第34話 闇を通る
地下へと向かう階段を一段一段、下りていく。
アーサーくんの光魔法で照らしているにも関わらず、階段の先は薄暗く前方がよく見えない。
薄暗闇の中に何かが潜んでいるような気がして、不気味さが増す。
不意にカタカタと腰の黒すけが揺れ出した。
「黒すけ?」
その時、身体を稲妻が駆け抜けるように第六感が警鐘を打ち鳴らした。
「――――ッ!!」
ガキィンッ。
無我夢中で抜き放った黒すけの刃で何かを弾き返した。
汗が噴き出す。
しゅるりと何かが薄暗闇の中に引っ込んでいくのが見えた。
「気を付けろッ、何かが潜んでいるぞ!」
暗闇から視線を逸らさないまま、アーサーくんとレオの二人に喚起する。
「ッ!」
二人もそれぞれに武器を構える。
この先の地下に何かがいる。俺たちは油断なく前方を見据えた。
また、手に握った黒すけがピクリと動いた。
それで悟った。来る――――。
「はッ! くッ!」
一撃、二撃。
暗闇から襲い来る攻撃を連続で弾いた。
強い。とても人間のものとは思えない膂力だ。暗闇の向こうに潜んでいるものは魔物なのか?
よく分からないが黒すけは攻撃が来るのを察知できるようだ。俺は黒すけにこの手を委ねるようにして刃を振るい続けた。
「マスター、レオさん! 下がってください!」
アーサーくんが俺たちの前に躍り出る。
彼が手にする剣は眩しいくらいに光り輝いていた。
あれだ、俺と試合をした時に見せた彼の能力と同じものだ。
彼の光の魔力が剣に宿っているのだ。
「はぁぁぁぁ――――ッ!!!」
一閃される光刃。
闇を切り裂き、光線が奔る。
薄暗闇に潜むそれを光の剣閃が貫く。
「ギィッ!」
見えた。
一瞬だけど、潜んでいたそれの姿が見えた。
"複数"いた。何かうねうねしたものがさっと消えていくのが見えた。
「アーサー……やったのか?」
「いえ。手応えがありませんでした。向こうに逃げていったみたいです」
階段の終わりから先には細い通路が伸びているようだった。
光の届かない範囲は真っ暗闇で、何も見えなかった。
「この向こうに……」
果たしてこの先にラルフとテレンスたちがいるのだろうか。
いたとして、彼らは無事なのだろうか。
不安に胃の腑の辺りがぎゅっと冷たくなる。
「行きましょう」
「! ああ!」
アーサーくんは躊躇なく暗闇の中に歩みを進める。
俺よりもずっと年下の彼がこうして勇気を示しているのだから、大人の俺が怯えている訳にはいかない。
ぐっと黒すけを握り直すと、彼のすぐ後に続いた。殿をレオが務める。
その後何度か暗闇の中から謎の何かに襲撃を受けた。
攻撃をかわしていく内にいくつかのことが分かってきた。
一つ、敵は複数いる。
暗闇の中から奴らは代わる代わるに攻撃を仕掛けてくる。
二つ目、敵はぶよぶよと不定形の怪物のようだ。
アーサーくんの光る斬撃で照らし出された瞬間に、奴らが身体の形を変えて攻撃を避けるのが一瞬見えた。
三つ目……彼らは斬ると増える。
一度奇跡的に奴らの内一匹を捉えて黒すけの刃で斬ることに成功したが、奴は死ぬどころか二匹に増えて暗がりの中に逃れていった。斬撃では奴らを倒すことはできないのかもしれない。
「意外に広いな。屋敷の大きさに釣り合わない」
地下を進みながら呟いた。
謎の生き物からの襲撃を受け流しながらだから正確ではないかもしれないが、どう考えても屋敷の大きさそのものよりも地下の方が広い気がしてならない。
「ええ。恐らく……周辺の没落して家主のいなくなった敷地も買い取ったか何かして地下空間を広げていったのでしょう。迷路のように複雑な構造であることからも後から増築を重ねたことが窺えます」
レオが推察を口にする。
「あるいは、わざと迷宮みたいにしたのかもしれない……」
俺はこの地下空間の構造になんとなく意図的なものを感じていた。
顔も見たことないこの館の主に俺は不信感を抱き始めていた。
この館の住人は何か良からぬことを企んでいるのではないか。そんな気がした。
「っ! ちょっと待って下さい!」
突然、アーサーくんが耳をそばだてた。
「こちらの道の先から何か声が聞こえます!」
「本当か!」
ラルフとテレンスたちか!?
俺たちはアーサーくんの示す方向へと急いで向かった。
「これは……っ!?」
少し開けた大部屋にその壮絶たる光景は広がっていた。
部屋の中央にいる二人の人間に向かって謎の不定形の生物たちが群がって襲い掛かっていた。
一人の人間は結界のようなものを作って防御しており、もう一人はそれを守るように怪物たちを斬り伏せていた。
その二人の人物はラルフとテレンスだった。
「ラルフ、テレンスっ!」
彼らの元に駆け寄りたかったが、大量の怪物がそうはさせてはくれなかった。
奴らの注意がこちらの方に向く。
良かった、二人とも生きてたんだなんて安堵に胸を撫で下ろしている暇はなかった。
「エルっ!? なんでこんなところに!?」
ラルフが不定形の怪物の攻撃をいなしながら叫んだ。
テレンスは結界のようなものを維持するのに必死なのか視線を上げることもできないようだ。
一体何をしているのだろう。
「何って、ラルフたちが戻ってこないから様子を見に来たんだ! テレンスは一体何をしているんだ?」
こちらに向かってくる怪物たちに対して黒すけを構えながら聞き返す。
テレンスの魔法ならこんな怪物たちを吹き飛ばすくらいきっと造作もないはずだ。
それに、彼が今張っている結界のようなものはパーティがダンジョンに潜る時に陣を張る聖術を応用したもののように見えるが一体何をやっているのだろう。
「テレンスはこいつらを封じ込めてるんだっ!」
ラルフが叫んだ。封じ込めている?
「……っ! 確かに、テレンスさんの結界からは外向きではなく内向きの気配を感じます! きっと……この屋敷全体に結界を張り、この怪物たちが外に飛び出さないようにしているんです!」
アーサーくんが怪物の攻撃を剣で防ぎながら気づいたことを口にする。
それで俺も思い出した。この世には決闘用の結界を張る内向きの聖術があるらしい。外からの侵入を防ぐ為のものではなく、中の者が出れないようにするものだ。結界を張った範囲の物品の損傷を防ぐ効果もある。
一つの屋敷を覆うほどの規模の決闘用聖術の存在は聞いたことがない。だが、テレンスにならきっとそれが可能だと思った。
荒れた遊戯室と傷一つなかったその他の廊下や部屋のことを思い出す。
きっとラルフとテレンスの二人は遊戯室でこの怪物と遭遇した。怪物は遊戯室を荒らし、テレンスは慌てて結界を張って屋敷を守るのと同時に怪物を外に出さないようにした。それからどういう経緯があったかは知らないが、二人はこの地下室に逃げ込むことになったに違いない。
二人がギルドに戻って来なかったのは、きっとこの怪物たちを世に解き放たない為だ。二人はこの街の為にここまで頑張っていてくれていたんだ……!
「ラルフ、ずっとテレンスのことを守っていてくれたんだな!」
結界を張っているテレンスのことをずっと命がけで守っていたなんて。
ちょっとラルフのことを見直してしまった。
「そんな訳ねえだろっ! 俺様は自分の身を守ってただけだ!」
本人に否定されてしまった。
いや、照れ隠しだよなきっと……うん。
「どうすればいい、こいつらを一匹残らず倒せばいいのか!?」
怪物たちに囲まれないように動き回りながらラルフに尋ねる。
「――――無理だ」
「え?」
ぽつり、ラルフが呟いた言葉を聞き逃すところだった。
「無理だ、こいつらは何をしても倒せないんだよ……!」
そう叫んだラルフの顔には、絶望が宿っていた。
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