第33話 直感
「うーん、二階は寝室ばっかりだな」
二階の調査をあらかた終えた俺たちは溜息を吐いたのだった。
二階で調べてない部屋はあと一部屋だけだ。
多種多彩な色んな部屋があった一階とは違って、二階はどの扉を開いても寝室ばかりだった。
これで残る一部屋にも何もなかったら、俺たちはラルフとテレンスたちに関する手がかりを失ってしまうことになる。何かある、と信じたいが……。
祈るように残る一部屋の扉を開いた。
「……!?」
そこは寝室であるという点では他の部屋と変わらなかった。
一段と大きなベッドが二つ並んでいる。恐らくは館の主人とその伴侶の寝室だろう。
だが穏やかではない点が一つあった。
「本棚が倒れている……?」
本棚が横倒しになり、床にバラバラと書物が散らばっていた。
書物の内容は書斎のように魔導書な訳ではなく、小説が多いように見えた。だがそれらが乱雑に床に転がっている光景は異様だった。
「壁に何か窪みがございますね」
一方でレオは壁に注目していた。
寝室には壁には何か小さな物を納められそうな窪みがあった。
だがそこには何も見当たらなかった。
「どうやらこの本棚がこの壁の窪みを隠していたようですね」
確かにレオの指摘通りに見えた。いわゆる隠し収納という奴だ。
普通そういう所には何か重要なものがある筈だが、何度見ても窪みの中には何もなかった。
「これは一体どういうことなんでしょうか?」
「ううん、俺にも分からない」
俺はきょとんと首を傾げたアーサーくんの疑問には答えることが出来なかった。
「それよりも、残念ながらこの館ではラルフさんとテレンスさんに関する手がかりを発見することが出来ませんでした。この先いかがいたしましょうかエル様?」
レオの口にしたことは尤もだった。
ここに彼らの手がかりがない以上、早くギルドに戻って次の手立てを考えるなり何なりしなければならない。
だが俺は不思議とこの館を離れる気分になれなかった。
「何か――――俺たちは何かを見逃している」
「えっ?」
眉をひそめながら呟くと、レオとアーサーくんは驚きに目を見開いた。
「絶対にこの館には何かある筈なんだ! 絶対にレオとテレンス達はこの館に来た筈だ。ここにきっと手がかりがある……!」
理屈ではない。
ただ、ここで彼らを見つけられなければ二度と会えなくなってしまうような、そんな不吉な予感がするのだ。
「実を言うと……僕もこの館に入った時から何というか足元の方に何か悍ましいものの気配を感じるような気がしていたんです。でも地下への階段とかも見当たらなかったですし、気のせいかと思っていました」
おずおずとアーサーくんが告白した。
「地下……? なるほど、そうか!」
彼の言葉に閃いたことがあった。
「この部屋を漁ったのはきっとラルフとテレンスたちなんだ!」
「……? どういうことでしょう、お考えをお聞かせ願えますか?」
レオとアーサーくんは真摯な視線を向けてくる。その視線にたじろぎそうになるが、きっと俺の考えは合っている筈だ。大丈夫、自信を持て。
「ラルフとテレンスの二人はこの部屋を調べ、きっと何かを得た。それは鍵のようなものだ。その鍵で彼らはこの館にある秘密の地下室への道を見つけ出し、今もその地下室にいるんだ。きっとそうだ……!」
根拠のない推理だが、俺の勘がそう言っていた。
「なるほど。本来ならこの本棚の裏の隠し収納に鍵が隠されていたが、ラルフさん達がそれを見つけ持ち出したので今現在はないということですか。なるほど……それなら辻褄は合いますね」
「でも本当に秘密の地下室なんてあるんでしょうか? 足元に何かの気配を感じると言ったのは僕ですけど、絶対という訳ではないので……」
俺が自分で自分の考えに自信を持たなければ誰がラルフ達のことを見つけ出してやれるというのか。
俺はレオとアーサーくん達にしっかりと頷いた。
「もう一度一階を探索してみよう。今度は『秘密の地下室がある筈だ』と思いながら。きっと見つかる」
*
一階に戻り書斎と遊戯室を調べたがそれらしき階下に続く階段などは見つからなかった。
玄関ホールに戻り、そちらとは逆の廊下に進む。前に見た時と変わりない細長い廊下が続いている。
「お待ち下さい!」
レオが突然声をあげた。
「意識してみると確かにこの館の構造は妙です。あるはずの部屋がありません」
こんな簡単な違和感に気づかないなんて不覚、とレオは悔しそうに呟いた。
「この館が左右対称であるなら向こうの書斎にあたる位置にも部屋があって然るべきです。ですが実際には……」
レオはつかつかと歩き、廊下の壁を手で撫でる。
本来なら扉があるべきその空白を。
「何もない――――恐らくは隠し部屋です」
「……!」
レオの隣に駆け寄って、俺とアーサーくんもその壁に触ってみる。
「あ、ここだ! ここです!」
壁と壁の間の境目のように縦に一本の線が入っているのにアーサーくんが気が付いた。
彼は無理やりにでもこじ開けようと、そこにカリカリと爪を立てる。
だがビクともしないようだ。そのやり方ではアーサーくんの爪が傷んでしまう。
「おやめ下さい。恐らくは魔術による施錠でしょう。この館の主は魔術師のようですから。普通にこじ開けることはできない筈です」
レオの冷静な言葉にアーサーくんは爪を立てるのを止めた。
「似たような細工を王宮で目にしたことがございます。鍵は魔術的なもので、扉の施錠と魔力が共鳴すれば扉が開き、人が離れると自動で閉まるようになっている。恐らくはそんな仕掛けだと思われます」
「王宮……? レオさんは王宮に行ったことがあるんですか?」
アーサーくんがレオの言葉の端を捕らえて首を傾げた。
俺が元隣国の王であることを一部の人しか知らないように、レオがそれに仕えていた従者であることもまたごく一部の人しか知らないのだ。
「二人とも、どいて! 壁を破壊する!」
ともかく今はそんな話をしている場合ではない。
屋敷の住人が後で文句を言ってきたら弁償でも何でもしてやる。今はこの先に何があるのかを確かめるのが先決だ。
腰の黒すけを抜き放ち、指先にまで気を巡らせる。
黒い光を宿したその刃を俺は振り上げた。
「
気合で叫んだ適当な技名と共に壁は崩壊し、粉塵が舞う。
そして……視界が晴れると、その先に空間が現れた。
その密閉された空間には地下へと通じる階段があった。
「ビンゴだ……!」
「ふふ、豪胆なやり方。流石はエル様です」
「流石ですギルドマスター! 本当に地下室があったんですね!」
壁を破壊しただけなのに矢継ぎ早に褒められてこそばゆい。
「いや、俺が地下室を見つけられたのは君のおかげだよアーサーくん」
「え……?」
ぽかんと目を丸くする彼にふっと微笑みかける。
「君が気配を察知してくれなかったら、俺は地下室があるなんていう発想をすることも出来なかった。君のおかげだ」
「そんな、もっと早く言ってれば良かったくらいなのに……」
ふるふると彼は首を横に振る。
「そうだ。だから君はもっと自分に自信を持っていい。これから似たようなことがあったらどんな些細なことでもいいから俺に言ってくれ」
「マスター……!」
俺は気配を察知したりとか何か特殊なことはまったく出来ないクソ雑魚なので、正直他の人がそういうのやってくれたら滅茶苦茶助かる。だからアーサーくんにはバリバリ自信を持ってもらわなければ。
「はい、僕、頑張ります!」
奮起するアーサーくんの姿にレオが微笑ましげに目を細めていた。
「では向かうと致しましょうか――――この階段の繋がる先へと」
「ああ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます