第35話 我の傍にいろ
「何をしても倒せない……? 一体どういうことなんだラルフ?」
ラルフの絶望の表情に事態を半ば悟り、俺は顔が青褪めていくのを感じた。
剣で真っ二つに切り裂いても増殖した怪物。
何をしても倒せないというのは、もしかして剣で切り裂いた時だけではなく……
「テレンスが散々やった。燃やしても、引き裂いても、潰しても、雷撃で黒焦げにしても、何をやっても奴らは増えちまうッ!」
「――――っ」
ラルフが叫んだ。
どんな方法でも倒すどころか増えてしまう?
そんな、馬鹿な。それじゃあ打つ手なんて何もないじゃないか。
「そんな……それじゃあ一体どうすれば……」
失望のあまりふっと力が抜けそうになる。
その一瞬の隙をすかさず狙って怪物が飛び掛かってくる。
「ギィーーッ!!」
「ッ!」
しまった。
すべてがゆっくりに感じられる。
怪物の攻撃に黒すけが反応して、手が跳ね上がる。
だが追い付かない。
怪物の触手が刃をすり抜け、俺の胸へと迫る。
レオやアーサーくんの助けも間に合わない。
駄目だ、このままでは心臓を触手に一突きされて死ぬ……!
死の予感に俺は硬く目を閉じた。
……?
何も起きない?
「――――
低く、大木のようにしっかりとしていて尚且つ心が安らぐような優しい声音。
囁くように俺を呼ぶ彼の声が耳に届いた途端、胸がドキリとするのを感じた。
だってその声は夢の中でしか聞けない筈なのだから。
「間に合った。これで我が直接護れる」
目を開ける。
俺の目の前には、夢で何度も見たその人が立っていた。
「黒すけ!」
真っ黒の長髪に、紅い双眸。2mはありそうな逞しい体躯。
俺が腰に帯びる漆黒の剣、黒すけが人と化した姿そのままだった。
夢の中でしか会えないと思っていたのに。どうやって此処に来たのだろう。
それに彼の背中には夢の中では見たことのない大剣が背負われている。まるでいつもの黒すけが巨大化したみたいな真っ黒の刃の大剣だ。あれは一体どうしたのだろう。
頭の中はハテナでいっぱいだ。
だがそのことを彼に尋ねている暇はない。
今この瞬間もなお不定形の怪物たちが押し寄せてきている。
「主に手を出すな……ッ!」
ぶうん、と風を切る音。
彼の大剣がいつの間にか抜き払われたのだと一拍遅れて気づく。
あんなに大きな刃を目にも止まらぬ速さで抜くなんて。
その迫力にビリビリと身体が痺れる感じがする。
どういう能力によるものか、大剣から衝撃波のようなものが発生する。
衝撃波が不定形の怪物たちを一掃し、怪物たちは吹き飛んだ。
「黒すけ、凄い……!」
「誰だか知らないが助かったぜあんた!」
ラルフがぱっと顔を輝かせて歓声をあげた。
「滅した訳ではない」
黒すけが静かに呟く。
確かに彼の言った通り、散り散りに吹き飛んだ怪物たちの身体が集まろうとしているように見えた。
ラルフの言葉通り怪物たちはどんな倒し方をしても復活して増殖してしまうようだった。
それでも少しの間だけこの場は安全になった。
「それに」
そして黒すけはゆっくりとラルフに刃の切っ先を向けた。
「主に仇なす虫はまだ残っている」
「く、黒すけ……っ!?」
彼の声音からは本気の敵意が感じられた。
背筋がゾッと冷たくなるのを感じる。
まるで黒すけはこの場にいる全員を敵視しているようだった。
「違うぞ黒すけ、ラルフやテレンスたちは敵じゃない! レオやアーサーたちもだ!」
慌てて黒すけに叫ぶ。
多分黒すけはラルフたちを初めて見たから敵だと勘違いしてしまっているんだと思った。
だがそうではなかった。
「いや。こやつらは主の純粋さにつけ込む悪徳の輩だ」
黒すけはハッキリと憎悪すら込めてラルフたちを睨み付けていた。
他人を初めて見た家猫のように怯えてやたらめったらに威嚇しているという風でもない。
黒すけは確かに彼の意思によって敵意を向けているようであった。
でもいきなりどうしてそういうことになるんだ?
「エルの純粋なところにつけこむなんてまさか! そんなこと一度もしたことないぜ!」
ラルフが心外だと言わんばかりの顔をした。
他の皆はともかく、ラルフだけは黒すけの言葉をちょっと否定できない面があるんじゃないかという気がするが。
「とりあえず矛を収めて頂けませんか。そうでないというのなら……こちらにも考えがあります」
レオが黒すけの手にした大剣を睨みながら視線を鋭くさせる。
彼の目に殺気が宿りつつあるのが分かる。
レオだけじゃない。黒すけとそれ以外の皆との間に一触即発の雰囲気が漂い始めていた。仲違いなんてしている状況じゃないのに!
「あ、あの、それよりも今はあの怪物をどうやって倒すかが先だと思うんだけど……」
怪物たちは再び復活し始めている。
もう少ししたらまた襲い掛かってくるだろう。
仲間内で睨み合っている場合ではない。
「主よ。我の傍にいろ」
不意に身体が軽くなり、視線が高くなった。
黒すけが片腕で俺の身体をひょいっと持ち上げたのだ。
「う、うわ……っ」
突然のことに慌てて彼の腕に縋り付く。
尋常ではない厚刃の大剣を片手で振り回せるくらいなのだから、俺の身体を持ち上げるくらい黒すけには余裕なのだろう。
けれど俺は突然身体を持ち上げられて、びっくりしてドキドキした。
「ッ! エル様に薄汚い手で触れるな……ッ!」
俺が抱え上げられたのを見たレオが激高したように顔を険しくさせると、黒すけに向かって走り出した。
レオは何処からともなくナイフを数本取り出して構える。
ナイフというか暗器と言った方が相応しい形状かもしれない。
まさか本気で黒すけのことを殺すつもりなのか!?
「それは此方の台詞だ……ッ!」
黒すけも大剣を構える。
駄目だ、このままでは殺し合いになってしまう!
「黒すけ、やめてくれ――――ッ!!!」
「っ!?」
無我夢中で彼が大剣を振り上げるその腕にしがみ付く。
その拍子に彼の放った衝撃波が上方にブレた。
衝撃波が地下室の天井を穿った。
天井に大きく亀裂が走る。
待った待った、嫌な予感がするぞ……!
「崩れるぞーーッ!!」
誰かが叫ぶのと同時に、上から瓦礫が降ってきた。
結界を張ったまま微動だにしないテレンスの首根っこをラルフが掴んで避難させたのが見えた。
レオは無事か? アーサーくんは何処だ?
分からないまま、視界が粉塵に包まれた。
*
「主よ」
「う……ん……?」
目を開けると、目の前に黒すけがいて俺を覗き込んでいた。
だから一瞬ここは夢の中なのだと思ってしまった。
一拍置いて、そうだ彼は何故か現実世界に出てきてたんだったと思い出した。
「黒すけ……? 一体どうなったんだ? 皆は無事か?」
彼に抱え上げられるようにして上体を起こす。
周囲を見回すが、皆の姿はなかった。
不定形の怪物たちがうねうねとしている様子もない。
ただもうもうと粉塵が舞っているだけだ。
辺りには俺と黒すけの二人しかいないようだった。
「分からぬ。瓦礫に潰されたやもしれんな」
「そんな……!」
真っ青になって身体を起こす。
慌ててみんなを探しに行こうとするが、黒すけに片腕で抱き止められる。
「待て。下手に動くと瓦礫が崩れる」
「……っ!」
確かに今も瓦礫の山からころころと小石が落ちてきて、不安定なのが見て取れた。
今いる場所はあの大部屋のようだったが、瓦礫で完全に塞がれてしまっている。
瓦礫を無理にどけて先に進もうとしたら埋もれて死んでしまうかもしれない。
「そんな……こんなことって……っ」
その場に膝を突いてしまいそうになる絶望。
だが崩れ落ちる身体は後ろから黒すけによって受け止められ支えられる。
「――――この我がいるのだ。それで充分だろう?」
黒すけは低く囁いたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます