りない。何かが欠けている。そんな気がしている。

 何か、忘れているのかもしれない。そう思い、目覚めたばかりの頭をすっきりさせるために洗面所へと向かった。


 冷たい水で顔を洗う。見上げた鏡に映るのは、代わり映えしない自分の顔。白い髪、青ざめたように白い肌のなかで瞳だけがやたらと黒い――幽霊のようだと言われた表情。


「…………」


 軽い頭痛を覚えながらタオルで顔をぬぐう。

 つうっと、水滴が頬をつたった。


 ――何か、大事なことを忘れている。


「おはよう、次凪つなぐくん」


「おはようございます」


「ん」


 お喋りなおばさんと寡黙なおじさん。二人の養親。

 いつも通りの朝、変わらない食卓。落ち着かない。


 朝食を経て、登校した。


 外に出ると、朝日を眩しく感じた。

 今日はなぜだか、世界がいつになく刺々しい。

 自然と足早になって、体感でふだんよりも数分早く、学校にたどり着く。


 校門を抜けると後ろから声をかけられ、クラスメイトとあいさつを交わす。教室までの道すがら、彼の話を黙って聞いていた。


 教室に着くと、ちらほらと声がかかった。隣の彼が返事をするのに合わせて、「おはよう」とひとまとめに応える。

 目に入るクラスメイトたちの顔。教室に入るものを振り返るもの、気にせずそれぞれの作業に集中しているもの。見慣れた顔ぶれ、この時間に登校している平均的な面子。みんなの顔と名前は憶えている。

 だから、教室に入る足が止まった。


「……詩稲しいな? どうした?」


 先に教室に足を踏み入れた彼が振り返る。不思議そうに――あぁきっと、幽霊を見たような顔とは、このような表情を言うのだろう。そんな、驚いたような顔をしていた。


「どうした……?」


 改めて、聞いてくる。


 何を言うべきか言葉が浮かばず、ただ視線をもとに――直前まで見ていた女子生徒の方へと戻した。


 その生徒は一度だけこちらに顔を向けたものの、まるで何事もなかったかのように他の女子とのお喋りに興じている。

 当たり前のように、クラスの空気に溶け込んでいる。


 ただ、知らない。

 見慣れた顔ぶれの中に、知らない生徒が混ざっている。


「……委員長がどうかしたのか?」


「…………」


 委員長。

 そういえば、そうだった気がする。彼女を知っている。顔も、名前も。ちゃんと把握している。


 もう一度そちらに目を向ければ、たしかに彼女は委員長だ。名前は、未遠みとお晴咲はるさ。この一年二組のクラス委員を務める女の子。


 ――なぜ、彼女のことを失念していたのだろう。


 頭の片隅が、軽くうずいている。


「……大丈夫か?」


「うん、大丈夫」


 頷き、笑みを浮かべた。彼はまだ納得していないようだったが、特に追及はせず、自分の席へと向かっていった。


 それからは、代わり映えのしない日々の光景が流れていく。

 ふとした違和感も、日常のなかに埋没していく――



「――放課後。……話あるから、来て」



 不意に、彼女にそう声をかけられた。




                   ■




 指定された場所を訪れると、そこにはすでに彼女の姿があった。


 唇を引き結んでわずかにうつむき、両の手を固く握って佇んでいる。

 まるで何かを堪えているかのような彼女は、不意に顔を上げると、硬い表情でこちらを強くにらむ。


 怒っているように見えた。肩に力が入っていた。涙を堪える、小さな子供のように映った。

 それから彼女は小さく息をつき、肩から力が抜けて――今一度硬く拳をつくって、改めて顔を上げてこちらを見据えた。


「……詩稲」


「うん」


 名前を呼ばれ、頷く。一瞬、彼女の表情が歪んだように見えた。


「……っ」


 唇を噛み、そして彼女はもう一度口を開く。


「これから、」


 絞り出すように小さく、しかし力のこもった声で。


「あたしはこれから、あんたに酷いことをする」


 それはいったい、どういう感情なのだろう――



「これから、あたしはあんたを傷つける」



 ――それは復讐であり、贖罪だった。

   それが正しいことだったのかは分からない。

   ただ、あたしにとってそれは必要なことだったから――



 傷つける、と。

 そう言った彼女は、なんだか泣き出しそうな顔をしていた。



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